dear child 1





まだ親父たちが若いの頃の話だ。
向かい合う家の幼馴染同士の男2人が、それぞれに結婚し伴侶を得て住み始めた。
夫同士は、幼馴染で親友と言う間柄だから、仲がいいのは当然と言えば当然だ。
そんな訳だからその妻であるお袋同士も自然に仲が良くなったというのも分る。
そんな仲の良い夫婦同士に子供が出来た。
おまけに出産予定日も近いと言うので、益々2軒の家は交流を深める事になった。



ところが、僕たちのお袋つまり深山家の妻は、
何を血迷ったのか臨月だと言うのに、回転寿司を腹いっぱいに食べた。
本人に言わせると『出産後暫くは生ものが食べられなくなると聞いて、
今の内にと思った。』んだそうだ。
母乳は母親の食事の内容で味が変わるのだと言う。
肉や生もの、インスタント食品や菓子などは、不味くなる原因だとされている。
だから、美味しい母乳のためには食べられないと思ったらしい。



まあ、赤ん坊のために母親が我慢するのは僕にも分る。
立派な行為だ。
だけど これからの我慢の前に「どか食い」を決行したお袋のことは、
どうかと思わずにはいられない。
寿司や生ものは、身体を冷やす。
それを臨月の妊婦が腹いっぱい食った。
当然のことながら良い結果が出ようはずがない。
4月に生まれるはずの赤ん坊は、3月の25日に生まれてしまった。
それが僕と弟。



僕こと深山龍介(りゅうすけ)には、双子の弟鷹介(ようすけ)がいる。
僕と鷹介は、一卵性双生児だ。
つまり、母体の中で生まれた卵子が、受精をしてから何かの影響で完全に細胞分裂をして、
1つの命だったものが2つの命を形成することになったと言う事になる。
だから 同性で似ている。



それから2週間後。
順調な妊娠生活を終えた向井家の妻は、4月8日に女の子を産んだ。
それがだ。



僕たち3人は、3歳までは何の問題もなく仲良く育った。
だが、3歳の春。
お袋の早まった行動のお陰で、僕たちは別々に過ごさなければならない事態になった。
そう、保育園の入園である。
3年保育が主流の土地柄で、満3歳になった子供は4歳になる春に保育園に入園する。



3月25日で3歳になった僕達は、4月8日に3歳になるよりも
1年早く入園することになるのだ。
あの朝の事は忘れないし、親父やお袋たちには今でも語り草になっている。
入園式の朝 一緒に保育園に行けないと知った僕と鷹介とは、
深山家のトイレに立てこもりを決行したのだ。
どんな説得にも応じなかった僕たちに、大人たちから妥協案が出されたのは言うまでもない。
保育園には、未満児保育と言うのがある。
とりあえずをそこに入れ、形だけでも3人を一緒に保育園に通わせる事にしたのだ。
僕達は、保育園でも一緒に遊んでいた。
いつも3人だ。
は未満児といっても2週間の事だ。
年少のクラスにいても何も不自由な事はなかった。
そのまま1年を一緒に過ごすうちに、僕たちなりに学年が違うと言う事を受け入れていった。
僕と鷹介が年中のクラスにあがる時には、それなりの分別がついていた。
はもう1年ちゃんと年少のクラスで過ごした。



僕に幼馴染になると言う事は、同時に兄弟で双子の弟である鷹介(ようすけ)にも
そういう存在になる。
同じ命を分け合って生まれてきた僕達は、思考も好みも似ていた。
だから、僕たちの1番は常にだった。
男友達が仲間に加わって遊んでいるときでも そこにはいつももいた。
自身に女の子の友達が出来て男の子の遊びをしなくなると、
自然に一緒に遊ぶ時間は減った。
だけど その分は男の子とか女の子とか分けなくても良い遊びを3人でした。
トランプとかボードゲームとか、小学生になると宿題になることもあった。
その時には、僕と鷹介の男友達は誘わなかった。
もいつも遊んでいる女友達は連れてこなかったし、誘わなかった。
3人で遊ぶ時は、3人だけ。
いつしかそういう暗黙の約束が出来ていた。
僕と鷹介にとっては、兄弟より近い存在だったと言ってもいい。
その気持ちは、今も変わらないつもりだ。



僕達が小学校を卒業して中学校へ入学して、も同様にその後を追って入学してきた。
は細くて小さい可愛い女の子から、
背も少しだけ伸びて身体つきも女性らしく丸みを帯びていった。
ふっくらしていた頬が綺麗なラインを描き、短かった髪が艶をたたえて風になびくようになると、
男の視線を集めるようになるのに時間はかからなかった。
もともとは、可愛かった。
それが、「女の子」から「女の人」に近づいたのだから、それは至極当然のことだった。



僕と鷹介は、小学生の時から空手道場に通っていた。
でも 中学には空手の部活が無い。
普通はそこで他のスポーツに変更するとかするのだろうが、僕達はそうしなかった。
そこで もともと読書と文章を書く事が好きだった僕は、「文芸部」へ。
PC関係が好きだった鷹介は、「パソコン部」へと入部した。
は、小さい頃から絵が上手くてイラストを得意としていたから、「美術部」へと入部した。
部活が分かれていても 僕達は仲が良い事だけは変わらなかった。
朝は一緒に登校して、夕方は一緒に下校した。
晴れた日も雨の日も、暑い日も寒い日も。
そして夏休みも冬休みも春休みも、ほとんど一緒に過ごした。
花火大会も縁日も祭りもクリスマスも正月も、家族ぐるみの付き合いと言うのは、
そういうイベントの時ほど発揮され使われた。
小学校の頃は迷子にならないようにと、3人一緒を義務付けた親たちだったが、
中学校に上がってからは「のボディガード」という事に変更された。
僕たちが、中学を卒業するまでの2年間ずっとだ。



その間、僕も鷹介も他の女の子とは付き合わなかった。
だって、を他の野郎に取られたくなかった。
3人だけの幸せな時間をどれだけでも長く持ちたかった。
もちろん、そんな僕たちに付き合っているのだから、
も僕たち以外の特定の男の子とは付き合わなかった。
いや、誰も手が出せなかったと言うのが正解かもしれない。
それほど の小学・中学時代は、僕と鷹介でいっぱいだった。



だが、どんな物語にでも始まりがあれば終わりがある。
僕と鷹介との子供時代は僕たちが高校へ進学し、
も同じ高校へと進学してきた頃終わりを迎えようとしていた。
その頃になると、3人が3人とも異性にもてるタイプだという事は、分っていた。
は本当に可愛いくて綺麗な女子高生になっていた。
笑顔が可愛くて、性格も良くて優しくて、スタイルも良いとなれば
男どもが放っておかないのも頷ける。
僕は弱い近視のため眼鏡をかけた。
意図したものではなかったが、これで よく似ていると言われる鷹介とははっきりと見分けがつく。
髪型も僕が襟足くらいの長さの短髪なのに対して、鷹介は肩につく位の長髪だ。
顔は同じでも性格も得意な事も外見も違うようになった。
鷹介は、パソコンを初めとした機械に強くて理系のプリンスと呼ばれているし、
僕は文芸部で小説を書いていて、文系のプリンスと呼ばれていたりする。
意識はしていなかったけれど、僕たちの歩く道は確実に分かれていた。
だけど、唯一2人とも変わらない事があった。

それは、僕も鷹介もが好きだということだった。

が高校生になった5月の事だった。
日曜日で、珍しく2人とも家に居た。
それは、午後からが遊びに来る予定だったからに他ならない。
16歳の高校2年生になっても、が1番だということは変わっていなかった。
ベッドに腰掛けて雑誌をめくっていた鷹介が、何気なく僕に言った。
それは、明日の天気を話すように少し先の事だけど、もう半分以上決まっているような口ぶりだった。
「龍介、俺 に交際を申し込もうと思うんだ。
もう、嫌なんだよ。
ただの幼馴染でいること。
それに、このままだとが誰かに持って行かれちまうのは、目に見えてるしな。
知ってるか? 教室で野郎どもが女の話をするとき、
必ずの名前がフリーの女の子としてあがってるんだぜ。
しかも、かなり狙っている男は多い。
確かには、フリーだからな。
だったら、俺がの彼氏になたっておかしくはないだろ?」
パソコンに向かって小説を打ち込んでいた僕は、思わず振り返って鷹介を見た。
鷹介は、雑誌から顔を上げて僕を見ていた。
悪戯を企んでいるような表情をしているが、目は笑っていなかった。



本気なんだ。
鷹介は本気で今の僕たち3人のこの状態を崩そうとしている。
その瞳に宿っている決心を見て、僕はそう思った。
「本気なんだな。」
尋ねたのではない。
確認したかっただけだ。
「僕もそろそろ限界だと思っていたよ。
だけど、は高校生になったばかりで忙しそうだったからな。
鷹介が、決心したのなら僕も腹を括るか。
そのつもりで僕に話したんだろ?」
僕の問に、「あぁ。」と鷹介は同意して見せた。



本当の事を言えば、への告白をするのに事前にわざわざ僕に言う必要なんてない。
だけど、もし僕が先に申し込む事を決心したとしても、
やっぱり鷹介には事前に話しただろうと思う。
お互いにフェアでありたいと思っているからだ。
鷹介は僕が、そして僕は鷹介が、をただの幼馴染以上に見ていることを知っているからだ。
僕達は双子だったから、小さい頃から何でも半分にしたり、交代に使ったりしてきた。
だけど今までのモノのように、は半分に分けることが出来ない。
交代に使ったりする事も出来ない。
恋人や彼氏は1人と決まっている。
の彼氏になって、彼女としてのを独占したい。
男なら誰でも好きな女の子に抱く感情を、僕も鷹介もに抱いていた。
だから、鷹介は僕に話してくれたんだろう。



「で、どうする?」
鷹介は僕に今後の事を尋ねた。
「別々に告白するか、それとも 同時にするかが問題だな。
俺はどっちでもいいから、龍介が決めてくれよ。
そういう人間的なことはお前の方が得意だろ?」
鷹介は、そう言って僕に決断をゆだねてきた。
「そうだな。」と、僕も返事をしてどうするのが最善の方法かをシュミレートする。
双子だからという訳ではないが、僕達はより得意な方がそれを分担するという事を、
自然に受け入れている。
原案を立てると、それを片方に話して意見を言い合い、もっと綿密で正確な計画を立てるのだ。



僕が腕を組んで考えをまとめる間、鷹介は黙って待っていた。
色々なパターンを考えた結果、これがいいだろうと思ったことを口にする。
「告白するのは一緒がいいだろう。
片方づつでは最初に告白をするほうが不利になる。
がそこにいない片方に遠慮したり心配したりして、気持ちとは逆に断る事もありえるからな。
だから 返事を聞くのは別々の方がに精神的負担は少ない。
僕たち2人を目の前にしては、本当の事を言えないだろう。
どうだ?」
僕の言葉に鷹介はただ頷いた。
「で、いつ言うつもりだ?」
既にその位は考えているのだろうと、話を振る。
「夏休み前が良いと思う。
少なくとも振られた方は、1ヵ月半の間から遠ざかれるし、
その間に気持ちの整理をつけることも出来るだろ?
だって、そう方がいいだろうしな。」
鷹介は僕の問に間髪を入れずに返してきた。
「じゃあ、期末の後だな。」
僕もその案には反対ではなかったので、時期を指定する。



僕も鷹介も苦手科目はあるものの、決して順位を10番以下に下げた事はない。
その僕たちがそれぞれの得意科目を面倒見ているので、
は常に5番以内をキープしている。
才色兼備と言われるのはちゃんと実力が伴っているからだ。
「じゃあ、それまでは抜け駆け禁止な。」
鷹介が、ニヤリと笑って僕に釘をさしてきた。
「そっちこそ。」
僕も出来るだけクールに見えるように笑って切り返す。
そしてそれまで続けていた読書と、パソコンへの打ち込みに事に戻った。



窓から見える梅雨の晴れ間の空は、綺麗に晴れて雲もなかった。
もうすぐ来る夏の匂いがするような気がした。






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