dear child 8





春休み中。
僕らは3人でデートすることにした。
せっかく恋人同士になれたのだ、今までとは違う関係で
何処かに出かけたくなるのは当然だろう。
行き先は美術館。
そこに行けばの機嫌がすこぶるいいのだから、
僕と鷹介がそこを選んだのは必然。
誰だって好きな相手には笑顔でいて欲しい。
特にそれが彼女の誕生日なら。
『ただの美術館では面白くない。』と言ったのは鷹介。
絵画や展示品を見るだけなら、これからいくらでも行ける。
此処は一つ、最初のデートとして一生の思い出になるような所へ出かけたい。
一つだけ浮かんだ場所があった。
鷹介に話すと「うん、俺はいいと思う。」と同意してくれた。



春休みは短いけれど、今年はその最後の日がの誕生日だ。
目が覚めて窓の外を見れば、綺麗な青空。
いいデート日和だと思った。
約束の10時に向井家の玄関チャイムを押すと、中からの声が聞こえた。
ガチャリ。
玄関ドアが開いて、が出てきた。
デートだと言うことと、今日がの誕生日だと言うので、
いつもよりお洒落している。
ベビーピンクのしっかりした素材のカットソーのアンサンブルに
グレーの細かいひだのプリーツスカート。
アンサンブルの胸元には大小のパールのビーズ刺繍がちりばめられている。
靴とバックは小さめのリュックで色はベージュ。
山の手のお嬢様っぽい装いは、今日の目的地にもぴったりだ。
僕は生成りのコットンのハイネックにネイビーのジャケット。
ベージュのチノパンに茶のベルトとコインローファー。
鷹介はタンガリーシャツに細身のブルージーンズ。
ベージュの上着にナイキのモノトーンのスニーカーだ。
お互いが相手の服装の1色を取り入れると、しっくりと決まることを
僕たち双子は長年の経験で知っている。
の靴とバックのベージュを自分たちが使っているから、
3人で一緒にいても2人になっても違和感なく隣に立てるだろう。



僕たちの格好を見ては嬉しそうに笑った。
「龍ちゃんはトラッドが定番だからなんとなくその格好も分かるけど、鷹ちゃんはいつもと違うね。
私のためにだったとしたら、とっても嬉しい。」と言った。
「まあね。」鷹介は、ちょっと頬をかいて笑って答えた。
先に門扉から出て待っている僕たちに向かってが玄関ポーチを出てくる。
そして、両手を同時に差し出した。
この光景は何処かで見た・・・と、僕は既視感を覚えた。
・・・・そうだ、あれはが幼稚園に入園後に初めて登園する日の朝。
それから、小学校に入学した後の初登校の朝。
いつもは、その小さくて可愛い手を両方僕たちに差し出して、手を繋いでいたっけ・・・・。
さすがに、中学と高校では恥ずかしがってなかったが。
そのためのリュックなのだと、僕はの気遣いに嬉しくなった。



普通の手持ちのバックでは、片方としか手をつなげない。
それだと、3人でと言うよりもカップルともう1人っていう感じに見える。
僕たちが対社会的な偏見で見られるとしたら、それは『3人で』と
言う1点だと思っている。
素行が悪いとか、頭が悪いとか、そういうことは言われないだろう。
そして悪く言われるのは、この道に引きづりこんだ僕と鷹介ではなく、
2人の男に愛されたばかりにこんな目に遭っているの方だ。
それでも 大事な愛しいをそんな立場に追い込むと知っていても、
放してやることなんか出来ない。
僕たちは酷い男なんだと思う。
だから、守ってやりたい。
その細く華奢な肩を支えてやりたい。
だって、そうしなければならないほど僕たちの愛は重く深いのだから。



駅までの道を歩いて、電車に乗る。
都心の山の手にある目的地の最寄り駅まで行きそこから徒歩7分くらい。
駅についてから出口を確認して案内板に従って歩を進める。
本当に閑静なと言う言葉がぴったりの住宅街。
イタリアの何処かの街の女性たちに例えられる住人たち。
そんなところをを手を繋いで歩けるなんて、思ってもみなかった。
それも恋人としてだ。
これからもずっとこの手を繋いで歩きたい。
ふと横を見れば、の頭越しに鷹介と視線が合った。
お互いに目配せをして笑いあう。
思っているとことはきっと同じだ。
そして望んでいることも。



入場券を買って美術館の入り口に向かってなだらかな坂道をゆっくりと登る。
両脇には此処が都心の真ん中にあるとは思えないほどの緑。
空気が濃い気がする。
春だからその緑も濃くはなく、どちらかと言えば黄緑色で
葉の影もそれほどではないが、きっと夏はむせ返るほどの
草いきれなのではないかと想像させる。
白亜の建物は、此処が日本だとは思えないほど西洋的な建築だった。
アールデコ全盛のヨーロッパに滞在した皇族の邸として建てられた
建物をそのまま美術館として使用しているというだけあって、古いけれどモダンで美しい。
中はもっと感動した。
僕でも知っているラパンやラリックといった有名な芸術家たちの手で
作られた内装は、華美過ぎない綺麗な装飾が施されており
センスの良さをうかがわせるものがある。
建物自体が美術なのだと、僕はパンフレットを横目で見ながら思った。



はこういう所へ来るとあまり口数が多くない。
ありとあらゆるものを吸収しようとして、そちらに気を取られるあまり
話をする余裕などなくなるのだろう。
今日も同じだ。
瞳はシャンデリアの光にキラキラと輝いている。
口角が常に弧を描いていて、本当に楽しそうだ。
これなら、ファーストデートのことは忘れないだろう。
1階から2階へと歩を進める。
パブリックな1階とは違って、2階はプライベートな空間らしく
間取りも細かくて個性的に仕上げてあった。
廊下を歩くときも、展示品を見るときも、手はつながれたままだ。
本当はちょっとだけ見れば部屋の内装なんてすぐに飽きてしまうけれど、
と手を繋いでいられると思うと、彼女が飽きるまで同じ部屋に居ることが出来た。



お昼も近くなり入り口付近のレストランカフェで昼食を取った。
その後、今度は広い庭園をゆっくりと歩く。
桜の花も満開で、風が吹くと散った花びらがハラハラと降ってくる。
眺めのいいところでベンチに座り、日に当たるのは気持ちがいい。
ふと、がベンチから立ち上がって、一歩前に出ると振り向いた。
「龍ちゃん、鷹ちゃん、今日はありがとう。
凄く素敵な誕生日になったよ。
しかも初デートが此処だなんて、忘れられないね。
でね、お礼がしたいの。
何がいい? 2人が欲しいもの言って。」
僕たちは座っているから、の視線は上目使いではないのに凄い煽られてしまう。
これで下から見上げられた日には、理性の糸も切れるかもしれない。
そんなことを思った。
鷹介もそうなんだろう。
まさか此処でキスして欲しいと言うわけにも行かず、任せた・・・と言う目でこちらを見ている。



「じゃあ、出来ればもう『龍ちゃん』『鷹ちゃん』じゃなくてさ、
『龍介』『鷹介』って呼んで欲しいんだ。
もう、幼なじみじゃなくて恋人なんだから・・・ね。」
子供の付き合いは終わったのだから、まずは形から入ろうと思っての僕の要求だ。
「あぁ、それいいな。
俺もに『鷹介』って呼ばれたいよ。
さすが龍、ナイスアイデア。」
楽しそうに笑って鷹介がを見ている。
呼んで欲しいと言ったからには、呼ばれることを期待しているのだろう。
僕だってそうだから。
まるで餌をもらえるかと期待して、飼い主を見る子犬みたいじゃないか。
正直なところ鷹介の様子を見て思った。
僕もあんな目をしてを見ているんだろうか。
だとしたら、かなりのぼせて見えているんだろうな・・・と、思わずにはいられない。



「それがいいの?」
困っているような、恥ずかしいような、嬉しいような
よく分からない表情と態度でが念を押した。
「ん、それがいいの。」
オウム返しで鷹介が僕たちの意思を伝える。
こういう交渉ごとは鷹介の方が向いているし、事実上手い。
「なんだかそんな目で見られると、照れちゃって呼べないよ。」
「でも これからずっとそう呼ぶことになる大事な1回目なんだよ。
俺も龍も覚えておきたいじゃない。
初めてに『鷹介』『龍介』って呼ばれたのは、あの日あの時だって。」
「それはそうだけど・・・。」
僕だって当事者には違いないのだが、
2人の話はどこから聞いても恋人たちの甘い会話にしか聞こえない。
それが微笑ましくって、くすぐったいほど。
「さあ。」
鷹介が俯いてしまったの手を取って軽くゆする。
はもう片方の空いた手を、僕に向けて差し出した。



僕はを勇気付けるためにその手を取って、優しく握った。
一呼吸置いたが、鷹介を見た。
「よ・・・鷹介。」
「うん、。大好きだよ。」
嬉しそうに微笑んで鷹介が返事をした。
「龍介。」
「ん、これからはいつもこう呼んでくれ。」
出来るだけポーカーフェイスを装って答える。
僕は鷹介のように笑ったり、女の子の喜びそうなことなんて言えない。
それでもが不満を言ったり、鷹介だけを選ばないのは
今までの付き合いでが僕を理解してくれているからだと思う。
女の子だったらきっと鷹介の方がいいと言うに決まっている。
も鷹介と付き合った方が、3人でというよりも幸せになれるのかもしれない。



でも それが出来ないのが、僕の正直な気持ちなのだ。
自分じゃどうしようもない。
を求める気持ちに、目を瞑ることなんか出来ない。
『龍介』と呼ばれる幸せに、背を向けることなんか出来るわけない。
それほど、を求めているのだから・・・。
鷹介も同じだからこそ、2人してを愛していくことにしたのだから。
呼び方なんて小さいことだけれど、とても重要なことのように思える。
に呼ばれることで、僕や鷹介が求められるのが感じられるし、
幼なじみを卒業できたと実感できる。
名前を呼んで照れてしまったを見ながら、僕も鷹介も握った彼女の手を放せなかった。






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