Dubious move 3
翌日。
私は龍介と鷹介の2人を連れて、祐樹君のいる加納邸へ、
昨日のお礼とお見舞いに訪れた。
急な事なので何も用意してなかったけれど、
幸いにも近くの書店に龍介の作品が並んでいた。
しかも最新のモノは初版本だった。
まあ、最近の龍介は一人前に流行作家の一員となったから、
初版からかなりの冊数が販売される。
デビューしたての頃のように初版本はレアとはいかない。
龍介のファンだと言った祐樹君が、最新本を持っていないと言う事はないと
思うけれども、それでも初版本に作家のサイン入りとなれば、
話は違うと思った。
きっと気に入ってくれるに違いない。
それと、病気が分からないから、食べ物はやめて無難な所でお花を買った。
電話番号を当主夫人から聞いて尋ねる旨を伝えると、
加納さんはとても喜んでくれた。
その言葉に気を強くして、思い切って尋ねた。
祐樹君は昨日と同じようにベッドの上で私たちを迎えてくれた。
加納さんから私や龍介と鷹介の話は聞かされたのだろう。
双子を見てもそれほど驚いた反応はなかった。
双子の並んでいる所を見た人は、結構反応してくれる事が多い。
いい意味でも悪い意味でも・・・だ。
そして、それが龍介たちのようにいい男だったりすると大変。
特に女性がね。
そういう点では、祐樹君は男だから私に嫉妬の視線は投げつけない。
それがとても心地よい。
「昨日はありがとう。
紹介するね。
この2人が私の婚約者の深山龍介と深山鷹介なの。
こっちの眼鏡君が祐樹君が好きな作家の龍介。
で、眼鏡無しの方が鷹介だよ。」
私の紹介に、祐樹君は2人へと視線を向けた。
「加納祐樹です。
初めまして次代様。」
最初に龍介へと手を差し出した。
「よろしく祐樹君、龍介です。」
龍介はサイン会に来たファンに向ける笑顔よりも数段優しい顔で、
祐樹君と握手をした。
どこかよそ行きの笑顔だけれど、他人に向けるそれとは違う。
初めて会った人でも、一族だと身内のような気がするのだろうか。
次に鷹介に向かって「よろしくお願いいたします。」と同じように手を出した。
「あぁ、よろしくな。」
よそ行きの龍介に比べると、鷹介の挨拶はくだけている。
まあそれが鷹介の良さでもあるけれど、
対象的だなと思っておかしくなった。
「さん、ありがとうございます。
深山先生に会えるなんて思ってもみませんでした。」
私があげた土産のサイン本を胸に抱えて、嬉しそうな笑顔を見せてくれる。
龍介を連れて来てよかったと思った。
私はこんなに長い間、闘病したりベッドの住人になった事は無いけれど、
きっと毎日が恐ろしく退屈なんじゃないかと思ったから。
ううん、退屈なんて事は無い。
だって、怪我や骨折などの必ず治る疾患とは違って、
内科系の病気は治癒に時間がかかるものが多いと聞く。
まして、祐樹君は病院にいるほどではないかもしれないけれど、
学校に行けるほどではないから、こうして自宅療養をしているんだもん。
病気に対する恐れや先の見えない闘病に焦ることだってあるはず。
私が考えるような闘病生活とは違うのだろう。
所詮、私みたいに健康な者が考える事は、
病人本人にとっては残酷な内容のような気がした。
さすがに今日は龍介と鷹介との話が楽しそうなので、
私は加納さんのお茶の用意を手伝おうと、祐樹君の部屋から出て
キッチンへと足を向けた。
「うっ・・・ううっ・・・・・」
嗚咽を堪えるような声。
すすり泣くと言うよりも泣く事を耐えているようなそれに、私の足が止まった。
「ゆ・・・ぅき・・・・」
それが加納さんの声だと気付くのに、それほどの時間はかからなかった。
どうして泣いているんだろう?
私たちの見舞いがそれほど嬉しいということでは無いと思う。
悲しさを耐えるようなそんな泣き方に、
聞いているこちらの方がいたたまれなくなりそうだ。
それでも、このままここに立っているわけにも行かないと、
私は足を踏み出した。
「加納さん?」
「あっ、はっ・・・はい。」
私の呼びかけに慌てたようにティッシュが箱から引き抜かれる音がする。
「お茶の用意をお手伝いさせてください。」
キッチンに入ると、テーブルの上には既にお茶の用意がしてあった。
「加納さん、泣いてらしたんですか?
もし、私たちの訪問がお邪魔でしたら、遠慮なく仰って下さい。
昨日の今日で、厚かましいと思っています。
ごめんなさい。
でも、祐樹君とどうしてもお話したかったし、
龍介と鷹介も一緒にって事になったので。
祐樹君ならきっと喜んでくれると思って。」
加納さんの顔を見てそう謝罪の言葉を口にすると、
出来るだけ丁寧に頭を下げた。
「そっ、そんな事ではないんです。
次代様やさんに来ていただけて本当に嬉しく思っているんです。
何よりも祐樹が本当に嬉しそうで、私もうれしいです。
昨日お話ししたように、自宅療養のために他の人との接触が少ない子ですから、
お見舞いに来ていただけて私も祐樹もどんなに嬉しいか。」
加納さんは、私の手を取ると必死と言う感じで、
そう言葉をのぼらせた。
「では何故泣いてたんですか?」
私の更なる問いに、加納さんはダイニングの椅子を引いて「どうぞ。」と
そこに座るように促した。
「失礼します。」
私がそう断って座ると、加納さんも隣に腰掛けた。
「祐樹は、もうあの病気の末期なんです。
後どれ位か分かりません。
医者も予測がつかないような状態で・・・・・。
次の発作が山だろうって。
それが明日か1年後かも分かりません。
何をしても助からないのなら、病院で注射やチューブにつないで置くよりも
家で私たちのそばで心安らぐひとときを送って欲しいと、
連れて帰っているんです。」
今度は私が加納さんの手を握った。
「祐樹君はそれを?」
「いえ、教えてはいません。
でもあの子はなんとなく気付いていると思います。
元々優しい子でしたけれど、
家に帰ってからは、ことに優しい子になりました。
自分が病気だっていうのに、私や主人の身体の心配をするんです。」
俯いてその目頭にティッシュで押さえる加納さん。
私はかける言葉が見つからなくて、ただ握った手に力を入れた。
「さんにはご迷惑な話でしょうが、
出来るだけ家に来ていただけませんか?
同級生の同情からの見舞いだって、
それなりの顔をして迎えている祐樹ですけれど、
さんのことは本当に嬉しそうに話すんです。
本家のお仕事や勉強の合間でいいんです。
たまに祐樹の事を思い出していただけたらで・・・・・。」
「もちろんです。
ご迷惑でなければ、私もお邪魔したいと思っていました。」
私の言葉に加納さんはわずかに笑顔になった。
「ありがとうございます。」
こんな話を聞いて、断る言葉を口に出来る人は早々いないだろう。
この場だけでも了承の旨を伝えるに違いない。
それが、自分が好感を持っている人の頼みなら、
何とか叶えてあげたいと思う。
しばらくは涙が止まりそうに無い加納さんの代わりに、
お茶は私が運んでおいた。
帰宅後にその話を龍介と鷹介に伝えた。
2人は二つ返事で了解してくれた。
此処で駄目だと言うような龍介と鷹介だったら、
婚約を解消していたかもしれない。
後でそんな事を言ったら、2人には睨まれてしまったけれど・・・。
2人は祐樹君の素直さと、その聡明さにいたく好感を持ったらしい。
私が男性が近づくのを、快く思わない2人がそれを許した事でも
どれだけ好感を持っているかが良く分かる。
そうして、私はひと月に1度か2度の割合で、
暇を見つけては加納邸に通う事になった。
加納さんに言われなくても、多分そうしていただろうけれど。
祐樹君と私は、まるで姉弟のように仲良くなった。
たまに付いて来る龍介や鷹介が嫉妬を焼くほどに。
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2005.12.07up
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