Problem child 2
お盆とその上のものは、私の左手と肩に挟んでいたおかげで何とか無事だったが、
右手で差し出していた湯飲みは、後からの力に素直にしたがって
前方へとその中身を吐き出す事になった。
今、渡そうとしていたのは、龍介だった。
つまり、龍介は頭から酒をかぶったことになる。
すぐにお盆をテーブルの上において龍介のそばに行き、
エプロンのポケットに入れていたタオルハンカチで龍介にかかった酒を拭った。
「龍介、ごめんなさい。」
龍介自身もハンカチを出して、自分を拭いている。
「大丈夫だから、気にするな。」
龍介のいつもの落ち着いた声に、「うん。」と返事をする。
「そんな可愛い嫁様になら、わしも酒をかけられたいもんだ。」
少し離れたところの老人が、私たちの様子に冷やかしを飛ばす。
座が和んでみなの笑い声があがった。
「私が続きを配らせて頂きます。」
そう言って、私が置いたお盆を手にした女性がいた。
「真奈美さん、此処はさんにお願いしています。
貴女はご自分のところをやれば良いのですよ。」
そのお盆を横からすぃっと自分の手におさめて当主夫人が一言言った。
「龍介さんは着替えていらっしゃいな。
お酒はベタベタしますから、気持ち悪いでしょう。
さんはこのままこれを配って下さいね。」
何事もないかのようにその場を采配して、夫人は私にお盆を渡してくれた。
「ありがとうございます。」
そう言ってそれを受け取ると、残っていた数個の湯飲みを配り終えた。
その後は小さめの薬缶に入れた酒を、おかわりとして注いでまわる。
とにかく、きちんと仕事をする事を心がけた。
休憩が終わって皆が出払うと、そこの後片付けをしてとりあえずはひと段落だ。
先ほどの支度部屋に戻ると、真奈美さんが待ち構えていたようにそこに立っていた。
「さん、ちょっといいかしら?」
この展開は今まで何度も経験してきたものと同じにおいがする。
内心ではその女特有の陰湿さにため息を吐きたい気分だったが、
一緒に仕事をしているほかの4人の手前もある。
態度だけでも平静さを装った。
「はい、どうぞ。」と返事をして、大人しく従った。
私が一族の出身で、旧知の仲なら助けてもくれるだろう。
だが、いくら次期当主の婚約者だと言っても、今日会ったばかり。
それよりは真奈美さんの方が、彼女たちには知人だと言える。
私の将来の立場を考えれば、真奈美さんへのあからさまな加勢はないかもしれない。
だからこそ、此処での私の態度と言葉が大切な鍵となる。
心してかからないと。
その部屋の外へ出れば、何時誰の目に入るか分からないからだろう、
そのまま隅っこへ異動した。
つまり、他の人にも話も姿も十分に見える場所だ。
さすがに乱暴な事はしないだろうと考えた。
すぐそばに腕組みをして立った彼女は、私よりも少し背が高い。
私の選んだ服装とは対照的な肌の露出のある、ギャル系な感じの洋服を着ている。
「貴女は一族の人じゃないから、選ばれた重大性が分かってない。
とても名誉あることで、そして重要なポジションなんです。
外の人には無理。
私だけじゃなく、皆だってそう思っているはずです。
だけど、次代様のお2人がさんを選んだから・・・・。」
段々とその口調に熱が入るのを感じる。
真奈美さんの言う事も分からなくはない。
私は本当に何も知らないのだから。
「で、どうしろと?」
「さんが出てこなければ、私が次代様の婚約者だったかもしれないんです。
一族では、次代様の上5歳下5歳の異性を、見合わせることが多いんです。
たまたまですが、次代様に歳が近い異性は私と後1人しかいません。
男ばっかり生まれているんです。
その1人は、20歳になってすぐに一族外の人と結婚して、この地を去りました。
残るは私だけ。
私なら当主夫人になっても立派に務める事が出来ます。
自信もあります。
さんが、婚約を破棄して次代様から離れてくだされば・・・・・。」
その聞かされた勝手な言い分に、この人の幼稚さが見えるような気がした。
「私が去れば、その代わりに真奈美さんが龍介と鷹介に愛されると言う事ですか?
真奈美さんは確かにこの深山家一族の生まれで、
私がいなければ当主夫人の候補だったかもしれません。
でも、一番大事なことを忘れていると思います。」
出来るだけ静かに淡々と話すように心がけた。
こういうタイプは変に煽ると始末が悪い。
「なに、何を忘れてるって言うの?
横から出てきて、奪っていったのは貴女の方じゃないの。
私がいるはずだった場所に、まるで当然のような顔をして。
少しくらい頭が良くて綺麗だからと言って、それだけじゃない。」
完全に頭に血が上っているような内容の発言に、
どういったら良いだろうかと思案する。
「じゃ、仕掛けてみたらどうですか?」
「えっ?」
「私が真奈美さんから龍介と鷹介を奪ったと言うのなら、
奪い返したら良いじゃないですか。
もし、真奈美さんの言うとおりに2人が貴女を選んだら、
私は大人しく身を引きます。
ただし、これには条件があります。」
「どんな?」
「彼らの意思を無理やりに・・・・と言う手は使わないと言う事です。
私の命や身体の危険を盾にしての脅しは2人を怒らせるだけですから、
逆効果だと思います。
そんなことをして2人を自由にしてもつまらないでしょう?
それよりは、正々堂々と2人の婚約者になりたいでしょうから。」
私の目を見て本気だと言うのが分かったのか、
真奈美さんは自分自身に確認するように頷いた。
「いいわ、その話受けるわ。
卑怯な手は使わないと約束する。
その証人にはあの人たちがなってくれると思うし。
でも、女ですもの私自身の身体を使う事は、良いでしょ?
次代様たちも大人の男ですもの。」
「えぇ、それは構いません。」
「じゃ、私にも依存はないわ。
ねえお姉さま方、今話したとおりの事なの。
私たちの話の証人になってくださるわよね。」
その問いかけに、少しはなれたところで全てを聞いていた4人は
神妙な顔で頷いてくれた。
「で、期限は?」
「真奈美さんの気持ちが納得するまででしょう。
いつまでと言う期限を切っても無駄な事でしょうし、焦ってもらいたくはないです。
でも、出切れば早くにそうなる事を願っています。」
それは私の本音。
「分かったわ、チャンスをもらっただけでも十分よ。
私、さんのこと誤解してたかも。」
にっこり笑ってそこを出て行く真奈美さんを、複雑な気持ちで見送った。
「いいんですか?
彼女、我侭で有名なんですよ。
中学や高校でも人の彼氏を横取りするので有名だったんですって。」
洗った湯飲みを拭いている仲間に入れてもらうと、
すぐに心配した声をかけられた。
「しっかり次代様のことつかまえていて下さいね。
私は、さんのこと応援していますから。」
「私も。
真奈美ちゃんの挑戦を受けたさんに驚いちゃったけど、
格好良いわぁ〜と思っちゃった。」
「本当にね〜。
まあ、さんと真奈美ちゃんと比べたら、私が男ならさんを選ぶと思うけど。
双子が2人して好きにならなくちゃ駄目なんでしょ?
彼女、難しいと思うわ。
特に龍介様の方が。」
「あ〜、そうね〜。
私もそう思う。
鷹介様は誰にでもニコニコして挨拶なさるけど、龍介様には声をかけられないもの。」
「そんなお2人に愛されてるなんて、さん凄いわ。」
真奈美さんのことは正直に言って気が重い事だけれど、
そのおかげでこれから長く付き合っていかなければならない
同年代の女性の共感は得られたようだ。
それは私にはとても大事なことだったから問題が1つに減った事は、
ちょっと嬉しかったりした。
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2005.09.21up
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