ベビー・ブルー 2
小指は約束する為の指。
だから、俺はある約束を忘れていない証として、毎年ピンキーリングをプレゼントしている。
ホワイトディに、それを贈っているのも意図してのことだ。
あれは、がチョコをくれる中学1年のバレンタインの少し前。
の実父が再婚した。
義姉の洋子さんの方が再婚が早かったくらいだから、その点は俺はなんとも思わなかったけれど、
実父とは仲が良くて離婚後も定期的に会っていたには、少なからずショックな出来事だったのだろう。
そして、その再婚相手は妊娠していた。
そこまではよくある話だ。
だが、が傷ついたのは、その再婚相手が実父がに会うことを、拒んだ事にあった。
そして、惚れた弱みもあったのだろうが、の実父がそれを承諾した。
もちろん、洋子さんは抗議したけれど、今の相手とこれから産まれて来る子供の方が大事だと言われたら、何も言える筈がない。
にごめんねと謝って泣いていたのを思い出す。
それから、は実父を忘れたように、兄貴や橘を含めた今の家族をことのほか大事にするようになった。
もちろんそれには俺も含まれていて、今迄だって年の離れた兄のように付き合っていたけれど、本当の兄妹のように接してくるようになった。
それまでバレンタインには、お小遣いで買った可愛いチョコをくれていたけれど、その事があった次のバレンタインからは、手作りのチョコをくれるようになった。
それは、の年齢が来て、料理も出来るようになったからかもしれないし、女らしい気持ちからかもしれない。
でも、それなら彼女は家に来た時から出来たはずだ。
拙いながらも結構料理も出来ていたし。
だから、これは俺なりの解釈だけれど、それまではきっと(私はこの家の余計者)と、思っていたんだろうと思う。
自分は義姉の連れ子で、本当の息子である橘とは違うと。
だから、チョコだって義理だったろうし、家族だという顔をして一緒に暮らしていても、どこかに遠慮や敷居があったんじゃないかと思う。
それが、自分の帰る場所や頼る人が居なくなったことで、良い意味で腹が決まったんじゃないだろうか。
そんな気がする。
それで、俺はにホワイトディのお返しにピンキーリング用意した。
それを渡しながらこう言ったんだ。
『俺がの話を何でも聞いてやる。
寂しい話も苦しい話しも聞いてやるから、何でも話せ。
兄貴や洋子さんが何を言っても、俺はの味方でいてやるからな。
その約束に、毎年ホワイトディにこれを贈るから。』
9月生まれのの誕生石サファイヤのピンキーリングを、『約束だ。』と言って指にはめてやった。
は、俺の言葉に『ありがとう。』って言って、家に来てから初めて俺の前で泣いた。
もう中学生だし弟の橘の手前、大人びたお姉さんを装っているけれど、本当はとても寂しかったんだなと思った。
余計者だとか疎外感だとかを感じながらも此処にいたのは、多分の母親の幸せのためだろう。
自分が反対したり我侭を言ったりしたら、洋子さんが幸せになる邪魔をしてしまうと考えていたんだろう。
そんな気がする。
はいまどきの女の子としては小さめだ。
多分身長は155センチくらいだ。
そのせいか、体形はまだ幼さが残っている。
その細くて華奢な肩を抱きしめてやると、温もりを欲しがるようにして俺の胸に寄り添ってきた。
俺の懐にすっぽりと入ってしまう。
その時の俺を後から見たら、何を前かがみになって抱えているんだろうと見えたはずだ。
の姿は見えないだろう。
多分、その時だ。
俺が初めてをそういう対象の女性として意識したのは・・・。
それまでは、兄貴の嫁さんの連れ子で、義理の姪にあたる女の子。
そんな風に認識していた。
兄貴夫婦が忙しい上に結婚2年後に橘が生まれたから、の世話は俺に任されたも同然だった。
妹のように思って面倒を見た。
実際、は良く出来た子で、素直だし可愛かったから楽しかった。
でも、そのとき抱いたような男としての気持ちは全然なかった。
だから、俺はロリータコンプレックスじゃない。
これだけは断言しておく。
中学1年と言えば13歳。
対する俺は8歳年上の21歳。
芽生えた気持ちは本気でも、それをに告げたり出来なかった。
それには、彼女の成長を待つ必要があったし、自分の気持ちが何処まで本気なのか確かめる必要もあった。
気軽に付き合ったり手を出したり出来る相手じゃない。
血が繋がらなくても兄貴の大事な娘だし、俺にも姪だ。
慎重にならざるを得ない。
そんな目でを見ていると知られたくなかったから、兄貴にも洋子さんにも悟られないように気を使った。
俺が親だったら、そんな男を可愛い娘のそばには置きたくないから。
それが俺の長い片想いの始まりだ。
それから毎年、ホワイトディにはピンキーリングを渡している。
が青が好きだと言うので、全て青系の石だ。
中学や高校にはリングなどはめて行けはしないので、プレゼントしても宝石箱のコレクションと化していたみたいだが、大学生になってからはの指に必ずピンキーリングがはまっている。
石やデザインが違うから、毎日同じものではないけれど、俺にとってはの指を確認するのが毎日の習慣になっている。
他の指にはリングがないことも一緒に。
それまでは、家族として兄貴として叔父としてに接していた俺だったけれど、自分の気持ちに気づいてからは、今までの感情プラス1人の女性として接するようになった。
ちょうどもそんなお年頃だったから、良かったのかもしれない。
子ども扱いしかしない母親やちょっと遠慮がちの義父、そんな両親よりは自分を理解してくれる大人として、は俺を受け止めていてくれるようだった。
恋の相談こそなかったものの、勉強や先生の学校関係の相談や友達の恋の相談まで何でも俺には話してくれた。
今でも俺がこの家で一番に近い存在だと言う自負がある。
が兄貴の差し出した写真の入った袋を渋々と言った感じで持って、部屋から出て行った。
その後姿を見送って、俺は目の前に座る兄貴の右近を睨みつけた。
「まだ結婚なんて早いだろう。
は20歳なんだぞ。
それにまだ大学生だし。
それとも何か?
兄貴はが洋子さんの連れ子なんで邪魔なのか?」
我ながら相手が兄貴だと普段の冷静沈着な俺を保てなくなる。
多分、10歳の歳の差が甘えとなっているんだろう。
そして俺にとっては唯一血のつながりのある家族だ。
実の兄弟だと、つい素が出る。
日頃は社長である兄貴に、こんな口は利かない。
それこそ大人の男としてクールに決めているつもりだ。
俺だって仕事は出来ると評判の専務には違いないのだから。
それがこと、の事になるとどうにも押さえが利かない。
まるで高校生の血気盛んな少年のようになってしまう。
そんな俺の言葉に、兄貴は持っていたカップとソーサーをテーブルに戻して、視線を上げるとにやりと笑った。
「私がちゃんを邪魔になど思っていないことは、左近、お前が一番知っているだろう?
少なくとも私は彼女を幸せにしてやりたいと思っているよ。
もちろん父親としてだけどね。
ちゃんは、本当に良い娘に育った。
性格もだけれど、可憐で美しい花のようだ。
手放すのが惜しいくらいに。
もしも、私がその気になれば、彼女を餌にどんな契約でも提携でも取れる自信があるよ。
その位、ちゃんは魅力的だ。」
「兄貴っ。」
「まあ待て、左近。
だからと言ってそうする事など決してないよ。
言っただろう、私はちゃんの幸せを願っていると。
私は待っていたんだ。
左近、お前が何時私のところに来るかと。
ちゃんが16歳になった時は、婚約を申し込んでくるかもと。
高校を卒業した時には、同棲をさせてくれと言うんじゃないかと。
20歳になった時には、結婚させてくれと言ってくるんじゃないかと。
だけどどうだ?
お前は何も言ってこない。
ちゃんがお前との事を望めば、私の籍から抜けば良いだけだ。
お前とちゃんは、それだけで何の障害もなく結婚できるんだ。
分かっているんだろ?」
兄貴の言葉に俺は深く頷いた。
俺が言い出すよりも早く、兄貴たちは俺の気持ちに気付いていてくれたんだ。
それを思ったら、やっぱり兄貴にはかなわないと思ってしまう。
だけど、そこまで言ってくれるならと、俺は腹を決める事にした。
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2005.06.22up
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