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旅館には当主夫人が迎えに来てくださった。
手を引かれてゆっくりと歩く。
玄関ホールへ行くと、旅館の従業員やたまたまめぐり合わせたお客様や
今日が次代当主の挙式日だと知った一族の人たちが、
ホールいっぱいに私を待っていた。
ホールへの入り口で一旦止まると当主夫人とともに軽く頭を下げた。
拍手とため息が一度に起こる。
かつらのせいで頭が重いから、大きくは動けない。
それでも『おめでとうございます。』と言う声に、
頷くようにして返事をした。
普通の花嫁だって注目を浴びるけれど、ここまでだろうか。



玄関の敷居まで来たところで、後ろを向いた。
部屋からずっと後ろを歩いてきた両親がそこに立っている。
「ご両親様には、本日までお疲れ様でございました。
さんを謹んでお引き受けさせていただきます。」
当主夫人に手を取られたまま、両親へ頭を下げる。
すでに、婚姻届と共に養子縁組届けにもサインを終えている。
血のつながり的には私は両親の娘だけれど、
戸籍上では龍介の配偶者になり、深山本家の養子になる。
書類は明日3人で市役所に届ける事にしている。
婚姻届は私と龍介だけだけれど、養子縁組は鷹介も出すからだ。
お父さんとお母さんの顔を見て、少し頷いて微笑む。
お父さんは頷き返してくれたけれど、お母さんはハンカチを瞼に当てて
顔は見えなかった。
これ以上2人をみていると私まで泣きそうになる。
目に力を入れて、唇を軽くかんだ。



「それじゃそろそろ。」
当主夫人が口火を切って、表に待たせてある人力車に乗る事になった。
今時こんなのがあるなんて知らなかったけれど、さすがは温泉町だ。
いつもの私ならそんなに車引きのお兄さんに負担にならないと思うけれど、
今日は自分で歩くのもやっとなくらい体が重い。
着物や打ち掛けやかつらがある。
走るような事はないけれど、それでも重いんじゃないかと心配になった。
「ご心配なく、いつもは2名様を乗せていますから、
普段より軽いくらいです。」
小声で尋ねると、笑顔でそう言ってもらえた。
いくら花嫁衣裳が重いとは言ってもさすがに2人分はない。
それを聞いて安心して車に乗った。
前をグッと持ち上げられると、ずいぶん視線が上がった。
両輪の車軸の上に椅子があるのだから無理もない。
視界がよくなった分、自分が道行く人に見られているのを感じて、
恥ずかしくなってしまう。
それでも、神社に近づく頃には人影もまばらになって楽になった。




表参道は階段がある為、車では登れない。
けれども、その横に車道が整えられているので、
そこを使って社務所の正面に着いた。
玄関には氏子総代が待ち構えていた。
後ろの人力車で着いた当主夫人がまた手を取ってくれた。
龍介と鷹介の顔を見ないままに、控え室へと連れて行かれる。
どうやら、式まで2人には会えないらしい。
会いたいような、会いたくないような不思議な心持だ。
皆に綺麗だと言われたから、大丈夫だとは思うけれど、
2人にどうみられるかとても心配だ。
女性として花嫁姿は誰がしても美しいと思う。
幸せに輝く瞳と未来を夢見る微笑。
子供の頃から憧れてきた。
でもいざ自分がその花嫁になってみると、不安で押しつぶされそうになっている。
案外、現実はこんなものなのかもしれないと、そう思った。
どんなに悩んでも不安が消えるはずがないし、
ポジティブになるしかないのかもしれない。
ここまで来て、今更やめるとか逃げるとかも出来ない。
そんな事をするつもりもないし、私には迎えに来てくれる人もいないし。



「お時間です。」と言われてまた移動する。
長い廊下を歩いた先には、紋付羽織袴の龍介と鷹介が立っていた。
今日のお式に参列するのは、私たち3人とその両親。
ご当主とその双子の弟さん、そして当主夫人と神社の歴代の総代。
花婿が2人という異例な式だけに、事情を知っている者にしか
参列してもらえないのだ。
仲人役はご当主と夫人。
神主がその双子の弟さんになる。
いずれ、私たちの次の代の当主が結婚するときには、
私たち3人がやらなければならない。
今、私たちの為に式を挙げてくださっているご当主たちも
20年ほど前はこうして同じ事を考えていたのかもしれない。
そう思うと、しっかり見ておこうと思った。
なんだかわけも分からず落ち着かなかった気持ちが、
すぅっと自分が平常に戻ったような気がした。
そこからは、きちんと打ち合わせのように冷静に順を追えた。
一生に一度の結婚式にこんなに冷静になれていいものだろうか。
そういうところが『女はリアリスト』だと言われるところかもしれない。



式次第は滞りなく終わり拝殿を龍介、私、鷹介の順に出てきた。
普段は3人横並びのつもりだけれど、今日だけは私が前後から挟まれて歩く。
思えば、いつも2人が前から引っ張り、後ろから押して支えてくれて、
そういう形での並びだったように思う。
今歩いている通りに、私は2人に守られ、引っ張られ、支えられて、
そうして歩いて来たのだと。
これからもそれは変わる事はなくて、2人はそばにいてくれる。
だったら、不安に思う事なんて何もないような気がした。
最近になって急に芽生えた不安の種は、
私の心に芽吹いたもののそのまま枯れてしまいそうな気配だ。
挙式して安心したせいだろうか。
そんな現金な自分に少々あきれてしまう。
社務所の座敷に整えられている簡易スタジオで、記念写真を撮った。
記念写真は、3人のものや2人のもの、そして私1人のものなどポーズは色々だ。
披露宴はしない事になっているので、私だけは打掛を色打掛に替えたり、
かつらの後ろに「お長」と呼ばれる束にした髪をつけて、
かんざしを挿し変えたりしてさらに撮った。
これだけで既にへとへとになってしまった。
花嫁さんになるのも楽じゃない。
一生に1度の事だと思うからがんばれるのかもしれない。



披露宴はないけれど挨拶だけはあって、境内にある神楽殿に皆で移動する。
神楽殿の周りには一族が所狭しと集っていた。
私たちが表れたことで出来た一筋の道を通って、神楽殿へと上がる。
正面へと向いた場所にスタンドマイクが置かれていた。
ご当主がそこへ行き、今日の式次第を報告する。
私たち3人は、その後ろでみなの注目を浴びながら立っていた。
挨拶が終わって全員で頭を下げると、それまでは静かだった人並みに
ワッと歓声と祝辞を述べる言葉が重なった。
私たちは、正面を始めに東西南北すべてに顔を見せて、
その度に頭を下げた。
龍介や鷹介はもともと深山一族の者だから受け入れられて当然だし、
一族の繁栄を担う次代様として迎えられるのだから、
この歓声も分かる気がする。
でも、歓声の中に明らかに私への応援や賛辞の言葉が聞こえて、
少なくとも嫌われてはいないのだと安堵した。
この人たちの理解と声援が、私と龍介と鷹介を支えてくれているのだと思うと、
とてもありがたいものに思えた。



社務所に戻って少し休んでから、本家へと帰ることが出来た。
今までは離れに部屋を与えられていたけれど、今日からは本家の母屋の中に
私たちの部屋が割り振られた。
居間と寝室が1部屋ずつ。
その他に昔は住み込みのお手伝いさんが使っていたという部屋を、
それぞれ個室として改装していただけた。
私たちはそれぞれ家で仕事をするからだ。
龍介は、小説を書くための書斎。
鷹介は、会社の運営とゲームの開発。
私は、絵を描くためのアトリエ。
並んでいるけれど独立していることで、仕事に集中できる。
そんな造りになっていた。



白粉を落とすためには念入りに洗う必要があるが、
背中の半分以上に塗られているので、一人じゃ無理だ。
どうするか・・・・。
入浴の支度をして寝室から居間に戻ると、龍介と鷹介が2人して待っていた。





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2006.02.08up