Dubious move 4




「自宅にいるから携帯なんて要らないんです。」
そう祐樹君は私の携帯を見て、少し寂しそうに笑った。
出会ってから知った祐樹君の誕生日に、
私は彼に携帯電話を贈った。
「何処に電話しろと?」
ちょっと拗ねたようにつぶやく彼に、私は自分と鷹介龍介の3人分の
番号とメールアドレスを記入してあげた。
「私も龍も鷹もまだ学生だから大学があるし、
龍と鷹に至っては仕事を持っているから、
いつかけて来てもいいとは言えないけれど、
それでも これ使ってくれると嬉しい。
出来るだけ、私からもかけるね。」
そう言って彼の携帯で、私の携帯へと送信する。
そのままそれを登録した。



「電話代だって、かかりますから。」
そんな大人っぽいことを言う祐樹君の頬を、
親指と人差し指で摘んで引っ張った。
「せっかくの誕生プレゼントに、そんな野暮な事を言う口はどの口?
心配しなくてもお姉さんは意外とお金もちなんだから、大丈夫。
そんなに心配?」
そう尋ねると素直に首を縦に振った。
「ん〜、仕方が無いなぁ。
じゃあ種明かしをしてあげる。
龍介の本の挿絵と表紙絵は私が描いているの。
だから、単発のバイトとしては結構なお金になるって訳。
それに龍介が売れてくれたおかげで、
最近は他の作家さんの挿絵の依頼ももらったりしているし。
そんな訳で、祐樹君の携帯電話代くらいは私でも払えるからね。
無料通話もついているし、そんなに使わなければ大丈夫。」
摘んだ部分から手を離して「分かった?」と覗き込むと、
少し頬を染めた祐樹君は「ありがとう。」と笑顔になった。



「この携帯の事は、龍介にも鷹介にも話してあるから、
男同士の話をしたいときには協力してくれるよ。
何より祐樹君は龍介のファンだしね。
露出の少ない作家だから、自慢にしてもいいよ。」
そうからかってウィンクを飛ばすと「そうですね。」なんて、
まんざらじゃない言葉が返ってきた。
それから私たち4人は、メル友として付き合った。
試験や仕事で忙しくて、深山家本家に行けない時でも、
祐樹君とは連絡を取っていた。
加納邸では私は祐樹君の姉のように振舞ったし、
加納家の皆さんも受け入れてくださった。
何よりも喜んでくれたのは、祐樹君のお母さんだった。
病気の為とはいえ、好奇心旺盛な少年をずっとベッドの上に
縛り付けておかなければならない。
健全な心を持った少年だけに、
自由にならないやり切れなさに、八つ当たりされることもあったようだ。
元々とても優しい子だから、暴力や無茶を言うようなことでは
なかったらしいけれど、だからこそ親としては辛かったんだろうと思う。
そんなときに現れた私たち3人は、
祐樹君を友人として扱ったし、病人だからと遠慮しなかった。
祐樹君にとってはいい気晴らしになったのだろう。
とても明るくなったと感謝された。



ある夜。
枕許に置いた携帯の着メロが鳴った。
そのメロディは祐樹君専用のもの。
「こんな時間に?」
携帯を手にしてディスプレイを見ると午前3時。
メールではないので、不審に思いながら通話ボタンを押して、耳に当てた。
『もしもし、さんですか?
加納です。祐樹の母です。
こんな時間にすいません。』
「いいえ、どうかなさったんですか?」
『はい、祐樹が3日前から病院に入っていたんですが、
先生が会わせたい人があったら、出来るだけ早く会った方がいいと・・・。
うっ・・・・で、ですから、こんな夜更けに電話を・・・・。
ごめんなさい。
でも、祐樹が会いたいと望むとしたら、貴女しかいないと思って・・・・。
祐樹が薬で眠ったので、携帯をそっと借りて外に出てきたんです。』
電話の向こうで、加納さんが嗚咽をこらえているのが聞こえる。
「分かりました。
鷹介と龍介に頼んで、車を出してもらいます。
病院の名前と部屋番号を教えてください。」
加納さんは涙の合間から、お礼と一緒に病院名と部屋番号を教えてくれた。



そのまますぐにベッドから出ると、携帯の短縮で龍介を呼び出しながら、
クローゼットから衣類や小物を取り出しベッドの上に放った。
カバーがかけてあるハンガーに手をやって、その手を止める。
喪服なんて縁起でもないけれど、もしかしたらいるかもしれない。
決してそう望んでいるわけではないけれど、
もしそうなってしまったら、祐樹君との最後のお別れをする為にも
絶対に必要になる。
そう考えて靴とバックも一緒に出した。
龍介は数コールの後に通話口に出てくれた。
事情を話すと二つ返事で鷹介とともに同行すると言ってくれた。
携帯をバックのポケットへ入れて、ベッドの上に出したものを
いつも使っている旅行用のバックにつめる。
大きいものは鷲掴みできるから分からなかったけれど、
小さいものをまとめてポーチへとつめようとして、
そのジッパーのつまみが上手くつかめない。
指先が震えていた。
震えを止めようとしてぎゅっと手を握り締めてみた。
両手を祈るような形で組んで力を入れてみる。
深夜の静寂を破って車のエンジンがかかる音が聞こえてきた。
龍介か鷹介が車を出してくれている。
「急がなきゃ。」
机の上にあったコンビニの手提げ袋を手にして、その中に小物を入れて
バックに放り込むように入れた。



急いで着替えて階段を下りる。
玄関に龍介が待っていてくれた。
両親が呼び鈴に何事かと出てくれたのだろう、その場に揃っていた。
「訳は龍君から聞いたわ。
こっちのことは心配しないで、行ってらっしゃい。
龍君、のことお願いね。
鷹君も一緒だから心配しないけれど、気をつけて。」
母の言葉に龍介がうなずいて、私のバックを預かってくれた。
「じゃ、急ぎますからこれで。
出来るだけ連絡を入れます。
には僕たちがついてますから、心配しないで。」
私は何も言えなかった。
何かを言おうと口を開けば、唇が震えていて何も言葉に出来なかっただろう。
ただ、龍介に促されるのに従って、体を動かした。



車に乗ると、待っていた鷹介がブランケットで包んでくれた。
「運転は僕がするから。」
龍介がそう言ってシートベルトを締めた。
「じゃ行こう。」
鷹介が私をブランケットの上から抱きかかえると、龍介を促した。
、そんなに震えないで。
まだ、何か起こったわけじゃないんだから。
祐樹がの顔も見ないで逝くはずないから。
アイツはきっとを待ってる。
祐樹は母親以外の女性のすべてをに求めているから、
だからを待ってる。」
鷹介の声が耳元で私にそう告げた。
「あぁ、そうだね。
鷹が言うとおりだよ。
僕も祐樹の視線にこめた全ての想いを思うと、
嫉妬を我慢するしかなかったよ。
アイツがに求めているのは、女じゃなかったから我慢できたのかも。
姉であり妹であり、教師であり生徒でもあったかな。
そして女友達であり親友でもあり。
なんて言うのかな・・・そうまるで女神とでも言えばいいかな。
祐樹にとっての存在はそういう感じだと思ったよ。
僕たちはそんなと付き合うことを相談されている、男友達って程度に
思えるほど、祐樹とはの話ししかしなかったよ。
普通なら、鷹以外の男には絶対に許せないんだ。
のそばに俺たち以外の男がいるってこと。
でも、その祐樹の想いがあまりに崇高な為なのかもしれないけれど、
どうしても祐樹を止められなかったよ。」
落ち着いて分析する龍介の言葉に、鷹介は「そうだな。」と頷いた。



2人が私に気を使ってくれているのを感じているけれど、
それに何か答えることが出来なかった。
私はただ、鷹介の胸に身体を預けて寒くもないのに震えていた。





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2005.12.14up