night of a party 2





残された私と鷹介でメニューを決める事になる。
「鷹介は?」そう尋ねると、「俺もと一緒でいいよ。」と笑っている。
「で、なんにするの?」今度は私が尋ねられる。
「一応ちゃんとした食事がいいだろうけれど、重いものは避けたい気分だろうから
お寿司なんてどうかな?
ちゃんとご飯だしお腹に合わせて食べられるでしょ?」
メニューの和食の所を指差すと、横から覗いていた鷹介が「じゃ俺2人前ね。」と言った。
若い男性が普通のお寿司の1人前で足りるはずが無いことは、
今までの付き合いで充分知っている。
「だったら、このパーティー寿司5人前というのでいいかな・・・・。」
少し下に書いてあるそれを指差すと、「そのくらいは必要かもな。」と同意してくれた。
メニューを片手に電話の受話器を上げると、指定された番号のボタンを押して応答を待つ。
オペレーターにオーダーを伝えて切ると、お寿司に欠かせないお茶を淹れるための
お湯を沸かす用意をしてコンセントを差し込んだ。
「私もお風呂に入ってくるね。
お寿司は40分はかかるって言ってたから、龍介と交代するときに伝えておいてね。
それから、一緒に食べるから待ってて。」
自分にあてがわれた部屋へと歩きながら鷹介にそう話す。
「了解でっす。」と鷹介はソファに座ったまま片手を上げて合図をしてくれた。



まず浴室に入って、バスタブにお湯をはる。
少し温めに設定しておいて、持参したバスジェルを入れると少しづつ泡が立つ。
それを見届けておいて、荷物の中からドレス用の下着と靴やアクセサリーを取り出して、
クィーンサイズのベッドの上に並べた。
最後にドレスをカバーから出して広げた。
これを買いに出かけたときのことを思い出して、思わず頬が緩む。
龍介と鷹介の2人は、ドレスを買いに出かけると知ると自分たちが見立てると言い出して
自分の辞退する声を無視して付いてきたのだ。
ファッションにはうるさくて女性のブランドにも詳しい鷹介の意見のもと連れて行かれた店は、
普段は決して入ることもないような高級店だった。
物怖じしない2人は、その中から何点かを店員に見繕わせると、
に試着するように言ってその中から選んだのがこのドレスだ。



ピーチピンクのシルクシフォンを何枚も重ねることによって透けないようになっているが、
1枚1枚を手に取ると向こうが好けるような薄い生地だ。
ドレスはシンプルなキャミソールワンピースのタイプで、シルエットはAライン、
丈はふくらはぎ中ほどまでだ。
重ねられた1枚づつの裾が様々な形にカットされているので、
歩くたびに風になびくように揺れ動く。
胸元に飾りはなくストラップに同色のピーチピンクのビーズが
縫いとめられて光るようになっていて、それがそのドレスの唯一の飾りだ。
アクセサリーは、パールの1粒のペンダントヘッドをシルクの細いリボンに通したモノを
チョーカーのように首につけることにした。
2人は他に何もつけなくていいと言い張るので、その通りにした。
2人の意見が割れたときには、選択権はにゆだねられる事が多いが
意見の一致を見ると、100%の確率でそうするようにさせられる。
自分より自分に似合うものや似合わないものを知っている彼氏たち
と言うのもどうかと思うが、生まれた時からの付き合いなのだから
当然かもしれないと、は思った。



勢いのいいお湯は5分ほどで湯船にたまり、ホテルのバスローブを用意しておいて
泡で表面が見えないお風呂にゆっくりと浸かった。
昨夜念入りに塗ったドレスに合わせたマニキュアとペディキュアを確認する。
何処も欠けていないのを見て安心すると、シャンプーをして身体も洗った。
香りを統一しておく。
お揃いのコロンもあるのでいつも使っているのだが、今回のドレスにぴったりなのだ。
と言うよりも この香りをいつも嗅いでいる2人のイメージでドレスが選ばれたのだろう。
シャワーで綺麗に石鹸を流して、バスタオルで水気を取りローブを着て、
髪をタオルでターバンのように包むと、浴室から出た。
換気扇をかけているとはいえ湿気の充満した浴室から出ると、
ベッドルームの乾いた空気はほっとさせるものがあった。
リビングルームの方から「、お寿司きてるから食べよう。」と、鷹介の声が聞こえる。
「うん、でもまだ着替えてないの。ちょっと待ってて。」
いくら幼馴染とはいえ、女の子が湯上りのままでは出て行けない。
髪を先に乾かすか、それとも着てきた服を着ようか迷う。
「大丈夫だって、俺たちもバスローブだから遠慮する事ないよ。」
いきなり後で声が聞こえて、手を取られるとグイグイ引っ張られて
リビングへと連れられていった。



そう言われて見れば、ソファの龍介も連れて来てくれた鷹介もバスローブ姿だった。
さすがにタオルターバンはしていないけれど、2人とも格好良い。
「だって私、文字通り湯上りなんだよ。
顔だってほてって赤いし、恥かしいじゃない。」
龍介が差し出してくれた、ミネラルウォーターのペットボトルを受け取って答える。
「そんなこと今更だろう。
もっと恥かしい顔とか姿とか見てるんだ気にするな。」
龍介がそう言うと、鷹介も「そうそう。」と相槌を打つ。
こんな時ばっかり共同戦線を張らなくてもいいとおもうけど・・・・。
冷たく冷やされた水を飲んで、熱は少し奪われたはずなのに、
頬は先ほどよりも熱を持ったような気がした。



さすがに高級ホテル内の老舗分店のお寿司屋さんのは美味しかった。
龍介もお風呂に入って緊張が取れたのか、よく食べていた。
3人で5人前のお寿司はちょっと足りないくらいだった。
鷹介の食べっぷりに、少し遠慮しておくことにした。
時計を見ると5時を指していた。
男の人の簡単な支度と違って、女の子はそれこそやる事が限りなくある。
それに、少し早めに部屋を出る必要があるのだ。
そのことを考えて、私は食後早々に席を立った。
「控え室には6時半頃までに行けばいいんでしょ?」
龍介に確認を取る。
「あぁ、それで良いと聞いているよ。」
「じゃ、6時に此処を出てちょっと行きたいところがあるの。
このホテルの中だから、大丈夫だと思うし。いい?」
私からの誘いを断らないとは知っていても、ちゃんと尋ねないと不安になる。
「もちろん、姫のお誘いを断る訳ないだろう。」
まだ取り皿に取ったお寿司を食べている鷹介が口いっぱいで答えないので、
龍介がそう言ってくれた。
隣で鷹介は指でOKを出している。
「じゃ、6時に。」
そう言って、部屋に戻って支度を始めた。



まず髪の毛を乾かし、丁寧にブローする。
ストレートな髪は、脇の下辺りまである。
最近はほとんどの女性が髪を染めているのに、私のは黒いままだ。
2人の好みが反映されている事は言うまでもない。
艶が出るようにと、髪に煙草や余計な匂いがつかないための
ヘアコロン兼コートをスプレーする。
猪毛ブラシでスプレー剤を髪に満遍なくゆきわたらせ艶出しをした後、
つげの荒歯櫛で全体を整えて終わりだ。
ローブを脱いで下着をつける。
ストラップレスのブラにシルクのショーツは共にピンクだ。
届けられたドレスの箱に入っていた。
男の癖にこんな所まで気が回ってしまう2人が憎い。
でも2人が此処まで気を使うのは、他の女性ではないだけに嬉しいと思う。
ドレスを着て背中のファスナーを上げようとしていたが手が届かない。
ファスナーの一番上には金具だってある。
あきらめたようなため息を吐き出して、「後でやってもらおっと。」とそこはそのままにした。
ミュールとバックはそのままに、ドレッサーに向かって座ると基礎化粧から始める。
今日は化粧崩れなんか起こしたくなくて、ゆっくりと丁寧に一つ一つを顔に施す。
ここは腐っても芸大の美術学部デザイン科の学生だ。
土台はともかく綺麗に仕上げる事には自信がある。
普段はあまり手を加えるような化粧はしないが、
今夜は誰よりも綺麗でいたいとは思った。



ファンデーションを終わって、パウダーをはたくと瞼にアイシャドーを何色か重ねる。
ラインを入れてビューラーで睫毛を整えると、ウォータープルーフのマスカラをつけた。
薄くチークを額と頬に入れて影を作り、ピンク系のグロスを唇に乗せる。
全体を見るために鏡から少し離れて見た。
いつもより明らかに濃い化粧だ。
グロスもこの日のために濃い色を買っておいたので、それを着けた。
パーティーや夜のための化粧だとは自分の顔を見て思った。



6時10分前。
ようやく全ての化粧が終わった。
アトマイザーに入れて来たシャンプーやボディソープとお揃いのピーチのコロンを、
両足の足首に吹き付けた。
小さいパーティー用のバックにパウダーのコンパクトとグロスだけを入れて中身を確認する。
他にはティッシュとハンカチ、お財布しか入らない。
ミュールに足を入れて視界を5センチ高くする。
リビングに出ると、そこには既にスーツに着替えた2人がソファでくつろいでいた。
2人はに気づくとソファから立ち上がって迎えてくれた。
この辺はいつも凄く紳士的だ。
「綺麗だ。」
「凄く良く似合ってるよ。」
それぞれに賛辞の言葉を口にしてくれて、鷹介が手を差し出す。
その手を取ると引き寄せられた。
龍介に背中を向ける格好となったのを幸いに、
「龍介、ファスナーと金具をお願い。」と頼むと、前で鷹介が渋い顔をした。
「後ろの方が役得って事もあるんだ。
こんなチャンスめったにないのに・・・・。」悔しそうにぶつぶつ言う。
「だから、鷹はいつも短絡的過ぎるって教えてやってるじゃないか。」
背中に流してある髪を横に避けて、途中まで上がっているファスナーを上げると
金具も丁寧に止めて龍介が嬉しそうにつぶやく。
あらわになった背中にキスをすると、髪を元のように戻して手ぐしで整えてくれた。



「では、出かけましょうか?」
鷹介がいつものように左側に立ち右腕を差し出すと、龍介も右側に立ち左腕を差し出した。
バックは持ち手を手首にブレスレットのようにはめるように出来ているので、
手は空いているから大丈夫だ。
それでも鷹介がバックの位置に気を使ってくれて、私は2人にエスコートをされて歩き出す。
ドアから出たところで「何処に行くって?」と龍介が尋ねた。
「写真室を予約してあるの。
だって、龍介の著者近影酷いんだもん。
それに3人で撮ったスナップじゃない写真ここの所ないでしょ・・・・だから・・・・」
鷹介は嫌がらないと知っているけど、龍介はあまり写真とか撮られる事が好きではない。
でも 2人に囲まれるのもそれほど長いことではないかもしれないと思うと、
記念にどうしても欲しかった。
だって、2人とも凄くもてる。
なにも2人して私を相手にする必要なんてないのだ。
もし、どちらかがその気になれば、すぐに他の相手が見つかるだろう。
高校1年の夏に告白されて、ちゃんと付き合うようになったのは高校2年になってからだ。
あれから3年半、いまだに2人とも今のままで良いとは言うけれど、
何時まで続くかなんて保証はない。
「まあ、のわがままなんて珍しいからな。」そう言って龍介は歩きだす。
私がわがままを言う事は確かに珍しい。
だって、その必要が無いくらい2人は私を甘やかすからだ。



間もなく着いた写真室で、それぞれが1人でのポートレートと
3人での集合写真を撮ってもらった。
鷹介のポートレートは2枚。
私と龍介のは3枚づつ。
集合写真も3枚オーダーして置く。
これで 私の高校卒業式に撮って以来、2年ぶりにスナップじゃない写真が手に入る。
廊下に出て「ありがとう。」と礼を言えば、「姫の御心のままに。」と
鷹介が茶目っ気たっぷりで胸に手を当てて大げさに答えた。





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