dear child 2





あれから、約束どおりに僕達は今までと変わらない態度でと接した。
一緒に登校するのも試験勉強をするのも今までと変わらない。
だから、当然の態度もいつもと同じだった。



だが、人間というのは今後の予定が決まっていれば、それに向けて行動するという特性を持つ。
特に僕は今回の事を言い出した鷹介に注意を払った。
僕に比べると幾分軽い性格で、口の滑りのいいのが玉にキズなのだ。
双子と言ったって、何から何まで同じなんてことはない。
むしろ、性格や好みは正反対になることの方が多いと聞く。
それは、もともと1人になるはずだった人間の細胞を2人分に分けているせいだという説も在る。
光と影、陰と陽、背中合わせで2つで1つだ。
だから、片方が内向的なら もう片方は外交的になる。
僕と鷹介は、そういう性格的な事はそれほどの差が無い。
どちらかと言えば鷹介は動で、僕は静だろう。
それもあえて言えばという事であって、特筆すべき事でもない。



だが、得意分野がまるっきり正反対だ。
好きなものへの興味もそれほど似ていないと思う。
唯一例外なのが、への気持ちといってもいいだろう。
だから 僕たち2人にとってに関することは、重要だ。
鷹介にそれを確かめた事はないが、多分首を縦に振るだろう。
そうでなければ、に告白する事を僕に事前に言うはずが無い。



高校2年の1学期の期末試験も終わり、梅雨は明けないもののそれでも授業中に
汗がにじむようになったある日。
鷹介が僕の部屋に入ってきて、「それで、決行日はいつ?」と尋ねた。
今回の期末試験は、この問題を抱えていたせいか僕も鷹介も成績は芳しくなかった。
それでもちゃんと10位以内はキープしていたので、
両親や担任に何か言われるような事はなかった。
は、そんな僕たちの内面での葛藤を知らないせいか、いつもと同じような成績だった。
鷹介の問いかけに、僕は読んでいた文庫本から顔を上げると
「まず、の時間をキープしないと駄目だろう?」と、返した。
「そうだな。」と鷹介は言うと、ジーンズの後ポケットから携帯を取り出してメールを打ち始めた。
ピピピ・・・とボタンを押す音が聞こえて、鷹介の指が小さいボタンの上を行ったり来たりする。
「え〜っと『話があるから、遊びに来いよ。空いている日を教えてくれ。』鷹介まる。
こんなところでいいか・・・。」
僕はその様子を黙ってみていた。
最後に送信ボタンを押して、鷹介は「送信完了。」と顔を上げた。



「龍介はいつでもいいのか?」
鷹介は、僕に確認するように尋ねる。
「僕?、今それほどの用事も抱えてないし、今回はの予定に合わせるよ。
鷹介は?」
僕の返事を聞いて「俺も一緒。」と、すぐに答えてきた。
「鷹介、言わなくても分っていると思うけど、が僕と鷹介のどちらを選んでも恨みっこ無しだ。
本当に心からの祝福なんてすぐには出来ないさ。
そんなことは分かってる。
でも 少なくともには、そう言わなければならない。
を傷つけるのは、鷹介だって嫌だろう?」
僕の言葉に鷹介は「あぁ。」と言って、上を見上げた。
そのまま少しの間があって、「覚悟しなきゃな。」と溜息と共に吐き出した。



鷹介の気持ちは分る。
社会的に言って今の日本では、多夫一妻は認められていない。
つまり、と結婚できる男は1人だけということだ。
それに、普通は1対1での交際と言う形が常識と言うものだろう。
2人の恋人の掛け持ちは、『二股』とか言われているし、
婚外に付き合う異性を持つと、『不倫』と呼ばれる。
道徳的に不味いだろう。
もし 1人に僕と鷹介の2人で付き合うことに、僕達が納得しても『二股』とか『不倫』とか
言われなければならないのは、になると言う事も僕が
この話を鷹介に言い出せない理由のひとつだ。
僕達は2人なのだから、仕方がない。
を独り占めするには、片方はあきらめるしかないのだ。



鷹介は自分の部屋に引き取らずに、そこに立ったままでいる。
手にした携帯が光と着信音を告げた。
ディスプレイを開いて中身を確認すると、「今度の日曜に遊びに来るってさ。」と告げた。
「そうか。」とだけ返事をした。
話は済んだはずだ、それなのに鷹介はそこを立ち去ろうとはしなかった。
「まだ何かあるのか?」
いつもと違う様子に、僕から尋ねてみる。
「ん〜。」
何かを言いよどんでいるように口が重い。
鷹介にしては珍しい事だ。
頭に手をやってポリポリとかくと、意を決したように頷いた。
「龍介、俺はさが龍介を選んでも大丈夫だから、もしそうなっても気にすんなよな。
最初はやせ我慢すっけど、おりあいつけるつもりだから・・・・。
だけどさ、子供の頃は俺達2人とも好きだって言ってただろ?
どうしてそのままじゃ駄目なんだろうな。
2人とも好きでいてくれれば良いと思うよ。
なんで1人に絞らなきゃいけねぇんだろ?」
僕と同じような疑問を鷹介も抱いている事に、やっぱり僕達は双子なんだなと思った。
「さぁな。」
この時浮かんだ考えがあるにはあったが、僕には口にするだけの勇気がなかった。



翌日、は「話って何?」と尋ねたが、登校途中や下校時に口に出来るような話ではないと、
話すことを拒んだ。
普通の告白なら、道端でも喫茶店でも可能だろう。
でも が受けるショックを思うと、落ち着いた場所で話したいと言うのが、
僕と鷹介の一致した意見だった。
、泣くかもな。」
鷹介がTVを見ながらポツリとつぶやいた。
「ん、多分な。」
僕達に向けてくる笑顔を思い浮かべる。
「やめるか?」
「いや、このままだとこっちがつれぇ。」
泣かせても手に入れる事が出来るのなら致し方ないと、2人ともがそう思っている。
「なんで俺達双子になんて生まれてきたんだろうな。」
鷹介が弱音とも聞こえるような発言をした。
それに答える言葉なんてあるわけないだろう。
僕は、黙って席を立った。



鷹介も僕も相手が自分と同じくらいを想っていることを知っている。
ここで 自分の方が・・・・と、思わないところが双子なのだろうか?
が生まれてきてからずっと、僕達の世界は彼女を中心に回っている。
には絶対に見えないところで、僕も鷹介も適当に彼女を作ったりしてみた。
でも、に何かを頼まれると、彼女よりもを優先して例え先約があってもキャンセルをした。
だからだろうか、いつもそれに呆れた彼女の方から別れようと切り出される。
「そのって子と私とどちらが大事なの?」
そう尋ねられて、「。」と答えるのだから仕方がない。



大事な幼馴染だから、妹のように可愛いからという理由じゃなくて、
僕も鷹介も『を好きだからだ。』と、気づいてからは彼女さえ作る事を止めてしまった。
あれは多分、中学卒業のころだろうと思う。
それまでは、その時フリーだったらとりあえずは受けていた申し込みも全て断るようにしていた。
その必要がなくなったからだ。
高校生になってからこの状態になっているからか、
『深山兄弟は誰とも付き合わない。』と言うのが、定説のようになっている。
鷹介は、あの明るく軽い性格のためか友人知人に囲まれてはいるが、
決して女の子と2人きりにはならない。
誤解をされるような発言や行動は避けているのが分る。
僕は、外交的な性格ではないし、友人は男のみそれも最低限必要なだけ・・・と
言うのがポリシーなので、女子生徒は寄り付かないし、寄せ付けない。
そうして、同じ高校にが入学をして来て、1学期が過ぎたという訳だ。



当日。
その日曜日は、両親は2人して出かけて行った。
あの人たちは、子供の予定を気にしない。
小さい頃はそれなりに家族で出かけたりしたものだが、
僕達が一緒に出ることを渋るようになった時点で、あきらめたらしい事ははっきりと分る。
『どうせ、2人で老後を過ごすんだから・・・。』
それが最近の母親の口癖だったりする。
だから、父親と2人第二次新婚気分で、旅行やお出掛けに忙しい。
の両親も同様のようだ。
4人で計画する事も少なくない。



都合よくいなくなってくれた両親に感謝しつつ、僕はどの部屋で話すかを迷った。
ただでも男2人に囲まれる事になる。
これまではしなかった事だろうが、僕と鷹介を男として意識した途端に
怖くなると言う事も考えられる。
僕と鷹介の部屋はベッドもあるし、それほど広くもない。
リビングが妥当だろう。
道路を挟んだ向井家から甘く優しい匂いが流れてくる。
がお菓子でも作っているのだろう。
だとすればお茶は紅茶がいいだろうと思い、キッチンでその準備をした。
季節の花で飾られているカップの中から、がお気に入りのモノを用意する。
これで飲むと普通の紅茶も2割り増しでおいしいのだと言うから、
このカップは我が家では専用として他のお客には出さないし、家族でさえ使わない。
泣かせてしまう前に、可愛い笑顔を見れたら良いと思う。
きっと暫くは、心からの笑顔なんて見られはしない。
それこそ 僕が選ばれなくて、が鷹介の恋人になったとしたら、
2度と見られなくなるかもしれないのだ。
は料理も得意でお菓子だって絶対に不味いなんてことはありえないけれど、
今までに贈ったことのない最大の賛辞で褒めてあげようと思った。



キッチンの窓からが何かトレイに乗せて道路を渡ってくるのが見える。
僕は2階にいる鷹介に声をかけた。
「鷹、が来るよ。
降りてきて玄関開けてやって。」
階段をおりながら、「ラジャー。」と鷹介が返事をした。
チャイムが鳴って、鷹介が「いらっしゃい、待ってたよ。」と、を迎え入れた声が聞こえる。
「鷹ちゃん、これ焼き立てだから美味しいと思うの。
みんなで食べようと思って。」
の可愛い声が聞こえる。
それと一緒に玄関から入ってきた風に乗って甘く香ばしい香りが、僕のいるキッチンにまで届いた。
アップルパイだろうか、シナモンの香りと林檎の香りがする。
ケーキ用の皿とフォークとナイフを出す。
紅茶のポットに沸騰しているお湯を入れてふたをすると、
それら全部をリビングへと運んだ。



トレイを置いている所へ、が鷹介と一緒に入ってきた。
鷹介からの焼いたお菓子を受け取って、切り分けて皿に盛る。
やっぱりアップルパイだった。
いつもなら何かしら話している鷹介も僕も無言だ。
ソファに腰掛けて僕達を見たが、「それで、話って何?」といきなり本題を尋ねてきた。
まあ、僕達との関係に今更遠慮などあろうはずが無い。
それに、話の内容がまさか『恋人になって欲しい』とか、
『僕と鷹介のどちらかを選んでほしい』だなんて内容だとは思っていないのだろう。



パイののった皿を差し出しながら、「まずはこれを食べてからにしよう。」と、僕が言う。
「そうだな、すげぇ旨そうだもんな。」と鷹介も同意した。
多分、僕と同じような事を考えていたに違いない。
はそれに微笑んで、「今日のは自信作なの〜。」と嬉しそうに言っている。
パイの次に紅茶のカップを差し出すと、鷹介に続いてパイをフォークで切り分け
口に入れてそしゃくした。
「うん、旨いよ。」
「本当だ、美味しいよ。」
僕達のそれぞれの感想を聞いて、パイより甘い笑顔を見せてくれる。



最後になるかもしれないその笑顔を、僕も鷹介もパイと一緒に堪能した。







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