Accept 1
俺と龍介の両親は、共働きだ。
だから幼い頃は、いつも向井家に入り浸っていた。
子供だけでお留守番は危ないと言うのは、大人サイドの見方。
俺たちは、大義名分を持っての傍に居られることに、文句のあるはずがない。
いつも3人で仲良く遊んでいた。
俺らの家は新所帯と言うやつで、両親と俺と龍介の4人家族。
だから、両親それぞれに実家がある。
母親の実家は、車で1時間程度のところにある。
父親の実家は、それこそここが東京都なのかと言うほどの山の中。
ひなびた感じを売りにしている温泉地だ。
最近じゃ都心で家を買えない人が、いくらか住んで人口も増えたらしいが、
それでも凄い田舎だ。
その中でも飛び地のような人里離れた場所に、父の実家はある。
父はとある旧家を本家に持つ家の出だ。
本家に当る家には、当主と呼ばれる双子の兄弟がいる。
決まっているわけではないが、父の家系には一代に一組双子が出るらしい。
双子が出来やすい遺伝なのだと思う。
だから、父は実家のあるところから出て職に就いたし、
住む所の選択も自由だったらしい。
一族はその本家を中心としたまとまりがある。
本家は深山神社の神主を生業とし、一族の長をも務めている。
面白いことだが、深山の実家は家督を継ぐのに世襲制ではない。
それはなぜなのか、俺たちは知らなかった。
むしろ知らされていなかったのだと、後で知ることになるのだが。
俺と龍介が20歳、大学3年生の夏休み。
珍しく父親が「この夏の親族の集まりには、お前たちも必ず出席しろ。」と
いつになく真剣な表情で、言ってきた。
実家に関することで普段は温厚で何も言うことの無い父親が何か発言する時、
それはある種命令に近い響きを持つ。
俺と龍介がどう思おうと、従わなければならないと思わせる何か。
子供の頃からそうだったが、それは今になっても変わらない。
その親族の集まりとは、18歳以上の”大人”にだけ出席が可能なもので、
本家の当主を中心に、親族内で起こった慶事仏事の報告と、
次の1年に予定されているそれらのことを申告するものだ。
親が出席すれば、その子供は18歳以上でも出席しなくてもいい。
だから、最初の年に仲間入りの紹介をされた時だけ出席して、
その後は親が出席できなくなった時に、出席するようになるのが普通だった。
それも遠地に住む者はと、但し書きになっている。
だから、同じ市内に住む親族で18歳以上の男女は、
予定が空いていれば出席必須と言うことだった。
まあ、それでも18歳と言えば大学受験とか、
部活やサークルやゼミの活動もあるお年頃。
独身者の出席率はあまりよくないらしい。
俺と龍介もそんなんだから、大学1年の夏に出席しただけで
去年は出ていない。
何も言われなかったからそれでいいと思っていたが、
どうやら今年は違うらしい。
龍介も不思議そうな顔をしていたが、まあ1泊のことなので
取り立てて嫌だと言うこともなく、父親の言葉に頷いておいた。
出発当日の早朝、に見送られて父親の車で本家のある市へ向かう。
車中、父親がいきなり言われたのでは困るだろうと、
ハンドルを握りながら話し始めた。
「深山家本家が、家督を譲るのに世襲制ではないことは知っているだろう。
そして現当主が双子だと言うことはもちろん知っているな。
深山家は、面白いことに一世代に親族の何処かの家で必ず双子が生まれる。
私たちの世代は、今の当主になる。
で、次の世代だと龍介と鷹介、お前たち2人だ。」
父親の言葉は、今まで俺と龍介が子供の頃から知っている事実への確認のようだった。
「どうしてか知らないが、双子は必ず一世代に一組だ。
そして、その双子が本家の家督を継ぐことになっている。
つまり、次の本家の当主はお前たちだと言うことになる。」
父親の静かな声には、冗談とかの雰囲気は微塵も感じられなくて、
それはもう事実として伝えているといった感じだった。
なんの迷いや疑いなんか感じていないという声だった。
「初めて聞いた。」と、隣の龍介が声を上げた。
「だろうな、双子の話は私も初めて言うから。」
父親は、助手席の母親を見た。
その視線を受けて、母親は後ろを振り返った。
「ご当主の双子の片方が、独身なのは知っている?」
母親の質問に、俺たちは頷いた。
「そう。じゃ話は早いわね。
あのね、ご当主夫妻はあなた達と同じなの。
つまり、龍介と鷹介とちゃんと同じ関係と言うことよ。
私は、結婚して深山家に入ったから古いことは知らないけれど、
ずっとそうなんですって。
否定する動きもあったらしいけれど、双子以外の当主が立つと
家や親族に不幸が続いて荒れるらしいわ。
火事にあったり、子供が授からなかったり、事故で亡くなったり・・・・とね。
それが何度かあって、誰も何も言わなくなったみたい。
そして、一族で生まれた双子が、当主を継ぐことになっているのよ。」
俺も龍介も何も言えなかった。
まあ、自分でも無理もないことだと思った。
「それでだ、今回お前たちを集まりに連れて行くのは、
正式な次代当主としての披露目のためなんだ。
20歳になったからな。
集まりは明日だが、今日はご当主に会って話をすることになっている。
今までは、旅館に泊まったが、今回からは本家に泊まることになっている。
2人ともそのつもりで。」
父親は高速道路を降りるために、インターチェンジのゲートへ向けて
車を走らせながらそう話した。
旅館ではなく、本家に泊まることの重大性を俺は考えていた。
旅館は、本当に古くて格式がある有名旅館だ。
深山家の親族が経営している。
そして、夏の親族の集まりに来た者が泊まるのは、
その旅館と決まっている。
だから、どんなに近親者でも本家には泊まることは無い。
どんなに本家の屋敷が大きくて、部屋が空いていてもだ。
現当主が認めた本家の客人か、親族内でも特別待遇な者だけに
本家への宿泊が認められている。
「父さんたちは?」
「私たちは、いつもの旅館だ。
本家に泊まるのは、お前と龍介だけだ。」と、当然のことのように父親が口にする。
そういう反応を見ても、今しがた聞かされた話が本当だと俺は思った。
隣の龍介の顔を見れば、眉間にしわを寄せた渋い顔。
がよくその眉間に指を当てて、『そんな顔しないで。』なんて
甘く囁いているのが思い出される。
今はがいないから、龍介のその顔を笑顔にする者は誰もいない。
を思い出したことで、ふと気付いたことがある。
母親の話の中に、ご当主夫妻とその双子の片割れの関係が、
俺と龍介とと同じだと言ったことに。
つまりそれって、親族全体で三角関係を公認しているってことになる。
父親も母親もそれを知っていて、それを理解をしていて、
その上で俺たちのことを許したと言うことになる。
なんと言ってそれを尋ねようかと、俺は途方に暮れた。
何時でもそうだけれど、一番聞きたいことと言うのを尋ねるのが一番厄介だ。
今もそのご多分に漏れず、言葉を捜す。
切り出しにくい。
龍介もきっと同じ事を、尋ねて聞きたいに決まっている。
それでも黙っているということは、俺と同じように言葉が見つからないか、
今までの知識や情報と合わせて、思考中だからだろう。
「龍介、鷹介。
お前たちだけを本家に泊めると連絡があったのは、
きっとご当主がお前たちだけに話があってのことだと思う。
私たちでは、これ以上のことを話してやれるほど知識が無い。
当主には、それなりの口伝やしきたりもあるだろうし、
お前たちの恋愛や結婚についても話があるだろうと思う。
とにかく、そういうことだ。
ただ、私たちは龍介と鷹介が同じ女性を愛するようになるだろうということだけは、
予想していて覚悟していたと言っておこう。
ちゃんと言う素晴らしい女性を、お前たちが選んでくれて、
私も母さんも嬉しいと思っている。
だから、ご当主もきっと認めてくださるだろう。」
父親が説明してくれる間に、郊外の一族が住む土地へと車は入っていた。
風情のある温泉地として名高いからこそ、ここで深山家一族のほとんどが
暮らして生計を立てている。
他の温泉地のように、人や都会の流行にすれていない感じを受ける。
いつまでも静かで心地よい場所だ。
建物も出来るだけ低く作り、色味も統一し、町の外観を保っているからだろう。
浴衣で下駄を鳴らしそぞろ歩きたくなる。
そんな町づくりをしている。
大きい旅館や土産物屋が立ち並ぶ通りから外れて町の奥に入ると、
目指す深山家本家の屋敷がある。
屋敷と言う言葉がぴったりの大きさと広さがある。
いくら田舎とは言っても、この大きさは凄いと思わざるを得ない。
正門横の駐車スペースに車を停めると、
俺たち家族4人は車から降りた。
※Accept
あえて相手の作戦に乗ったり、引き分けを承諾したりする事。
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2005.04.27up
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