Sicilian defense 1





大学を選ぶ時、僕と鷹介は当たり前のように今のところを選んだ。
もちろん行けるのなら、此処の方が一番良いと思ったからだ。
なんと言ってもこの国の大学では、最高のところ。
ステイタスもある。
1年遅れで入学するもきっと同じところに来るだろう。
そんなことを漠然と考えていた。
でも、が選んだのは別の大学だった。
よく考えれば分かること。
やっぱりやりたい事が決まっているのなら、専門学科の大学の方が
その中での分野別も細分化されているし、教授陣だって
高名な人たちが名を連ねている。
その話になった時、僕も鷹介も仕方がないと納得できた。



ただ、どうしてもに頼んだことがあった。
僕と鷹介とは違う大学に行ってもいいし、そのために少しくらい
僕らが我慢しなければならないとしても、それは構わない。
だって逆の立場だとしたら、同じことを考えると思うから。
でも 出来れば女子大に行って欲しいと。
それを口にするのは、なんだか気が咎めたけれど、
僕たちと離れている時間が多くなれば多くなるほど、心配なんだ。



今までだって、学校が中学と高校、大学と高校と別々になったこともある。
けれどそれは、ある意味子供時代の話で、安心も出来た。
は可愛いし綺麗だけど、まだ蕾という感じで硬かったし。
幼馴染と言うだけでは、何も拘束なんか出来ない。
でも 僕と鷹介とちゃんと恋人同士になって、春には男と女の関係にもなったは、
それはまるで花が咲くがごとく綺麗になった。
男なら誰でも振り返るようなオーラを放つ。
それは何人かの女の子と一緒にいても、だけぼうっと薄く光っているような
そんな風に見える感じだ。
彼氏として心配するなと言うほうが無理だ。



だったら、先ず身近に男のいない環境にしてしまうこと。
そんなことを言うなんて、なんて心の狭い奴だとは思うかもしれない。
でも心配なんだ。
がどんなに気をつけていたって、隙がないようにしていたって、
男と女には力の差がある。
男の狩猟本能に火がついてしまえば、奪われてしまう事だってありえる。
これは普段お気楽で楽天家の鷹介でも気にしていたことだから。
僕と鷹介の言葉を笑って聞いていただけれど、
僕たちのあまりの剣幕に押されるようにして、
今の大学に行くことを決めてくれた。
それで心配がないということはないけれど、
少なくても構内で何かあることは少ない。



そうやって、僕と鷹介がの生活に干渉することは、本当はいけないことだと思う。
が、であるためには、彼女の行きたい方向に
自由に芽を伸ばし枝を張る必要があると思う。
特に、の専攻しているものは、個人のセンスや発想が大事なものだと思うから。
それを邪魔するようなことをしたら、僕と鷹介はに謝っても謝りつくせない。
だけど、そんな心配を他所に、はとてもらしい日々を送っている。
「そんな心配今更よ。」と、は僕に笑った。
「だって、龍介と鷹介のいる生活は、生まれた時からだもの。
私のことを思って、色々言ってくれるのは今始まったことではないでしょ?
だから、ちゃんと自分で選んでいるから大丈夫。
ある意味慣れているからね。」
こともなげにこちらの心配を飛び越える、それも軽やかに。
そんなだからこそ、僕も鷹介も彼女を愛するんだろうと思う。



まあ、僕と鷹介さえも虜にするだから当然のごとくとてももてる。
それが、僕たちの年齢と同じくらいか、プラスマイナス5歳くらいなら
納得がいくというものだが・・・・。
しかしその伏兵が現れたのは、意外なところからだった。
その日、は僕と鷹介と一緒に出かける予定にしていた。
珍しくもないお決まりの3人でのデート。
門扉を開けて数段の階段を登って、向井家のチャイムを鳴らした。
「はぁ〜い。」
空耳じゃないよな・・・と思うほど、可愛い子供の声が聞こえてきて
カチャッと開いたドアの隙間から顔を覗かせたのは、小さい男の子。



向井の家には、子供はだけだ。
だから、兄弟と言うことはない。
どこの子かは分からないが、可愛い声で「おねぇちゃん、男の人来たよ〜。」と、
僕たちを見てから後に振り返って声を張り上げる。
「は〜い、今行きます。」
奥から聞こえた返事は、の声だった。
「龍介、鷹介、おはよう。」いつものように、晴れやかな笑顔で笑いかける
出かける用意は出来ているようなので、僕がに向かって手を差し出した。
靴を履いて僕の手を取ったは「行ってきます。」と、挨拶をして
玄関から出ようとした。



「おねぇちゃん、行っちゃいやだ。」
の足にしっかりとつかまって、先ほどの子供がを制した。
「でも おねぇちゃんこのお兄さんたちとお出かけの約束があるの。
だから、大樹君はおばちゃんとお留守番しててね。」
子供の目線で話すために、は少しかがんで大樹に説得を試みた。
「駄目だよ、おばちゃんやおじちゃんとじゃ僕上手く遊べないもん。
おねぇちゃんと一緒がいい。
だってね、おねぇちゃん僕の知ってる誰よりも可愛いくて綺麗だよ。
だから僕、今日はおねぇちゃんといるって決めたんだもん。
ママがお迎えに来るまで、僕と居て。」
潤み始めた瞳で見上げられて、は「ん〜。」と唸りながら僕たちを見た。



よくTV番組で『子供と動物には叶わない』などと言うのを聞くが、
まさしくその典型的例が目の前で起きている。
既に陥落しかかっているに、その子は置いていこう等と言ったら、
彼女は僕を薄情者と思うかもしれない。
そしてそれは外れないだろう。
長い付き合いからそれが想像できてしまうから、厄介だ。
鷹介を見ると、まさしく同じことを考えたのだろう。
目を閉じて何度か頷いている。
もうあきらめたらしい。
、僕たちはかまわないよ。」
もう『子供と動物は〜』の動物のところを『子供とには〜』に変更してもいい。
僕と鷹介はとことんに弱いのだから。
彼女の喜ぶ顔が見られるのなら、その子供が一緒でさえも良いと思ってしまう。
相当やられているのだ。



大学でも僕の所属する文三は他に比べて女学生の比率が一番高い。
その中で僕は既に文壇デビューしていることもあって、結構有名だ。
そしてありがたくもないが、女性が寄ってくる。
金を持っているとでも思われているのだろうか。
まったくその辺を隠そうともしないところが、凄いなと思わずにはいられない。
自分の持っている女と言う武器を目一杯に使って、
優位に関係を運ぼうという魂胆が見え見えなんだ。
これでも腐っても作家の肩書きをもらっているんだ。
そのくらいの事見切れない僕じゃない。
そういうのは、幼稚さがあったとはいえ高校の時に十分見たし。



最初はそうでもなかったけれど、やっぱり高校の時と同じように
冷たく突き放すのが一番効果があると分かっているので、
結局同じようにしている。
最近では、あまりに毛嫌いするので、深山龍介はゲイじゃないかとまで
陰では噂されているらしい。
それを聞いて鷹介が非常に面白がった。
それでもの耳には入れなかったらしいが・・・。
僕はそんな噂はなんとも思わないが、周りにいる友人にも
疑いがかかるかもしれない。
それは非常に申し訳ないと思った。
僕を友達に持ったことで、ゲイとされてしまうのは遺憾だろう。



そんな訳で、今日は本郷の方で行われる5月祭に行こうと思っていたのだ。
駒場ほどの効果は薄いが、を僕たちの大学に連れて行けば、
見知った顔の一つや二つには出会うだろう。
を見て妹だとかに間違える奴はいないだろうから、
女連れで歩いていたことが広まれば、噂も消えるだろうし
少しは寄ってくる蛾も減るかもしれないと思った。
僕と鷹介がを連れて歩けば、かなり目立つはずだ。
そこに期待していたのだが、ちょっと雲行きが怪しくなってきた。
まさかこんなおまけまで付いて来る事になるとは思わなかった。



僕たちの返事を聞いて、は「ありがとう。」と微笑むと、
足にしがみついていた大樹君と一緒にもう一度家の中へと戻って行った。
彼の出かける仕度をする為だ。
「あの笑顔を見せられると、どうにも弱いよね。」
ポリポリと頭をかきながら、鷹介が苦く笑う。
「あぁ。」と僕も返事をする。
決して言いなりになっているわけじゃない。
僕たちとはクィーンとナイトのような関係ではないのだから。
双子と言うよりは三つ子といった感じなのかもしれない。
ただ幼い頃はともかくとして、小学校の高学年の頃になって、
女の子より男の子の方が力が強いと感じるようになってからは、
僕も鷹介もを大事に扱うようになった。



だって、手首だって肩だって細くて華奢なんだから、
思いっきり力を入れてしまったら折れるんじゃないかと思う。
実際、何も纏わないを見ると、自分の欲情をぶつけてもいいものか
戸惑ってしまうこともあるくらいだ。
まして、は僕と鷹介の2人分を受け止めなければならない。
だから僕も鷹介もついには甘くなる。
まあ、それが楽しくて仕方ないのも本当だけれど。



すぐに玄関が騒がしくなって、仕度の出来た2人が出てきた。
は上半身は先ほどと同じものを着ているけれど、
スカートを止めてパンツスタイルになっていた。
子供と一緒だからと靴もローファーに変えている。
大樹君は可愛いリュックを背負ってご機嫌だった。
「お待たせ。」
が僕と鷹介に断りを入れるその端から、
「よーし、出発だー。」
威勢良く子供の声で出発を告げられた。
「おねぇちゃん、僕と手をつないで。」
差し出された可愛い手をが握ると、満足そうに笑顔になる大樹君。
片方が封じられているんじゃ、僕たちは手が出せない。
「おにぃちゃんたちは、後からついてきて。」
まるで群れのリーダーよろしく、大樹君に命じられてしまった。



まるで幼い王子様とその世話係の女官。
そして、警護の男2人って図式に見えなくもないな・・・・と、
1人想像してなんだかおかしくなった。






※Sicilian defense
「シシリア人の防御」と言う意味だが、チェスではクィーンを制圧する為の定石の一つ。
シシリアン・マフィアは殺そうとする相手に贈り物をする、と言われている。




2005.02.23UP
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