Accept 3
座敷に戻ると、食事前と同様に整然と片付けられていた。
通された時と同じ場所に座って、落ち着いて部屋の中を見た。
両親がいた時は、そわそわすれば怒られそうだと思ったし、
その後は話に夢中で部屋のしつらえなどは目に入らなかった。
もちろん、座敷と言うからには和室には違いないが、
床の間には生け花が飾られている。
きっと、当主夫人の手によるものだろう。
書院には、白磁に藍で唐草が描かれた高価そうな壷が置かれている。
さすがに趣味はいい。
席を外していた当主夫妻と双子の弟さんが、戻って来て座った。
「どうです、考えはまとまりましたか?」
穏やかに問いかけられた。
俺と龍介が居住まいを正した。
「僕と鷹介が、深山一族の当主継承者として正当だということは分かりました。
そして、拒否すると言うことが僕らだけの問題ではなく、
一族全ての人にかかわることになると言うことも。
幸いなことに、僕と龍介が職業としようとしている仕事は、
首都圏を離れたこの地でも仕事として成り立ちます。
ですが、僕たち2人がそれでいいと言っても、
それだけでお受けするわけには行きません。」
龍介が俺たちの言葉として、当主を見ながら説明する。
「あぁ、君たちの愛しい女性のことだね。」
「はい、そうです。
僕と鷹介には、ご当主たちがそうであるように、僕たちも1人の女性を愛しています。
彼女が共にここに住んでくれると言ってくれない限りは、
このお話に首を縦に振ることは出来ません。
彼女は僕たちより学年が一つ下ですし、
関係が関係だけにまだ将来の話をしたことはありません。
先ずは、彼女の気持ちとこれからのことを話す時間を下さい。」
当主が龍介から俺へと視線を向けた。
同じ気持ちだと示す為に、視線を合わせたまま頷いて見せた。
「まあ、賢明な意見だね。
次期当主の君たちが、そんな考え方が出来る若者で、
私たちはとても心強いよ。
だがね、年に1度しか無い親族の集まりだ。
次回まで次期当主の話をしないという事は出来ない。
だから、君たちには申し訳ないけれど、
君たちの愛しい女性・・・えっと名前はさんと仰ったかな、
彼女にはこちらから接触を持たせてもらったよ。
あ〜怒らないでくれ給え。
妻に話をさせたんだ。
此処は同じ境遇の女性の方がいいと思ったからね。
さんには、此処に来ていただいているんだ。
明日までに時間があるから、話しをするといいよ。
私はあまり好きじゃないが、深山家一族に生まれた双子として、
この話を断るわけには行かないんだ。
理解して欲しい。」
当主はそう言って、俺たちに頭を下げた。
「それは分かっているつもりです。」
多少冷ややかな声音だと感じたが、龍介がそう返事をする。
勝手にに接近されたのが面白くないのだろう。
まあ俺も同じだけれど。
「だが、条件としては悪くないと思う。
世の中じゃ私たちのような男女の結びつきは認められない。
私たちがこれで幸せなのだと言っても、間違っていると言われてしまう。
特に辛いのは女性が悪女のように言われることだ。
罪があるとすれば、それは私たち双子の方だろうからね。
それが、深山家一族の当主の座に座るだけで、
当たり前として迎えられるし、悪くも言われない。
むしろ、擁護し歓迎されると言うのは、何か犠牲を払ってでも
手に入れたいと思うはずだ。」
それまでは黙って座っていた、当主ではない双子の男性が意見を述べた。
「ん、それも考慮に入れてくれると嬉しい。」と、
当主は頷きながら俺たちを見た。
「女性の立場としてはどうでしょう。
お話を聞かせて下さい。」
龍介が当主夫人へと、話を振った。
そうだよな・・・・と同じ立場に居る女性の話は是非聞いてみたい。
「お願いします。」と、俺も頼んでみた。
夫人は2人の男性を同意を得るかのように見てから、
俺たちの方を見て頷いた。
「龍介さんと鷹介さんが、さんのことを大切に思っているのは分かります。
だったら、このお話はとてもいい話だと思います。
私もね、さんと同じでこの2人のどちらも選べなかったの。
だから、私1人でこの2人に応えられる自信はなかったけれど、
それでも私の精一杯で愛そうと思って、2人の愛を受け入れたのよ。
私は幸いなことにこの一族の生まれだったから、
双子に愛されることもその妻になることも、
家族や回りに受け入れてもらえたわ。
でも さんは違うのでしょう?
だったら、彼女には背徳感もあると思うから、龍介さんと鷹介さんはことさらに
愛して大事にしてあげる必要があると思うわ。
3人の間で話し合って、当主になる方の人と入籍をするけれど、
愛情も将来も3人で平等に責任があるの。
世の中に、どの位私たちと同じような愛の形を取っている人たちが居るか
分からないけれど、多くないと言うことは確かよね。
それは、道徳的なものから外れる行為だからだと思うのよ。
おかしいわよね、世界には一夫多妻や一妻多夫の結婚を許している国だって
あると言うのに・・・・ね。」
夫人はそう言って笑った。
「でも 深山家の双子だけは、それを堂々と許されるのよ。
外から見れば、当主夫妻とその双子の片方が共に住んでいるという形を取るけれど、
中身は3人で夫婦なの。
それこそ、誰に非難されることも無いから。
だから、きっとさんも落ち着いて暮らせると思いますよ。
どんなに龍介さんや鷹介さんが守ってあげても、なかなか守りきれないでしょう?
確かに倍の愛情を受けて幸せではあるけれど、
その分辛いことも倍あるものよ。
もちろん、お2人には当主を継ぐことは定めのようなものだけれど、
愛されたさんにもそう思ってもらえるといいと思っています。
もし、さんが当主夫人になることを承諾してくれたなら、
先輩として及ばずながら力になりたいと思っているの。
私もそうしてもらったから・・・・・。」
最後にきちんと俺たちを見ると、夫人はしっかり頷いてくれた。
俺も龍介も同様に頷き返した。
「じゃ、さんを此処へ。
私たちは、失礼するよ。
あぁ、夕食は此処ではなく、起居の方で一緒にとろう。
いずれは家族になるのだから、もっと気楽に親しくなりたいしね。」
当主がそう言って立ち上がると、他の2人もそれにならった。
「そのまま待っていて。」
廊下からそう声をかけられて、3人の姿が消えた。
「どうやら選択権は無いようだ。」
龍介が冷め切っているお茶を口に運んで、ポツリとつぶやいた。
「みたいだな。
でも 確かにいい話だと思う。
何よりもと3人でずっと居られるんだ。
龍だって考えたことあるだろ?
今はこのままでいいけれど、いずれはどうにかしなければならないと。
俺と龍は男だからいいさ。
でもは女だ。
俺たちよりも結婚適齢期だって早く来る。
それに、おじさんたちがいくら理解があるって言っても、
先の見えない付き合いを何時まで寛容に見てくれるかも分からない。
口にはしないけれど、だって不安に思っているに違いないよな。」
空の一点を見つめるようにして、俺の話を聞いていた龍介が瞑目して頷いた。
「確かに鷹の言うとおりだな。
俺たちのどちらかが、法律的なとの関係を我慢すればいいだけだ。
だったら僕があきらめてもいいと考えている。
鷹の方が、夫としても父親としてもマメな性格をしていると思う。
俺はそういうことが苦手だから・・・・。」
龍介の言葉に俺は少なからず驚いた。
俺よりも龍介の方がその資質があると思っていたからだ。
でも 戸籍上でのの配偶者になると言うことを、
俺は自分から辞退するような言葉が言えなかった。
たかが紙の上のこと。
そう言ってしまえばそうなのだろうが、やっぱり法が認めた夫と言うものに、
魅力も感じていたからだ。
俺は・・・・どうしてその一言が言えないんだろう。
そう思った。
を思う気持ちは決して龍介のそれに引けを取らないと自負している。
だけど、俺は男として龍介に劣っていると思った。
自分を含む全体を客観的に見て、冷静な判断を下す。
そういうことがなかなか出来ない。
以前にそのことを龍介に言った事があるが、
『それはお互い様だ。』と、龍介は困ったように笑った。
『お互いが無いものねだりで、そういうことを言うんだよ。
僕には無いものを鷹は持っていると思うよ。
ただ 僕はそれを口にすることすら出来ない卑怯者なんだ。』
それを聞いた時は、そんなものかと思ったけれど、
龍介は自分と言うものを良く知っている。
今は、悔しいと・・・自分が情けない男だと思った。
俺たち3人は、法律上の夫であろうと愛人であろうと、
そんなことは関係ない愛を育んで行けると思っている。
別にどうしても配偶者としての地位が欲しいわけじゃない。
それでも 要るか要らないかと問われたら、『欲しい』と答えるだろう。
それは、1人しか許されないものだからだ。
の法律上の夫は、1人だけだからだ。
夫イコール当主とならなければならないのなら、俺よりも龍介の方が相応しい。
負け惜しみではなく、本当に心の底からそう思う。
深山家一族のかなめとして、冷静な判断力と推察力。
俺よりも遥かに適任だ。
どうしてこういう考え方を最初から出来ないのだろう?
龍介には虚勢を張って、俺たちは同等なのだと言ったが、
俺って、やっぱり生まれつきの次男なのかもしれないな。
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2005.05.11up
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