Dubious move 1




毎月1回から2回は、こちらの本家で週末を過ごすのが定着してきた。
深山神社は結構大きな神社なので、それなりに仕事がある。
まだ神職の正式な資格はないものの、
地元の人には顔を売っておかなければならないとかで、
鷹介と龍介はご当主と一緒に出かけることが多い。
氏子総代との話し合いとか、地鎮祭とか、色々だ。
残されている間、私も花嫁修業をしている。
一族の出身ではない私は、この土地のことは何も知らない。
当主夫人について教わりながら、鷹介と龍介の帰りを待っている。



それは、夫人に頼まれたお使いに出たときのこと。
予報では雨など降らないはずだったのに、突然のにわか雨に降られた。
雨具の用意などしてなかったから、当然のごとく雨宿りをする事にした。
神社への道は人家が段々まばらになって行くので、当然お店などない。
少し走って、一番近く似合った家の軒下に飛び込んだ。
程よい張り出し加減の軒下を借りてたたずむ。
山に縁取られた空は、雨雲に覆われていて切れ間もない。
簡単にはやみそうもないように見える。
運悪く、鷹介と龍介は当主と一緒に遠出をしていて神社にはいない。
「どうしようかしら。」
は空に向かってポツリとこぼした。
此処から神社はそれほど遠くはない。
けれども雨でその建物がかすむほどに、降りは激しい。
走ったとしても全身濡れ鼠になる事は間違いがない。
はぁ、と、思わずため息をこぼした。



背中にしていた窓がカラカラと開いて、
「良かったら中で雨宿りして下さい。」と、男の子の声が聞こえた。
少し驚いてその子と部屋の様子を見た。
此処はどう見ても普通のお宅のようだけれど、
お医者様だったかしら?
そんな風に思うほど、部屋の中は病室のようだった。
玄関の方を見たけれど、やっぱり普通のお宅だ。
幾ら雨に困っていても見ず知らずの家に上がるわけには行かない。
「ありがとうございます。
でもここで十分に雨はしのげますから。
ご親切にありがとうございます。
もう少しの間、此処をお借りしますね。」
雨はやみそうにはないけれど、小止みになれば帰れるだろうと思って、
その少年にお礼を言った。



「大丈夫です。
僕だけなら心配でしょうが、ちゃんと母がいますから。」
うっすらを笑顔になった彼は、枕許にある呼び鈴をチリンと振った。
まもなく廊下を歩く足音が聞こえて、すぐにドアが開いた。
「祐樹、どうしたの?」
顔を出したのは、例祭の折にお手伝いの中にいた加納さんの奥さんだった。
私の方を見て「あらっ、次代様の婚約者様でしたね。
さんって仰ったかしら・・・・。」
「こんにちは、加納さん。
すいません、突然の雨に降られて軒下をお借りしています。」
上半身しか見えないだろうと軽い会釈をして挨拶した。
「母さん、この方を家の中にお上げして。
僕がいかがですかって誘ったけれど、遠慮されちゃったんだ。
まだ雨はやみそうにないし、少し肌寒いでしょ?
それにさんの肩が濡れているみたいだから・・・。」
それを聞いてにっこり笑った加納さんが、私にも笑顔で向いた。



「さあ、さん。
息子の祐樹は言い出したら、後へは引かない頑固者なんです。
さっさと言う事を聞くのが賢い者のすることですよ。
私なんて、いつもなんです。
祐樹に言われた事と違う事をしようとしても、
結局その通りになってしまうんです。
ですから、さあ、玄関へお回り下さいな。」
加納さんは手を玄関の方へとさして、私にそちらへ異動するようにと振った。
「でも・・・・」
氏子で例祭にお手伝いとして入っていたと言う事は、
一族の家と言う事になる。
まだ、正式な仲間入りをしていない私が、
あまり親しくしていいとは思えなかった。
どうしよう・・・・正直にそう思った。



「そこにそのまま居ては風邪を引きます。
僕や母がさんがそこに居る事を知っていて家に上げなかったと
ご当主や次代様たちに知られたら、僕の家は酷く言われてしまうんです。
もちろん、仕事に出ている父もです。
僕たちを一族のつまはじき者にしないためにも、
此処は大人しく家に入ってください。
さんの事を母から聞いて、一度お会いしたいと思っていたんです。
お願いですから・・・・ね。」
病の床についている人にそんな事を言われて、断れる人なんか居ない。
祐樹と言う少年は、どう見ても高校生か中学生くらいなのに、
人の動かし方を知っていると思った。
私に罪悪感を持たせないように、言葉を選んでくれている。
意固地になっているのが恥ずかしくなった。
「では、お言葉に甘えて。」
そう言って玄関へと異動した。



迎え入れてくれた加納さんが差し出してくれたタオルを借りて
濡れた髪や肩を拭いた。
案内されたのは祐樹君の部屋だった。
さんごめんなさい。
祐樹がどうしてもお話したいと言って・・・。」
困ったような表情で加納さんが頭を下げた。
「いえ、私も是非お話したいと思ったんです。
祐樹君が望んでくださるのなら、喜んで。」
お礼を言って入った部屋は、窓の外から見たよりももっと病室然としていて、
正直驚いてしまった。
「いらっしゃい、僕にお客様は久しぶりなんです。嬉しいな。
こんな格好でごめんなさい。
もう随分長くこうして自宅療養をしているんで、
ベッドの上から失礼します。
もし、お嫌でしたら起居の方で母がお相手しますから、
遠慮なく言って下さい。」
ベッド脇の椅子を手で勧められて、そこに座ると祐樹君は
大人顔負けにそう私に話しかけた。
その笑顔は鷹介のように明るいのに、口調はまるで龍介のようだ。
そんなことを思った。
もし2人を足して2で割ったらこんな感じかもしれない。
そう思って「気にならないわ。」と、笑顔で答えることが出来た。



病気で長く学校にも行っていないというのに、
祐樹くんは世の中のことに詳しかった。
「私の方が何も知らないみたいで恥ずかしいわ。」
彼の話はとても面白くて、話題も多くて驚いてそんな感想を口にした。
「子供の頃は、本当にテレビくらいしか情報がなかったんですけど、
今はほら、これがありますからね。
こんな田舎のベッドの上にいても、世界の事を知る事が出来るんです。」
そう言って、ベッドのかたわらの棚にあったノートパソコンを手にして、
膝において照れたように笑った。
「次代様と決まった深山龍介さんの小説のファンなんです。
彼の作品は全部読んでいるし、公式ホームページの常連なんですよ。
さんって、次代様の婚約者なんでしょ?
次代様ってどんな人ですか?」
それでなくても楽しそうに話す祐樹君が、龍介の話しになったら、
瞳をキラキラと輝かせて身を乗り出してきた。
本当に龍介のファンなんだと、私も嬉しくなった。



「そうね、私と龍介は幼馴染なの。
家が道を挟んで向かい合っているし、お互いの父親が幼馴染でね。
ずっと一緒に育ってきたの。
誕生日も2週間しか違わなくて、龍介は鷹介と双子だけれど、
私を足してほとんど三つ子と言ってもいいと思うわ。
龍介は小学校の頃から『なりたいモノはなあに?』と聞かれると、
『小説家』って答えるような子で、その為には何をすればいいのかって
そんな勉強をしていたわ。
自分のスタイルを確立するためには、人のスタイルを知る必要があるって、
いつでも何処でも文庫本を広げるような子でね。
遊園地へ行っても、旅行に行っても、スキーに行っても、
必ず本を持っていってたわ。
だから、私と鷹介から見ると、龍介が作家になったのは、
なるべくしてなったとそう思っているの。」
私の目から見た龍介の様子を、祐樹君はそれは楽しそうに聞いてくれた。



その日、結局雨はやまなくて、私は龍介と鷹介が帰ってきた頃を見計らって、
神社に電話をして迎えに来てもらった。
迎えに来てくれたのは、ご当主夫人だった。
お使いに出たまま帰らない私を心配して下さっていたらしい。
祐樹君との話に夢中になって連絡を忘れた事を、
私はみんなに謝るはめになった。





※Dubious move=デュビアス・ムーブ
疑問手。疑わしい・あいまいな一手のこと。

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2005.11.23up