dear child 3





は僕達にパイの感想を聞いてから、ようやく自分の分にフォークをさした。
少しの間は、何事もないように会話を進めた。
学校の事、クラスの事、クラブの事 同じ高校に通う僕達にはそれなりに
共通の話題があった。
紅茶もそれぞれが2杯目になった頃、「で、話って何?」と本日2回目となる本題を尋ねる
質問を投げかけてきた。
僕と鷹介は自然に顔を見合わせた。
こういう話はどちらかと言えばいつも僕の担当だ。
僕は鷹介に頷くと、の方を向いた。
、これから話すことは僕も鷹介も本気だってことをまず承知して欲しい。
その上で、の本当の気持ちを聞かせて欲しいんだ。
いい?」
きっと鷹介も隣で真剣な表情をしているに違いない。
その証拠に、もソファの上で居住まいを正した。



僕は、ケーキの皿とカップとソーサーを脇に避けた。
「話というのは、僕達には好きな女子のがいるってことなんだ。
問題は、僕と鷹介が好きな女の子が1人ってことだ。
だから僕と鷹介はどうするか話し合った。
2人同時に交際を申し込んで、選んでもらうしかない。
そう考えたんだ。」
此処までは予想通りだ。
は驚いてはいるものの理解するように頷いている。
には、辛い選択になることは分かっているつもりだ。
だけど、僕達16歳だろ?
もう、みんなで仲良しごっこしてるには、大きくなり過ぎていると思うんだ。
友達じゃなくて、幼馴染でもなくて、恋人になりたいんだよ。
今の関係を崩してしまう事はもちろん嫌だと思った。
でも このままだと、は他の誰かと付き合うことになるかもしれない。
もし、自分以外の誰かと付き合うことを許すのなら、僕は鷹介しか許せないんだ。

、僕と鷹介はを幼馴染じゃない意味で好きだよ。

この話をして一番辛い選択をしなければならないのは、だ。
返事は、僕と鷹介と別々にしてくれていい。
好きな方と遠慮なく付き合って欲しい。
僕達はお互いに選ばれても選ばれなくても納得すると約束している。」



僕達が好きな女の子が自分だと認識したは、
僕と鷹介の顔を代わりばんこに見比べた。
「本気で?」
確認するように、僕に視線を向ける。
「あぁ、本気だ。」と、僕は頷いた。
「鷹ちゃんもなの?」次に鷹介にも尋ねる。
「ん、本気なんだ。
俺も龍介も同じくらいが好きだ。
もちろん、俺を選んで欲しいけど、龍介を選んだとしても納得できるよ。
龍介だったら、ちゃんとを幸せにして大事にしてくれると思うから。
俺だったらめちゃくちゃに幸せにしてあげるけどね。」
鷹介らしい答えの最後には、ちゃっかりウィンクなんかつけている。
いつもならそれだけで笑顔になるだけれど、さすがに今日はそうは行かなかった。
ぎこちなく頷いただけだ。
「何度もしつこいようだけど、僕と鷹介のどちらを選んでもいいんだ。
がどちらかを好きで、どちらかを嫌いだなんて思わない。
より好きな方を選んで欲しい。
どちらに先に返事をするのも、どちらと付き合うのもが選んでくれていいんだ。
僕達は、の気持ちを優先したいと思ってる。
気持ちが決まるまで待つよ。
分ってくれた?」
僕の問いかけに、は機械仕掛けのロボットのようにカクンと首を立てに振ると、
呆然としたまま立ち上がり何も言わずに玄関へと向かった。



鷹介が慌てて立ち上がると、玄関までを送る。
、パイ美味しかったよご馳走様。」と、見送る鷹介の言葉が聞こえる。
からの答えは聞こえなかった。
ドアが閉まる音だけがリビングにいる僕の所まで聞こえた。
頭をポリポリかきながら、鷹介がリビングに戻ってきた。
ソファにドカッと腰を下ろすと、「とうとう言ったな。」と感慨深げにつぶやいた。
「あぁ、言ったな。」と、僕も天井を見上げて言った。
「今頃、ベッドの上で泣いてるかもな。」
その姿を想像しているのか、鷹介は目を閉じている。
僕ものそんな姿を想像して、胸が切なくなった。
幸せにしたい好きな女の子を、わざわざ泣かせるなんて男のすることじゃない。
そんな事は鷹介も僕も言われなくても分かったいるつもりだ。
だけど このままじゃ埒が明かないことの事実なのだ。
が僕と鷹介以外の誰かに恋をする前に、他の誰かがをさらってしまう前に、
動かなければ意味が無いのだ。
もし、が僕達以外の誰かを好きになって、その誰かと幸せな恋人ライフを送るのなら、
僕と鷹介はそんなにを好きでも口に出す事はないだろう。
だって、もっとも望んでいるのはの幸せなのだから・・・。



夏休みまであと1週間。
はどんな返事をしてくるのか気になりながら、翌日の朝を迎えた。
僕と鷹介はいつもと同じように、を迎えに向井家の玄関に立った。
ピンポ〜ン。
チャイムがドアの内側で鳴ったのが聞こえる。
カチャッと鍵が開く音がして、ドアの横から覗いたのは
の母である向井家の主婦の顔だった。
「おはよう、龍君鷹君。本当にから聞いてないんだね。
あの子今週は週番だから早出だって言って先に出たわよ。
もし2人が迎えに来たら、そう言っておいてくれって頼まれたんだけど。
でもがそういうことを2人に言わないなんて、貴方たち喧嘩でもしたの?」
のほほんとしているようで、の母は鋭い視点の持ち主だ。
僕はそう認識している。
普段、きびきびしているようで実は肝心の所が抜けていたりする僕と鷹介の母親よりもだ。
にっこりと笑顔なのに、『貴方たちうちの娘に何したの?』とでも言っているような
その眼差しは少々怖い。
「そうですか、じゃ僕達も学校へ行きます。」
視線をそらして質問から逃げるように背を向けた。
「行ってらっしゃい。」と、明るく声をかけられて、
僕は会釈で鷹介は手を振ってそれに答えた。



駅に向かって歩きながら、僕達は黙っていた。
に避けられているという事実は、少々どころかかなりこたえた。
今までだって、口争いや喧嘩の様な事がなかったわけじゃない。
それでも 次の日には悪いと思うほうが先に謝って仲直りをしてきた。
が泣く事もあったけど、こういう風に僕達を避けて隠れて泣かなければならないような
こんな事態に陥った事はない。
「学校へ行っても顔なんて見せてくれないよなぁ。
きっと走って逃げるんだろうなぁ。」と、鷹介は溜息を吐きながらつぶやいている。
相棒のそんな言葉に、僕も眼鏡の奥で瞼を閉じた。
しかし、もう賽は投げられたのだ。
後戻りしてなかった事になど出来ない。
それこそこの先には、天国か地獄かが待っている。
「なぁ、龍介。
この状態って何時まで続くと思う?」
横から情けなさそうな声で鷹介が尋ねる。
答える気にもならない。
「さあな。」と、僕は冷たくかわしておいた。
僕が聞きたいくらいだ。
そう内心で毒づくが、口にするのはやめておく。
鷹介も僕に何か言ったって始まらない事くらいは承知している。
それでも、何かを言わずにはいられない。
僕もそれ位は分っている。



それから数日。
クラスもクラブも学年さえも違うのだ。
会おうと思わなければ会えないことは分っている。
それでも 教室やグラウンドや体育館への移動時には、何処かでに会えないかと
周りを気にしてしまう。
此方から会いに行きたいのは山々だけれど、そうする事でにプレッシャーを
与えたくないというのは、僕も鷹介も同じだった。
ただ、待たなければならないというのは、これほど辛い事だとは正直思っていなかった。
そして、何よりの存在が自分たちの生活に、どれほど重要なのかを知った。
何をするにも、何処かへ行くにもの事をどうするかと考える。
自分たちがの傍を離れた事で、きっと不自由をしているだろうと
心配するに至って、かなり重症な恋の病なのだと自覚した。
それは、鷹介も同じらしい。
大事なデータを、丸ごとデリートしてしまったとかで酷く落ち込んでいる。
「こんな時は、に慰めてもらいたいよ。
データは戻ってこないけど、の優しさの分だけは元気になれるのになぁ。」
16歳の若さで丸めた背中に哀愁を背負っているのはどうかと思ったが、
そこは何も言わずに置いた。
きっと手元が狂ったのは、のことを考えていてのことだろう。



は可愛い少女から、凛とした美しさも備えた女とも少女とも言えない
妙齢な年齢になっている。
危うい綺麗さがあるとでも言うのだろうか。
僕と鷹介が面倒を見ているからと言う訳ではないが、勉強もかなり出来る。
加えて、スタイルも良くて性格も良いとなれば、もてないはずが無い。
普段は、登下校を僕と鷹介の2人で、もしくはどちらか1人が付き添う事で、
面倒な事に巻き込まれないようにしている。
声をかけようと近寄ってくる奴や断ったにもかかわらず居直って強引に連れて行こうとする
性質の悪いナンパ男たちから守るためだ。
あれからは僕達を避けるために早めに下校しているらしいから、
とりあえずは安心だがまったく安全と言う訳でもない。
僕か鷹介のどちらでもいいから守らせて欲しいと思う。
少なくとも僕も鷹介もお互いに全力で守ろうとするのは分っているのだから・・・。



明日は終業式だと言うその日。
僕と鷹介は空手の稽古から2人して帰ってくる途中のことだった。
物書きとパソコンのプログラマーを目指している2人だが、
だからと言って頭でっかちの軟弱者にはなりたくなかったから、
幼少から始めた空手は今も続いていた。
鷹介も僕もここ数日は元気も出ない。
稽古へは出たものの早めに切り上げて帰って来たのだった。
近所の公園のそばを通った時、その中いる男女の会話が聞こえてきた。
本当に子供の遊具と広場が少しあるだけのどこにでも在る公園だ。
物陰に隠れて何かしようにもそんなスペースもない。
景観と治安のために、植え込みやポイントに植えられている背の高い樹木は、
綺麗に刈り込んで見晴らしが良いようにしてある。
だから、会話をしている男女の姿も確認できた。

男女のうち女はだった。
男は、次期生徒会長と噂されている僕達と同じ2年で隣のクラスの柏原だ。

僕は思わず鷹介の腕を引っ張って、近くの植え込みの陰に隠れた。
175センチ位の男2人が隠れるには少々小さい丈の植え込みだが、
此方に気づいていない2人から見えなければそれで良いと思った。
「向井さん、今付き合っている人が居ないというのなら、
僕を断る理由はないでしょう。
確かに、僕は向井さんのいつも傍にいる深山兄弟とは違います。
でも、男として劣っているとは思わない。
お試しでもいいから、付き合ってみませんか?」
それを少し俯いて聞いているは、返事もせずに黙っていた。



「野郎、俺が一発殴ってやる。」
鷹介がそう息巻いて出て行こうとするのを、僕は腕を掴んで止めた。
「龍介?」
鷹介が何で止めるんだ?とでも言いたげに僕を見て、名前だけ呼んだ。
「いいから待て。」
僕だって出て行きたいのは山々だった。
でも 柏原の尋ねたことは、今の僕達にも関係することだ。
僕達がいない事でがどう答えるのかが知りたかった。
鷹介は僕に何か考えがあると思ったのだろう。
立ち上がりかけていたのを元に戻す。
「本当に危なくなった時だけ出て行くんだ。
それまではここにいろ、の言葉が聞きたい。」
鷹介にそう説明をしてやる。
しっかりと頷いて、鷹介は視線をと柏原に戻した。






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