Draw offer 1




龍介と鷹介は大学の神職専科を卒業した。
これで、いつでも結婚できる。
そう2人が私に言ってくれた。
女として2人の男に愛され、結婚して欲しいと言ってもらえるということは、
本当に幸せなことだと思う。
そうでなくても、2人はとても格好いいのだし収入も身長も学歴も申し分ない。
少し前の言い方をすれば、いわゆる3高と言う奴だ。
世の中から見れば変則的な結婚になるとはいえ、周りにも祝福されている。
何も気に病むことなんてないし、このまま2人と一緒にいればいいだけだ。
けれども、どこかで本当に私でいいのだろうかという思いは捨てきれない。
私自身も納得して付き合っていたし、結婚だってどちらも選べないなら
別れるしかないかと考えてもいた。
こういうモヤモヤした気持ちをどうしたらいいのだろう。
贅沢な悩みだと分かっているから、口に出来ない。
龍介や鷹介に言ったら、彼らを傷つける。
なんとなく気が重い日が続いた。



結局、私が選んだ相談相手は母親だった。
「それって世に言う『マリッジブルー』っている奴じゃない?
結婚が決まった女の人は、幸せなのに気が重くなるっていうでしょ?
もこんなに幸せなのに・・・って、自分を責めてるんじゃない?
まあ、龍君と鷹君相手だと、そうなるのも分かる気がするけどね。」
私の話を聞いて、いともあっさりと母は答えてくれた。
「そうなんだ。
これがマリッジブルーなんだ。」
そう診断されて、なんだか少しほっとした。
病名が分からない内は、不安で押しつぶされそうになるけれど、
医者にかかるだけでなんだか少し楽になる。
そんな感じだ。
気鬱には違いないけれど、それほどに有名な症状なら
心配いらないような気になる。
「生まれてから今まで住んでいた環境を自分の都合で変えようとするんだし、
親の援助もない自分で選んだ選択だからね。
怖くなるのも無理がないと思うわ。
生まれた時から付き合っている龍君や鷹君だと言っても、
全てを知っているわけじゃないし。
皆に祝福されて後押しされていると思うと、失敗も出来ないと思うからね。
分かるわ。
がそういう気持ちになるって。」
テーブルの向かい側からそっと手が伸びて、
優しく頬をなでてくれる。
少しひんやりと冷たい手は、水仕事の後のお母さんの手の感触で、
その冷たさがなんだか心地良い。



「もう、お父さんやお母さんに守ってもらえないって思ったら、
なんだか不安になったのかも。」
「あんな頼もしい2人がいるのに?」
「うん、やっぱり違うからね。」
「そりゃそうでしょう。
私たち親の愛情は与えるだけでから見返りを求めないからね。
だから子供は、親に全幅の信頼を寄せるのよ。
けれども龍介君や鷹介君は違うわ。
自身や貴女の人生の一部を欲しいと思っているだろうし、
自分たちが愛情を与えるのなら、同じだけ返して欲しいと思っていると思うわ。
時には、奪ってでも手に入れたいと願うはず。
そうでなければ、この特異な結婚の相手にを選ばなかったはずよ。
だから、怖くなるのも無理ないの。
でもね、だからこそすばらしいのよ。
自分の人生や時間を与えても一緒に居たいって相手は、
にとって価値がある人だと思うの。
心配しなくてもいいわ。
は私の娘ですもの。」
「お母さん。」
「こんな話をするなんて、が生まれた頃には考えなかったわ。
この話、お父さんにはしないでよ。
ただでさえ、お式が近くなってナーバスになっているんだから。」
お母さんはそう言って笑った。
私もうなずいて笑う。
笑いながら胸の奥がきゅんと締め付けられるような感じがした。



幸せな家庭に育ったことをとてもうれしく思った。
両親が仲がいいことは子供の頃は当たり前に見ていたけれど、
小学校に入って周りを見る余裕が出来ると、
それは当たり前のことではないのだと知った。
私も出来ることなら龍介と鷹介の3人で、幸せな明るい家庭を
築いて行けたらいいと思う。
それは、とても困難なことなんだと知っているけれど、
私の足りないところをあの2人なら助けてくれると思うから。
残り少ない独身生活を親元で過した方がいいだろうと、
ご当主と夫人に言われてお式までをここで過しいる。
2人は何かと電話やメールをくれる。
忘れていないのだと、忘れて欲しくないのだと言われているようで嬉しい。
けれど、声を聞いても文字を読んでも物足りない。
2人に会いたい。
結婚したら喧嘩しても辛いときもうれしい時も、
何時だってこれから一緒に居られると言うのに、
龍介と鷹介に会いたいと思った。
もうこんな風に一人でゆっくりと過せる時間など持てないかもしれないし、
人目を気にしないで散歩を楽しむ事も無理かもしれない。
それでも、空を見ても、花を見ても、思い出すのは2人のことばかり。
私ってこんなにも2人に囚われているんだ。
そう思うとなんだか自分で自分のことが、可笑しかった。



お式の前日に仮家として明日の朝出立ちをする予定の旅館に着いた。
この温泉街で一番由緒ある旅館だ。
貴賓室として使われている部屋へと通される。
何処の御殿かと思うほどの部屋に、なんだか居心地が悪いほどだ。
けれど、この旅館のご主人は神社の氏子総代を務めているというから、
次代当主夫人に粗相がないようにとの事なのだろう。
優しい好々爺のように見受けられると私が言ったら、
それを聞いた当主夫人は「さん気に入られているのね。
あの方は気に入らない人には酷く冷たい方なのよ。
よかったわね。」と安堵のため息を吐かれた。
2間続きの奥の部屋には、白無垢が掛衣桁に掛けられて
飾られてあった。
深山神社の家紋である抱き山吹を織柄として織った特注品の白絹で
仕立てられているそれは、式に使用した後喪服として仕立て直す事になっている。
当主夫人や次代夫人だけに許される着物柄。
例え名乗らなくても、それを身にまとうことで相手に自分の正体を告げる。
街や住んでいる人たち皆での特別扱い。
果たして私はそれに見合うだけの人間なのだろうか。
言葉には出来ない不安が、心を締め付ける。
禊(みそぎ)に入っている龍介と鷹介には会うことは叶わない。
明日の式場である深山神社の本殿で2人を見る事になる。
その夜は、2人からの連絡は何もなかった。
本殿でおこもりになると聞かされていたので心配はない。
けれど、こんなに2人が遠くに感じたのは、告白された後で
それを断ろうと考えていた時以来かもしれない。
そんな事を考えながら、闇に意識を手放した。



翌朝は快晴だった。
美容師さんとそのアシスタントの女性が7時に旅館へやって来た。
化粧と着付けにおよそ2時間ほどかかる。
その前に朝ごはんを頂いて、軽く湯を浴びておいた。
「花嫁さんはこの後大変ですからね。
ただ立っていて下さればいいのですよ。」
その言葉の通りに私は動かずに居た。
手や首にも白粉が塗られ、人ではないような肌にされていく。
陶器の人形の肌のように。
この日のために整えられた肌は、自分のものではないように思える。
化粧をされた後は、何重にも思えるほど着物を掛けられていく。
着付けをする上でタオルやパッドを入れる事は知っていたが、
まさか綿までを入れるとは思わなかった。
打掛を残したところで着付けは終わり、かつらをかぶせられた。
文金高島田をいう形の日本髪に、数々のかんざしを挿していく。
白無垢の時には、格調高くべっ甲のものだと決まっていると言う。
綿帽子のシルエットが綺麗に見えるようにと、
美容師さんが注意を払っているのをみて、
いよいよその時が来たのだと思った。





※Draw offer
=引き分けを提案する事。相手に受け入れられれば、
その場でゲーム終了となります。





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2006.02.01up