Sicilian defense 2





少しも黙っていられないのか話し続ける大樹君に、が相槌を打って返事をする。
内容はどうやら通っている幼稚園のことらしい。
もご機嫌な彼に合わせて、時々知らない振りをして質問等している。
後ろから見ていると、まるで若いお母さんと子供のようだ。
知らない人が見れば、微笑ましい光景だろう。
だが、本当ならを挟んで僕と鷹介が歩くはずなのに・・・・と、
考えずにはいられない。
20歳にもなってなんて子供っぽいことをと、笑われるかもしれないが、
それでものことは他の誰にも譲りたくなくなるんだ。
鷹介だけに許せる。
多分それは、幼い頃からの習慣だろう。
もしこれが鷹介と年の差のあるふつうの兄弟だったり、
幼馴染や親友だったらきっとを独占している。
でも今は、可愛い坊やにの可愛い笑顔も視線も持って行かれているのだ。
それをが望んでいるのだから、何も言わないだけのこと。
少しでも嫌がってたら、大樹君が泣いても叫んでもきっと置いて来たに違いない。
僕も鷹介もそのくらい非情になることなんて、簡単に出来る。



電車に乗ったら早速に、大樹君は靴を脱いで窓を向いて外を見ている。
その身体を隣に座ってが支えてやる。
僕と鷹介は、その前の吊り輪につかまって彼女たちを見下ろすように
立っていることにした。
外に夢中な大樹君は、が僕たちを見て微笑んでいても無関心になっている。
やっぱり子供だな・・・と、思った。
僕らも小さい頃はやっぱり窓の方へ向いて、外を楽しんだものだ。
そんな時もを挟んで2人して見ていたっけ・・・。
深山家と向井家は、子供主体のお出かけはよく一緒にしたものだ。
それは、が一緒だと僕と鷹介がお行儀が良くて、
自分たち親の手がかからなかったからだと、母親がよく口にする。
を挟んで手をつなぎ、勝手な行動を取らずにちゃんと傍に居たらしい。



多分、僕と鷹介は自分たちの気ままに好きな行動を取るよりも、
と一緒にいて彼女と手をつないでいる方が重要だったんじゃないだろうか。
きっとそんな僕たちを見て、両親は嬉しそうに目配せしていたのかもしれない。
『三つ子の魂百歳まで』なんて言うけれど、僕も鷹介も基本的なところは
変わっていないのかもしれないな。
恋人にするのに、何も2人で同じ女性を好きになる必要なんかないというのに、
あえて厳しい茨の道をとったところは、それが相手だからだ。
他の女性だったら、僕たちはお互いが譲って身を引いていたかもしれないし、
独占しようとして傷つけあったかもしれない。



大樹君が電車に飽きた頃、ようやく本郷のキャンパスに着いた。
有名な門をくぐって中に入れば、テントや露天での催し物が目白押しだ。
その賑やかさに圧倒される。
が大樹君の前でしゃがむと両手を取って話し出した。
「大樹君、此処は広いしお家からも遠いから、お姉さん迷子になるかもしれないの。
だから、大樹君にお姉さんが迷子にならないように、手をつないでいて欲しいんだ。
お兄さんたちが私を見失っても、大樹君だけは傍にいてね。お願い。
じゃないとお姉さん、お家に帰れなくなるかもしれないから・・・・ね。」
その言葉を聴いて、逆転の発想なのだなと思った。
幼くても身体が小さくても大樹君は男なんだ。
子供として扱われ、迷子にならないように傍にいるように言われても
子供としての大樹君には効果が薄いかもしれない。
でも これが男として1人前に扱われ、女であるを守って欲しいと言われたら、
意地でも傍に居て離れないだろうと思う。
男のプライドを上手く利用しているなと、の言葉を聞いて思った。



がこれを計算して言っているのなら、男に媚びているように映るだろう。
でも 思い出してみれば、のそういう言葉遣いは、今に始まったことじゃない。
一緒に行った動物園でも水族館でも遊園地でも、
いつもああやって僕たちを頼りにしていたと思う。
言葉は少しずつ違うものだけれど、同じ内容だ。
だからと言って、が本当に迷子になりやすいかといえば、そんなことはない。
むしろ僕や鷹介よりも大人しく母親の傍にいるような子供だったはずだ。
が迷子にならないようにと、頑張って傍に居た僕たちの方が、
気を抜くとの傍から離れて迷子になったりしていた。



だから『龍ちゃん、鷹ちゃん、置いて行かないで。』と、何処かへ行こうとするたびに
後から心細いような声を出されたら、何処にも行けなくなったものだ。
そんなと僕たちの様子を親たちは見ていて、
迷子にならないための作戦として使っていたのだと、
随分後になってから聞かされた。
いいように利用されていたのでちょっと悔しかったが、
でも への気持ちは本当だったから、それはいい思い出としておいた。
目の前の大樹君もあの頃の僕や鷹介と同じような気持ちになっているだろう。
の手を離さないようにして歩く後姿を見て、幼い頃の自分に重ねた。
案の定、何人かの友人に会って、を紹介し談笑もした。
これで少なくとも、嫌な噂は消えるだろう。
僕や鷹介の意図は知らないだろうが、と大樹君もそこそこ
学祭を楽しんでくれたようだし、まあよしとしよう。



大樹君は、帰る電車の中で疲れからか眠ってしまった。
彼を抱きしめて愛しそうに微笑む
将来、もしが母親になるとしたら、きっとわが子をこうして抱きしめて
慈愛に満ちた微笑を見せるのかもしれない。
電車が最寄り駅についても大樹君は起きなかった。
さすがにでは5歳の男の子を抱いて歩くのは大変なので、
鷹介が背に負ぶった。
「子供の体温って高いな。
凄い背中が暖かいよ。」
なんだかくすぐったいような嬉しそうな声を上げて、鷹介が笑う。
同じようなことを考えているのかもしれない。
でも 3人のままではどうしようもない話題だから、それはあえて口にはしない。



取り合うのではなく、お互いが認め合うことで今の関係を保っているけれど、
いつかその均衡が崩れる時が来るのかもしれない。
いつの日かは分からないけれど・・・。
でも 現実問題として女性であるの方が、
結婚の適齢期なるものが早く来る。
いつまでもこのまま続けられないのかもしれない。
不安がないと言ったら嘘になる。
男の僕でさえそうなのだから、の方がもっとそう思っているだろう。
頭が痛いというより、胸が痛い問題だ。
でも を放すつもりなど微塵もない。
だが今のところ、いい解決策も思い浮かばない。
この僕と鷹介との関係が、を拘束して逃げられなくしているのだったら、
いっそこのままでもいいとさえ思う。



だからこそ、僕と鷹介がを抱く時には、
一人が相手では出来ないような愛し方をするようになった。
4本の手と2人の唇と舌で、を愛撫する。
それに彼女の身体を慣れさせることによって、
他の誰か一人では物足りなく思うように。
また僕か鷹介のどちらか片方だけでも駄目なように。
一人が抱きしめながらキスをして胸を触る。
もう一人が、と一つになりながら彼女の華芯を触ったりする。
どちらがの中で感じさせているのか、
どちらの舌が胸のつぼみを舐めているのか、
感じれば感じるほど分からなくなる。
そして僕と鷹介の二人でなければならないような身体に・・・と。
ある種これは調教なのかもしれない。
そんなことを思った。



をナイトのように守っているように見せて、
その実誰も寄せ付けないようにしている。
他の誰かのものになって欲しくないから。
そんな事態にはならないように、敵を蹴散らしている。
が僕や鷹介を頼るように仕向けておいて、
僕たち無しではならないようにしているのだ。
他の誰かがいなくても困らないが、僕と鷹介がいないと不安になるように。
それは気付かないうちに、クィーンを陥落させる手。
味方に最大の敵である僕たち二人がいるとも知らず、
やうちの両親も僕たちをいつも三人にしたのだ。



もし気付いたとしても、もう手遅れだ。
クィーンは僕たちの手の中に落ちている。
それが証拠に、自らが僕たち2人を愛していると口にする。
どちらも選べないと知っていながら、3人でと甘く囁いてやる。
男2人に愛される喜びを、身体と心に教えてやる。
1人じゃ物足りなく思うように・・・。
定石どおりの恋ではない。
世の中の型にはまった関係でもない。
それでも僕と鷹介とのこの関係は、僕たちには必然なものだ。
常識派や良識派の人から見たら僕たちは敗者に見えるかもしれない。
とても勝者には見えないだろう。
それでもいい。
キングを取るのが目的じゃない。
僕と鷹介の目的は、クィーンであるなんだから。





2005.03.02UP
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