Problem child 3




その夜、離れの座敷で。
今日の真奈美さんとの話を龍介と鷹介に報告した。
子供の頃なら2人に謝らなければならないことも会ったような気がするけれど、
さすがに20歳も越えた今ではめったにない。
しかも、事が事だけに2人の視線が痛い。
話し終えて、ごめんなさいと口にした私の言葉を最後に、
部屋には沈黙が落ちた。
2人とも若くても慣れないことをしているのだから疲れているはず。
こんな話をして余計に疲れを増してしまう事は、本当に申し訳なく思う。
それでも、話さないわけには行かない。



「で、は真奈美さんに僕たちを譲るつもりなの?
それとも、僕たちの気持ちを信頼しているから、そう言ったの?
どちらにしても彼女があきらめるまでは、僕たちは好みでもない女に
狙われる羊役を演じなきゃならないわけだ。」
メガネの奥の瞳は何時になく冷たい光で、私を射る。
こういう時龍介はたとえ私にでも容赦がない。
そして、いつもは庇ってくれる鷹介も黙っている。
それだけ今回私が言い出したことは重要な事なのだ。
「私が、真奈美さんにああ言ったのは、
彼女が自分で龍介と鷹介をあきらめなきゃ駄目だと思ったから。
決して2人の事をいい加減に扱いたいわけじゃないの。
もちろん、こんな事を言い出した裏には、
龍介と鷹介の気持ちを信じているからだけど。
でも、2人が私を許せないのも分かるから、文句は遠慮なく言って。
それとも、指輪を返さなきゃ駄目かな。」
真奈美さんの気持ちを静めるためには、他に方法がないような気がして言ったけれど、
2人の気持ちを無視していた事は否めない。
その為の制裁が下るなら、受けようと思った。



「そう、何処にでもそういう女はいるからね。
彼女がきっぱりとあきらめてくれると言うのなら、
少しの間なら食えない羊役をやってもいい。
女が仕掛けてくる誘惑は、高校と大学で散々経験したと思うけど、
目新しいのがあれば仕事に使えるし。
だけど、指輪を返すなんて軽々しく口にしないで欲しいな。
そっちの方が僕は怒るよ。
に指輪をはめさせるのに、僕と鷹介がどれほど頑張ったか・・・・。」
「龍介。」
それまで黙っていた鷹介が、まだ続きそうな言葉を遮った。
「いじめるのもその辺にしとけ。
が困ってしまうだろ。
クラスメイトとかと違ってその真奈美さんって一族の人なんだから、
が強く出れないのも分かってやれよ。
、泣きそうじゃんか。」
差し出してくれた鷹介の手にすがるようにつかまる。



鷹介の手に力が入って、身体がそちらに引っ張られる。
耐えていた涙がとうとう溢れ出した。
泣いたら卑怯だって思っていたのに、優しくされるとどうしても弱い。
思わず漏れる嗚咽を慌てて手で覆った。
抱き寄せられた手に力が入って、腕の中に庇護される。
押し付けられた鷹介のシャツに濡れた頬から涙が吸い取られる。
その下の胸のぬくもりが私を癒すように温かい。
「そんな辛そうな泣き方するなよ。
しょうがないじゃんか、が言い出したことかもしれないけれど、
黙っていても言い寄られるに決まっているんだ。
むしろ、前にはこういう事があってもには関係ないようにしていたけれど、
今は自身が3人の問題だと認識しているって事だろ。
が売られた喧嘩なら、俺は喜んで一緒に買ってやるよ。
俺は、言い寄られたって拒否ることが出来るし。
それとも何か、龍介は真奈美さんの手管にやられそうだからそんな事言うのか?」
何時になく鷹介の声が剣呑に感じられる。



「鷹、そんなにいきり立つなよ。
僕にしたところで、真奈美さんにほだされるような事はないさ。
むしろ手酷く振る事は、鷹介より得意だと思うけど。
お前より年季が入っているし。
まあ、の気持ちも分かるさ。
女の争いに巻き込まれるのは、正直言うと本位じゃないけれど、
それがのことなら別だよ。
だから、心配ない。」
「だったら、最初からそう言ってやれよ。
なにを勿体ぶってんだ。
がどんな気持ちで、真奈美さんの話を聞いてこういうことになって、
それを俺達に言うのが辛そうな事くらい分かれよ。
平気だと思っているんじゃないだろ?
龍は俺よりも察しが良いんだからさ。」
鷹介に咎められて、龍介は困ったなと言う表情で笑うと、
右手で頭をかいている。
「ん、そうだな。
、僕が悪かったね。ごめんよ。
の話ではあるけれど、鷹介が言うように3人の問題だからね。
僕のことは心配しなくても大丈夫だから。
僕にはだけってこと、知っているだろ?」
そう言って龍介が鷹介の腕の中にいる私に向かって手を広げた。



「まったく。
さあ、
龍介のところで恨み言を言ってやれ。
『龍介が私をいらないんなら、私は鷹介だけのものになります。』ってな。」
「そんなこと・・・・・。」
「分かってる。
俺と龍が、2人だからこそが俺たちの手を取った事も、
俺達がこうしてそばでを放さないから誰も来ないけれど、
お前にはすぐに彼氏でも婚約者でも出来るって事も。」
鷹介の言葉と手に押されて、龍介の腕に抱き取られる。
。」
愛しそうに低く囁くように耳元で呼ばれる。
鷹介ほど行動で愛情を示さない龍介だからこそ、名を呼ぶということに
これほどの感情を込められるのかもしれない。
「怒っているわけでも、叱っているわけでもないから・・・・。
まあ、婚約までしているのに、こういうことにまだ煩わされなきゃならないのかと、
正直辟易してるだけだから、心配ないよ。」
少しため息交じりの言葉に、クスクスと笑いがこぼれてしまう。
「笑ってる場合じゃなくて、も気をつけてくれよ。
僕と鷹介の隙を突いて、誰かがをさらうかも知れないからね。
お姫様の抵抗では、あって無きが如しだから。」
誰にも渡さないよ・・・・・言葉の代わりに抱きしめている腕に力が込められる。



少しその腕から逃れたくなるほど、なんだか力が入っていることが不思議だ。
「龍介?」
顔を見て話したいと身体を起こそうとした。
途端にふわりと身体に浮遊感を感じた。
視界に入っていた障子が不意にフェイドアウトして、視界一杯に龍介の顔。
背中には布団の柔らかい感触。
「こんな風に、少しの力でを押し倒す事が出来るんだ。
だから、僕と鷹介以外の男の間合いには入らないように気をつけて。
男だって、その人に相手が居ても居なくても欲しいという気持ちを抱くから。
むしろ、人のものの方が貪欲に求めることだってあるし。
手が届かなければ、理性で抑えられる気持ちも、
自分の間合いに入ってくれば、本能に負けてしまうということもある。
僕と鷹介がいつも守れるわけじゃないからね。」
笑みのない真摯な瞳でそう諭されては、素直に頷かないわけには行かない。
男と女の体力差を持ってすれば、抵抗なんてしてもしなくても
同じだと言いたいのも分かるし、実際そうだろうと思う。
「うん、気をつけるね。」
そう返事をして、起き上がろうとした。



その肩を龍介の手が押しとどめる。
「なんて言うのかな?
すぐ近くにいてその気配を感じ、姿も見られるのに、
距離を保たなければならなくて、触れる事さえ叶わなかったから、
今日一日、凄くストイックに過ごした気分なんだ。
だから、触れさせて。」
いつの間にかそばに来た鷹介も「龍もそうなんだ。」と、クスクス笑う。
2人に求められる。
他の男の手に落ちないようにと言い含めたそのそばから、
自分たちの手の中に落とそうとする。
それは所有欲の表れなのかもしれない。
ちくりと刺すような痛みを胸元に感じる。
見れば闇の中でも浮き上がっているように見える白い柔肌に、
薄紅の花弁の痕。
今はまだ色濃くなくても、時間と共に色を増すことだろう。
2人の所有印が刻まれている。
甘く痺れるような痛みが何度も繰り返される。
花の下で戯れているように、花弁は私に降り積もる。
今夜は事の他数が多いような気がするのは、多分今の話のせいだ。
2人の腕に囚われて、甘美な拷問を受ける。



私が自分から進んで入った2人の牢に、他の誰も入れないように。
誰かに此処から引きずり出されないように。
私だけの場所にする為に、私自身も戦わなければならないんだと、
愛撫に翻弄されながらそんなことを思った。





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2005.09.28up