dear child 4





今日はいい天気だったので、夕方とはいえ外はまだ明るい。
少しくらい離れていても柏原との顔やその表情はよく見えた。
は少し俯いて何かを考えているようだった。
もちろん、僕も鷹介もが柏原と付き合うことになるなんて、微塵も考えていない。
でも、は相手に対して誠実であろうとする。
それは僕と鷹介に対しても同じことだ。
だから、今のの気持ちを聞けばある程度は分るんじゃないかと考えたのだ。
「向井さん、迷っているなら今した返事は無効にして、
ゆっくり考えてくれてからでもいいですよ。」
柏原は待つのにじれてきたのか、そんな事をに言っている。
「いえ、返事は変わりません。
さっきお話したとおり、柏原さんとはお付き合いできません。
たとえ今、誰とも付き合っていなくても いい加減な気持ちでお付き合いを始める事は、
相手に失礼だと考えています。
それに、私にだって好きな人は居るんです。
ただ、どうしたらいいのか迷っているだけです。
それじゃ、失礼します。」
はぺこりと頭を下げると、その場から走り去った。
柏原もその後姿を見送ってから、その公園から帰っていった。



僕と鷹介は植え込みの影から出て、今のの言葉を考えていた。
僕が思考に入ったのが分っているので、鷹介は声をかけてこない。
黙って隣を歩いている。
何かを考えているときは邪魔されるのが嫌いだからだ。
公園からわずか数分で家に着いた。
僕と鷹介の部屋は2階にある。
部屋に入る直前に鷹介に話しかけた。
「鷹介、あの様子じゃからの答えは明日か明後日だろう。
もう、何か決めている感じに見えたから。
僕達も覚悟をしておいた方がいいかもしれない。」
僕の言葉に、鷹介は黙って頷いてドアの内側へと消えた。
僕も自室に入った。
思わす大きく息を吐き出して、ベッドに身体を投げ出した。
鷹介には冷静そうに言ってはみたが、そんな余裕など何処にもない。
「駄目かもしれないなぁ。」と、口に出して言ってみた。



そう、もしも振られるのなら僕だろうと思う。
なぜなら、鷹介の方が明るいし口も上手い。
女の子の扱いにも長けていて、そつなくエスコートが出来るだろう。
顔と外見は同じだろうが、それだけで印象は随分と違う。
双子だから、生まれてからこっち鷹介と比べられるのは日常茶飯事だが、
今回は正直キツイと思う。
恋愛なのだから勝ち負けではないと分ってはいるものの、
男として勝てるかと問われたら自信がない。
それくらい僕から見ても鷹介は良い男だと思う。
が鷹介を選んだら、悔しいけれど納得は出来る。
そう思って瞼を閉じての笑顔を思い出した。




翌朝。
登校しようと2人で玄関を出ると、そこにが立っていた。
「おはよう龍ちゃん、鷹ちゃん」
ぎこちない笑顔だけれど、それでも笑顔で挨拶をしてくれた。
「一緒にいい?」
おずおずと同行してもいいかと尋ねてくる。
「もちろんいいよ。
を1人で学校に行かせるなんて心配だったんだよ。
俺でも龍介でもいいから、ちゃんとどちらかには声をかけて。」
珍しく鷹介がに説教をしている。
「うん、ありがとう。」
は頷いて返事を返した。
徒歩で通えるのなら、それほど心配しなくてもいいだろう。
少し頑張れば自転車通学も可能だ。
事実、鷹介は1年生の時にはそうしていた。
電車で通学しているを庇うために鷹介は自転車通学をやめて、
電車に切り替えたくらいだ。
僕は読書時間を増やすために電車通学を選んでいたが、
一人ではを守りきれない事もあるだろうと考えてのことだった。
本人が一緒でないのなら、その好意も無駄になる。
が混みあう車内で痴漢にあうのは、僕だって嫌だ。
自分たちだってもちろんをそういう対象で見ている。
だからこそ 今の関係を壊してまでも1歩前進したいと考えたのだ。
たとえ、1人しかその想いは叶わなくても・・・・。
それを、何処の誰かもわからない奴に汚されたくなんかない。
まして、が望んでないとなれば、守らなければ・・・・。



学校に着いて下駄箱前で別れる時、
「今夜、部屋に行ってもいい?」と、真摯な眼差しで尋ねてきた。
「もちろん、待ってるよ。」と、鷹介は笑顔で了承する。
僕も黙ったままだったが、きちんと頷いて意を伝えた。
「じゃあ、話はその時に。」
そう言って背中を向けたを2人で見送って、
僕達は詰めていた息を吐いた。
「ふ〜、すげぇ緊張した。」鷹介が、手で顔を扇ぎながら苦笑いを浮かべる。
「さすがの僕も今日は授業に集中できそうにないな。」
思わず本音が漏れて、僕達は顔を見合わせて苦く笑った。
きっとだって緊張していたに違いない。
の性格を思えば、僕と鷹介の2人を相手に行動を起こすのは負担がきついはずだ。
僕達の気持ちにどう答えるかだけでも、悩んだだろう。
そして、どんな内容かは分らないけれどとにかく答えを出してくれた。
それがどんな返事でも受け入れる覚悟をしなければならない。
との会話の数や接触度から言って、鷹介の方を選ぶんじゃないかと僕は考えている。
もし、今夜うちに来たが、僕と鷹介のどちらか最初に話をする方が、
振られる確立は高い。
人間嫌な事は先に済ませたいものだ。



その夜。
夕食が終わった頃、向かいの家の玄関ドアが開いて1人の少女が出てきた。
もちろんに他ならない。
ポーチを降りて道路を渡ると家の玄関へと向かう。
その表情は硬く厳しい。
チャイムが鳴って母親が迎え入れている声が聞こえる。
もうすぐ階段をのぼって来るはずだ。
僕と鷹介は相談して、それぞれの部屋で待つことにした。
同じ部屋にいても良いが、に負担になるようなことはしたくない。
と言うのが2人の共通の意見だったから。
どちらかに「出て行って欲しい。」と告げるのは、嫌な仕事だ。
家族ではないけれどの階段を上る音は、耳に馴染んでいる。
父親のように荒くなく、母親のように静か過ぎることもなく、
鷹介のように元気いっぱいということでもない。
の足音は、彼女そのままに可愛いといつも思う。
耳で彼女の足音を楽しめるのは、僕の部屋が2階の上がり口に位置しているからだ。



コンコン。
ドアのノックの音に、自分でも可笑しいくらいに動揺した。
やっぱり先に僕の部屋なんだ。
つまり振られるのは僕と言う事。
瞑目してその事実をわずかの時間に受け入れる。
出来る限り穏やかな自分でいようと、息を吐いてから「どうぞ。」と
ドアの外の人物に声をかけた。
「こんばんは、あれっ鷹チャンは?」
そう言いながらが部屋に入ってきた。
「ん、自分の部屋にいるよ。呼ぼうか?」
そう尋ねた僕に、は「うん、お願い。」と僕の予想を超えた返事をしてきた。
とりあえずは椅子から立ち上がると、廊下へ出て奥の部屋にいる鷹介に声をかける。
「鷹介、が来たよ。僕の部屋で話そうってさ。」
僕の呼びかけに、鷹介は驚いた顔をして部屋から飛び出るように出てきた。
「マジで?」
そこにの姿のないことを見た鷹介は、小声で僕に尋ねた。
「あぁ、そうらしい。」
僕達は顔を見合わせて首を傾げるしかなかった。



を椅子に座らせて、僕達はベッドに腰をかけた。
話の内容が内容だけに、の口が重い。
部屋は沈黙に包まれていた。
それでも 話さなければならないと思ったのだろう。
ゆっくりとだが、が視線を僕達に向けて口を開いた。
「龍介、鷹介。
2人の気持ちは嬉しいけれど、私はどちらか片方を選ぶ事なんて出来ないよ。
私達3人はいつも一緒だったよね。
そして私は小さい頃から2人が好きだった。
ううん、2人とも同じくらい好きだった。
友達が彼氏を持つたびに思ってたんだ。
どうして1人だけ好きなならなければならないんだろうって、
私は同じくらい好きで同じくらい大事な男の人が2人いるのに・・・。
だけど みんなちゃんと誰か1人を選ぶ事が出来ている。
私は何処かおかしいんだよ。
そうとしか思えない・・・・。
気不味くないように別々に返事をしても良いとか、
龍介と鷹介のどちらを選んでも良いとか、
凄く気を使ってくれたのに、ごめんなさい。
私が2人のどちらも選べない以上、2人とも私をあきらめて欲しいの。
もっと2人にはお似合いの女の子が居るはずだから。」
は僕達のどちらかが口を効く前に、飛び出すように部屋から出て行った。



予想外だった。
はどちらかを選ぶと思っていたからだ。
僕じゃなくても鷹介を断ることはないだろうと・・・・。
恋は思案の外なんていう言葉が頭を掠めた。
以外に好きになるような女の子が果たして現れるだろうか?
少なくとも僕には可能性が低い。
鷹介は、女の子にも受けが良いし社交術にも長けている。
その気になれば明日にでも彼女を持つ事が可能だろう。
でも 僕はそれほど器用な性格はしていない。
クラスメイトの女子だって、用事がなければ話もしない。
だけが好きだ。
だけが欲しい。
他には誰も要らないし、欲しくもない。
鷹介が振られた事で、気が変わるのならばチャンスもあるだろうと思う。
でも 悲しいかなそこは双子の性。
こんな時にどういう対応を取るか位予想がつく。
そしてそれは外れた事がない。



鷹介を見ると、やっぱりこちらを見ていた。
「龍、あきらめるつもりなんかないんだろ?
龍が思っているように、俺もそのつもりはない。
だけど、がああ言った以上、そんなに簡単に気持ちや態度を
くつがえす様なことはないよな・・・多分。
どうしたらいいんだ・・・・。
俺も龍もをあきらめるつもりはない。
だけどは1人しかいない。
も俺達を同じくらい好きだから選べないと言ってたし、
そうなると 何処にも解決策なんてない。」
文字通り、頭を抱えて鷹介が唸った。
僕はその様子を見ていて、先日思い浮かんだあることについて
思いを馳せていた。
だが、それを口にするのはためらわれた。
世の中においてそれはタブーだと知っているからだ。
いや、日本ではと言った方が正しいだろう。
口にすべきかどうかを迷う。
鷹介は、ひょっとしたら受け入れる事が出来るかもしれない。
だが、はどうだろう?
言えないことはないかもしれない。
でも、はきっと僕を軽蔑するか、どうかしたのかと思うかもしれない。
好きだけれど付き合えないと言われた今、
それに加えて嫌われるのは辛すぎる。
僕にはにそれを告げられるだけの勇気はなかった。






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