Quiet move
耳に馴染みのあるクラシック曲が流れるその和やかさとは場違いな
テーブルの雰囲気に、僕は少々疲れを感じていた。
もっとも僕の態度如何では、此処も和やかになるのかもしれないが。
テーブル向かいに座る彼女もそれを望んでいるだろう。
でも、僕にはそうするつもりなど毛頭ない。
「で、今日はなんですか?」
事務的な冷たい問いかけに、真奈美さんは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「そんなに毛嫌いしなくても良いじゃない。
同じ深山家一族なんだし。
そりゃ、さんも綺麗で可愛い人だけれど、私も結構いけてると思うんだよね。
高校時代も結構もててたし。
職場でだって誘ってくれる男もいるんだよ。」
「じゃあ、その人たちを相手にすれば良いじゃないですか。
僕と鷹介は早めにあきらめた方が良いですよ。
時間を無駄にします。」
これでも、言葉や文字を操る仕事をしているんだから、
そんな幼稚な挑発には乗らないんだけど。
僕の事をその程度の男としか見ていないのだろうか。
いや、違うな。
真奈美さんの男に対する態度がそういうものなのだろう。
相手によって変えるとかしないで、一つの手で全てが賄われると思っている。
何時行っても同じ対応で迎えてくれるマニュアルで統一されたレストランのように、
彼女が男にとる態度には、彼女なりのマニュアルがあるに違いない。
それに乗ってこない男は、価値がないとされるのだろう。
それならそれでいいから、早く僕と鷹介に見切りを付けてくれないものか。
先にあった深山神社の春の例祭後、
神社の行事や一族の用事で真奈美さんに会うが、
その度にこうして落とそうとするのには、正直辟易している。
中学や高校、大学時代を通してもういやと言うほど女には言い寄られてきた。
多分鷹介もそれは同じはず。
ただ僕と鷹介の違いは、その女性たちのあしらい方だろう。
鷹介はまるでファンクラブに入れるような態度を取る。
その女性の好意は受け取るが、決して期待しないようにと言う風に。
僕はそんな器用な事は出来ない。
変に期待させてもいけないという考えはあったから、
とにかく冷たく断る事に徹していた。
以外に興味はないのだから仕方がない。
そんな僕を見て鷹介は笑うけれど、あいつに僕を笑う資格なんかない。
同じ穴のムジナなんだから。
「龍介さんと鷹介さんが当主になるのなら、その妻は当主夫人でしょ。
貴方たちは、深山神社近くに住んでいないから分からないでしょうけれど、
時にはご当主よりも夫人の方が大切にされるのよ。
だって、何時の時代でも男を骨抜きにするのは女でしょ?
事件の陰に女有りって言うじゃない。
そういう女に、なれるものならなりたいわ。
まして、龍介さんと鷹介さんは良い男だし、
収入もあるし、背も高いし、夫として申し分ないわ。
そんな旦那様たちには相応しい奥様が必要でしょ?」
グラスに突き刺したストローを、指で摘んでくるくると回しながら、
上目遣いに見上げてくる。
他の男なら結構そそられるような目だろう。
実際こういう態度と言葉で、男を落としているんだろうなと思った。
「では、では当主夫人に相応しくないとでも?」
声に怒気がこもらないように気をつけながら、
それでも自分の中心が怒りに熱くなってきているのを感じた。
「ううん、そんなこと思ってない。
もし本当にそうだったら、どんなに良いか・・・・。
さんなら多分大丈夫。
私なんかよりも一族の年寄りには受けてたみたいだったし。」
を悪く言うわけでもない真奈美さんの態度には、
打算とか悪意も感じられない。
良い意味でこの人は、自己中心的な人なんだと感じた。
「良い男を2人欲しいだけなら、僕たちじゃなくても良いでしょう。
真奈美さんほどの女性なら、喜んで相手をしてくれる男はいると思います。
その気もない僕たちを振り向かせる必要などない。
それに、は当主夫人になりたくて僕や鷹介と付き合っているのでもなければ、
婚約したわけでもないですよ。
僕たち3人は、小さい頃から3人でいることが当たり前のようにして育って、
そのまま恋に落ちましたからね。
ただ単に僕たちが望む未来と、当主として立つことの条件がシンクロしていただけです。
少なくとも僕たちもそれ以外の理由はない。
だから、本当は当主の地位とかに興味はないんです。
真奈美さんは僕と鷹介を愛しているわけじゃない。
貴女からはそんな情熱は感じられない。
そうでしょ?
ただ手に入らないものが欲しいだけだ。
僕にはそんな風に見えますよ。」
が言うところの必殺スマイルでそれだけ言うと、
テーブルの上のカップに手を伸ばした。
「そんな風に言われちゃうと、これ以上食い下がれないじゃない。
さすがに作家だけあって、言う事が痛いところを突いてくるわね。」
ため息と共にあきらめたような言葉を聴いて、内心安堵する。
に付きまとう男たちや自分たちに言い寄る女たちを追い払うのとは違って、
これからも付き合うことのある一族の女性だから気を使う。
「でも正直に言ってさんが羨ましいわ。
今までだってたくさんの人と付き合ってきたけれど、
私じゃなきゃって人はいなかったから。」
そうつぶやいた横顔は、少し寂しそうに見えた。
「それだったら、まず、真奈美さんが『この人じゃないと』と言う人を
見つけなきゃ駄目でしょう。
誰にも譲れない、どうしてもあきらめられない。
そして、その人さえいればいいと思うような、
そんな人が現れれば僕や鷹介の気持ちも分かると思います。」
寂しい恋愛をしている女性なんだと、気の毒になる。
でも、同情であって、愛情ではない。
こればかりは彼女自身の問題だ。
テーブルの端の伝票を持って立ち上がった。
真奈美さんは僕を見上げて邪気のない笑顔を向けてくれた。
「もう、心配ないってさんに伝えてね。
これからは、彼女を見習って良い男をゲットする為に、
良い女になるからって。
もし、できることなら友達になって欲しいって。」
「ありがとう、喜びます。
もきっと友達になりたがりますよ。
じゃあ、また。」
ヒラヒラと手を振る真奈美さんに軽い会釈をして、テーブルを離れた。
店を出て『話があるから、今夜集合。』と鷹介とにメールを打ってから、
「やれやれ、何とか解決だな。」と、1人つぶやいた。
※Quiet move=静かなる動き。敵の駒を取ったりせずに、
相手に脅威を与える動きのこと。
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2005.10.05up
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