Problem child 1




大学も残り2年。
龍介と鷹介と私は、正式に婚約した。
私を含む3人で深山家の本家を継ぐ事も、問題なく一族に了承されたらしい。
つまり、私たちの結婚も認められたということ。
深山家本家を継ぐという事は神職も継ぐということなので、
龍介と鷹介は大学卒業後2年間を神職の資格を取るべく、
都内の大学にある神職課程を受講する事になった。
通信教育や専門学校などもあるらしいが、
どうせ取るならしっかりした資格の方が良いだろうと事らしい。
龍介と鷹介が大学を卒業しても私は後1年残っていたるから、
神職課程を取ってくれる事は、それまで結婚しないで婚約と言う事になる。
逆に2人を1年待つ事になった私は、その間に花嫁修業をする事にした。



神社には祭礼が幾つもある。
どの神社でもその中で特に一つを主格にして祝う。
春祭りなら「祈年祭」だし、夏祭りなら「厄払い」、秋祭りなら「新嘗祭」、
冬祭りなら「新年祭」といった具合だ。
深山神社は春の祈年祭を年中祭の主格に据えている。
他の祭りもきちんと執り行われているが、神主と総代くらいで済ませているらしい。
この春祭りは、一族が総出で祝うことはもちろんだけれど、
地域の祭りとしても定着している。
『慣れて行くためにも手伝いにいらっしゃい。』
そう言われて、宵祭りの前日から本祭りの翌日まで4日間ほど、
手伝いと顔見せに神社へ行く事になった。
龍介と鷹介は一応一族への顔見せは済んでいるものの、
私は名前だけ紹介されたに過ぎない状態。
事実上の一族デビューだ。



きちんとしたスーツの他に動きやすくて清潔感ある洋服を用意した。
当主夫人に言わせれば、『私のアシスタントとしてそばに居ればいい。』と、
言う事なので、知り合いがいなくても大丈夫じゃないかと思った。
龍介と鷹介は、もちろん当主について外回りになる。
だから、今回は守ってなんかもらえない。
私自身が自力で一族に溶け込まなければならない。
夫人はとても優しい人だし、さすがに当主夫人だけあると思う。
女としても人生の先輩としてもとても尊敬できる人だ。
その人がそばについていてくれるのなら、不安はない。
それに、これから先、私が当主夫人にならなければならないのなら、
避けては通れない道だ。



幼い頃から今まで、龍介と鷹介に想われていたことで、
少なからず同級生や先輩後輩の嫉妬を受けてきた。
それでも、虐めや悪戯をされた事がない。
多少の陰口なんかは、良い男を彼氏に持った勲章のようなものだと、
そう思ってやり過ごすようにしていた。
良い気分のものではないが、致し方ないと思うことにしてきた。
龍介や鷹介も気にかけてくれていたに違いない。
鷹介なんかは、裏で手を回してくれていたかもしれない。
私にも女友達は多くはないけれど、いないわけじゃない。
それに、今回は婚約者として紹介される。
嫉妬があっても酷くはないんじゃないかと思った。



本家に着くと、前回と同じ離れに通された。
それも3人一緒。
昼間は離れて仕事をしても、夜は一緒に過ごせるのなら寂しくない。
カバンからエプロンを取り出して手に持つ。
携帯とハンカチをパンツのポケットに入れた。
「無理しなくても良いけれど、頑張って。」
龍介が抱きしめて耳元で囁く。
「うん、大丈夫。
龍介も鷹介も頑張ってね。」
龍介から鷹介に交代して抱かれながら、そう話をした。
母屋から神社の社務所へと移動する。
廊下ですれ違う人が増えて、その人たちのそわそわした雰囲気が
伝わってきて、私も祭りの華やいだ空気に染まる気がする。



社務所の事務室で、当主とその夫人が私たちを待っていてくれた。
挨拶をすると、夫人に連れられて大きな台所へと来た。
そこには女性ばかり20人ほどが食事の準備をしている。
年齢は60代の初老の女性から、30代くらいに見える人まで様々。
「少しいいですか?」
そう夫人が声をかけると、皆が手を止めてこちらに注目した。
「ありがとう。
皆さんも話には聞いてらっしゃると思いますが、
こちらが次期当主の婚約者向井さんです。
彼女には、私に着いて貰い当主の妻としての仕事を
少しずつ順番に覚えてもらいますが、
一族外の方なので知らない事も多いかと思います。
私同様、助けて差し上げて下さい。
じゃあ、さん。
私が呼びに来るまで、此処のお手伝いをお願いしますね。」
「はい、わかりました。
只今、ご紹介頂きました向井です。
若輩者でお役に立たない不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。」
言葉を選んで挨拶し、丁寧に頭を下げた。



頭を上げた私に、そこにいる女性たちの拍手が沸きあがった。
「ご婚約おめでとうございます、さん。
私たち深山家一族にようこそおいで下さいました。
此処にいる者は、本家に近い家の者ですから、
これから何度もお会いする事になると思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。」
中でも年長者に見える女性が、代表してそう挨拶してくれた。
「ありがとうございます。」
受け入れてもらえた事に安堵して、頬が緩んだ。
その女性が一歩前に出て私の手を取ると、人垣の中に引き入れてくれた。
その手に甘えて着いていく。
「もうすぐお茶を出すので、その準備をしてもらいますね。
表の方に出るのは、まだ顔を覚えてもらっていない新婚さんや若い方と
決まっているんですよ。
男衆の前に出ることで、何処の嫁だとか未婚の娘だとか覚えてもらうんです。
さんの場合は、次の当主夫人ですからね。
大変でしょうけれど、がんばって下さいね。」
きちんと説明してもらえば、納得のできることだ。
「はい、わかりました。」と、返事をした。



広間の横にある小さいキッチンの付いた座敷に行くと、
なるほど向こうのキッチンとは違って若い女性ばかり5人ほどが働いていた。
此処はあちらとは違い、若い分だけ華やいだ雰囲気がある。
そして、つれて着てくれた女性が先ほどの夫人と同様の紹介をしてくれた。
そして、同様の歓迎を受けた。
先ほどの人たちが、姉や母のような存在なら、今目の前にいるこの人たちは
友達のように付き合っていかなくてはならない人たちだろう。
だったら尚の事、親しくなりたいと思った。
お茶の準備と言うのは、茶菓子を幾つかの菓子盆に入れて作り、
お茶と言っても祭りの事なので度数の低いお酒を出す事らしい。
だから茶菓子もどちらかと言えば、つまみになりそうなものばかりだ。



広間に並べられたテーブルの上に菓子盆を均等に配置する。
休憩に入ったら湯のみ茶碗に入れた酒を配膳し、
おかわりを注いでまわるのが仕事だ。
さんは、婚約者とは言え次代様の妻になる人ですから、
上座の方を担当して下さい。
多分次代様もそちらの席に座られるでしょうから、安心ですしね。」
此処の責任者にと言われているのか、皆がその人の言葉に従っているので、
私も返事をして従う事にする。
「あの『次代様』ってどういう意味ですか?」
彼女の言葉の中に聞き覚えのない言葉を見つけて質問する。
「あぁ、『次代様』って言うのは、次のご当主様のことですよ。
本家じゃそんな言葉使わないから、聞いた事なかったんですね。
私たち本家以外の者は、次に本家を継ぐ人のことをそう呼ぶんです。
ですから、さんも『次代夫人』とかって言う人もいますから。」
本家以外で使われる隠語なのだと理解した。
私が一族外からの出身と分かっても、それほど壁は感じられない。
何とかなりそうだと安堵した。



休憩に入って、外の方から男の人がどやどやと広間に入ってきた。
どうやら席順は決まっているらしい。
床の間のある上座に見知った顔が据わる。
先ほど言われたように、湯のみに入った酒を盆に入れて
配膳のために広間に入った。
先ずは当主とその双子の方に湯飲みを配る。
お礼や慰労の言葉をかけてくださって、それに微笑んで応える。
次に龍介と鷹介に湯飲みを渡す。
鷹介のそばに来た私は、後ろを誰かが通った事に気付かなかった。
ゆったりとスペースがあるのだから、後ろに人が通ってもいいだけの余裕がある。
それにこちらは上座で、配膳のものは私だけ。
誰も通る必要がない。
なのに、後ろを通過した人が私の身体に触れた。


※Problem child=問題児





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2005.09.14up