Accept 2




広い座敷に通されて、手入れが行き届いた庭を見た。
丹精込められているのだということは、敷かれた石畳の隙間に
雑草の無いことからも分かる。
石と石の間を埋めるように苔が綺麗に生えていて、
緑の海に石が浮かんでいるようにさえ見える。
視界には入ってこないけれど水音がするし、時折鹿おどしの音が響いているから、
庭の何処かには池やつくばいなんかがあるに違いない。
詳しいことは知らないけれど、趣味が良い事だけは感じることが出来る。



両親と龍介と4人で待つこと数分。
廊下をこちらに歩いてくる数人の足音が聞こえてきた。
座敷前でその3人が立ち止まると、前に座る両親が揃って頭を下げた。
俺も龍介も最初に入って来た人には見覚えがあった。
この家の主であり、一族では『ご当主』と呼ばれる人だ。
龍介も俺も両親に習って頭を下げる。
当然のようにその人は俺たちの正面に座ると、
「ようこそ、いらっしゃいました。
さあ、頭を上げて楽になさって下さい。」と、歓迎する言葉をかけてくれた。
両親の頭を上げる気配を感じて、それと同じくする。
ご当主の脇には、その双子と思しき男性と2人に愛されていると言う女性が
同じように優しげな表情を浮かべて座っていた。



すぐに1人の女性が座敷に入り、当主夫人の脇にお盆に乗せた湯飲みを置いて
すぐに下がって行った。
当主夫人の顔をなんだか恥ずかしくて直接見ることは出来なかったが、
紫檀で出来ている座卓の鏡面のような表に映る彼女は綺麗な人だと思った。
両親と俺たちの前に茶を振る舞い、当主と脇の男性にも配りを終わると、
綺麗な所作で元の場所へと座った。
「さ、どうぞ。喉を潤して下さい。」と、当主自らがそれを口に運んだ。
両親以下俺たちもそれに習って、湯のみのふたを外して口に運ぶ。
一口飲むと湯飲みをことりと卓に置いた当主が、俺と龍介を見た。
「さて、君たちは何処まで聞いているのかな?」
微笑を浮かべてそう尋ねられた。
何処までって、突然のことでまだ考えがまとまってない俺には、応えられない。
この話も今朝車の中で聞いたばっかりだし。
龍も同じなのか、眉間にしわを寄せたまま黙っている。



「ご当主、実は息子たちには今朝車の中で話したばかりなのです。」
申し訳なさそうに父親が当主に向かって事情を話す。
「そうでしたか、それじゃ何も言えないのも無理からぬことでしょう。
では、龍介君と鷹介君には、もう一度私から話をした方がいいでしょうか?」
「お願いします。」と、父親と母親が頭を下げた。
当主が夫人に目配せをすると、夫人はそれを受けて頷いた。
「お父様とお母様には、いつもの旅館に部屋をご用意させて頂きました。
こちらに滞在中は、どうぞそこをお使い下さい。
龍介君と鷹介君は、この家にお預かりいたします。」
当主がそう言って頭を下げる。
「さ、お送りいたします。」と、夫人に促されて父親と母親は立ち上がった。
2人が俺たちを見て「ご当主にご迷惑をかけないようにな。」と、
注意をしてそのまま立ち去っていった。



親さえも同席を許されないことなのだろうか?
まあ、何か話を聞くのに親の立会いが必要なほど子供でもないつもりだ。
だけど、事は一族のことになる。
俺たちだけでは情報が足りない。
「さあ、足を崩して。
少し長い話になるからね。
私たちのことばかりではなく、君たちの話もしてもらわなければならないから。」
そう言って、当主は先に足を崩して見せた。
「じゃ、お言葉に甘えて失礼します。」
龍介がそう言って当主に習ったので、俺もそれに続いた。
両親を見送りに行っていた夫人が部屋に帰ってきた。
「お2人の荷物はこちらでお預かりしましたからね。」
俺たちににっこりと笑顔を向ける。
ちゃんと見たその顔は、若い頃はさぞや可愛かっただろうと思わせるだけの器量を
今も残していて、歳を重ねた分落ち着きが見られた。
とは少し違うタイプの女性だ。



「じゃあ、最初から話をさせてもらおうか。」
当主がそう言って、話の口火を切った。
「深山家一族の当主とされるこの家の主が、世襲制ではなく一族に生まれた
双子に託されることは聞いたかな?」
「はい。」と、龍介が返事をした。
「そうか、そういう理由で君たちが次の当主になると言うことになる。
もちろん便宜上は、私の子供として養子縁組をすることになるよ。
私たちにも子供は居るが、このことは知っているし納得もしている。
社会人になった時点でこの家からは離れているから、
君たちが気遣う必要はない。
他の者では、この地に住む深山家の先祖が納得をしないのだろうねぇ。
双子以外の当主が立つと、凶事ばかりが続くから。
で、2人が20歳になったことでもあるし、とりあえずは次代の当主として
みんなに認めておいてもらおうと、思ったわけだ。
明日の親族会で、私が正式に指名するからね。
そのつもりでいて欲しい。」
そこまで話して、当主は湯飲みを手に取った。



「質問してもいいですか?」
龍介が、話が切れた隙を突くように発言した。
「あぁ、構わないよ。」
待っていたよと言う感じで、当主がそれを受けた。
「父からは当主継承の話と一緒に、その・・・結婚形態についても
少し話を聞いたのですが・・・・。」
珍しく龍介の言葉に切れが無い。
事がプライベートな部分だけに、話し辛いことも分かる。
それを察してか、当主が笑って頷いた。
「ん、気兼ねしなくてもいいよ。
公然の秘密と言う奴だからね。
まあ、若い君たちには恥ずかしいことだろうと言うのは分かるけどね。
私と弟そして籍は私のものに入っているそこに座る妻は、
龍介君と鷹介君とさんと言ったかな・・・その彼女と君たちの関係と同じだよ。
世間様から見たら褒められた関係ではないことは確かだ。
だがね、深山家の双子にとっては、常にその対象となる女性は1人らしい。
私たちばかりではなく、今までの双子がことごとくそうだと聞いている。
そこで、一族の先祖たちは一度は否定的な考えになったようだ。
つまり一族の恥として、双子への当主継承を止めたんだよ。
ちょうど戦争を背景にした軍国主義の頃だからね。
それも無理からぬことだと思う。
でも 凶事が続いてね。
元のように双子への当主継承を復活させたと言うわけだ。
その後は落ち着いているから、ご先祖様も納得して下さっているらしい。」
湯飲みに手を伸ばして、その中がもう空になっているのに気付いた当主は、
「じゃあ、お昼を食べながら続きを話そうか。」と、
俺たちを見て頷いた。



和洋折衷のお昼は、何処かの料亭の食事のような誂えだ。
「今日は若者風だね。」
当主の笑顔を受けて、夫人は「お客様がお若いですから。」と笑顔を返す。
言われておかずを見れば、唐揚げや小皿のグラタンなどがあり、
若者風と言われればそうかもしれないと思った。
和やかに食事は進んだ。
「あの、先ほどの話に、奥様は当主の籍に入っておられると言われましたが、
それでなんとも思いませんか?
俺も同じように受け止めていけるのでしょうか?」
先ほどから、言葉を口にしない双子の独身の方に向かって、俺は話しかけてみた。
だって、もしも俺たちがこの家の跡を継ぐのならば、
当主の座に落ち着くのは、龍介だろう。
俺が龍介に負けているとは思わないが、それでも適材適所をと考えれば
龍介の方が当主に向いている性格だと言える。
に勉強を教える時も付き合い方も龍介の方が先を見越していて、
俺たち3人のリーダー的存在だからだ。



「あぁ、気にならない。
君もそうだろう?
自分は余り者だとか、邪魔しているとかは思わないだろう?
私もそうだ。
そんな関係しか築けないような相手と付き合っているわけではないだろうし、
そういう女性は選んでいないよ。
まあ、日本の法律的な問題で、入籍は兄の方にしているだけだ。
生まれてくる子供にも、書類上の父親は必要だからね。
実際は、自分の子供だと思って接しているよ。」
淡々と、でも自信を持って俺の質問に答えてくれた。
あぁ、なんだ、俺と同じじゃないか・・・と、思った。
龍介との気持ちを信じて、この関係を続けている俺と。
龍介が俺を出し抜いてを独占するとは思っていないし、
が龍介を選んで俺から去るとも思っていない。
それと同じだ。



俺たち3人が将来今と同じ形で居られる可能性を探すなら、
いま目の前に差し示された道は、とても魅力的な選択肢の一つだ。
龍介と俺との3人が、自然な形で一緒に暮らせる。
きっと、いつかは何処かであきらめなければならないかもしれないと、
そう考えていたものを、あきらめなくてもいい。
その為になら、多少の苦労とか不便とか面倒事とかを
引き受けてもいいかなと、思ってしまう。
きっと、目の前のこの人たちもそう考えて、
そして今の状態に居るんだろうと思った。



出されたお昼を食べ終わって後片付けがされる間、
俺と龍介は庭を見せてもらうと言って、2人で庭を歩いた。
もちろん、今さっき説明してもらったことを、2人で話し合うためだ。
だけど、俺たち2人じゃ決められない。
だって、これを決断するにはの気持ちと意見が必要だからだ。
が頷いてくれて初めて、この話を進んで受ける気になると言うものだ。
そうでなければ、何の意味も価値も無い。
それを尋ねたら、龍介も同じ気持ちだと言ってくれた。
「じゃあ、そのことを説明して時間をもらおう。」
「そうだな。」
2人の合意の下にそう決断して、先ほどの座敷に戻った。






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2005.05.04up