night of a party 1 目の前のベッドの上には今夜着るドレスが広げられていた。 それに目を落として、その美しさに思わず目を細める。 ドレスの横には、ミュールタイプのドレスに合わせた靴とチョーカータイプのネックアクセが置かれている。 もうすぐ20歳という年齢を考えれば、決して似合わないということはないが、金額は分不相応にかかった品物ばかりだ。 それをこれから身にまとうかと思うと、正直に言って嬉しい。 差し出されて喜ばない女の子なんていないとさえ思う。 でも それと同時にこれからの時間を考えると、は軽い溜息を吐いた。 本来なら、今夜のパーティーには自分は出る必要が無い。 ただの幼馴染だったら、お祝いを口で言って家の前で出かける2人を見送ればそれで終わりだろう。 もし今のような関係じゃなかったとしても、龍介がそんな事を許すはずないのを分っているので、この話を聞かされたときにも予定についてもは黙って従った。 深山龍介が中学生の頃から作家を目指して文章を書いていることは、幼馴染である向井はよく知っていた。 彼がそれを口にしたのはいつのことだっただろう。 かなり小さい頃のことだったはずだ。 口にしたときの子供の声とその顔をは今でも覚えているが、少なくとも『子供』だった事だけは確かだ。 それから龍介は、やたらと本を読む子になった。 何時でも何処でも、彼が本を持っていないことなどなかった。 とあるテーマパークにさえ持参していた時には、鷹介と一緒に大笑いしたものだ。 高校でも文芸部のホープとして彼の書く小説は、校内で人気の的だったし、彼だけの小説が良く売れるので有名だった。 龍介が個人的に書く話には、が必ず挿絵やカバーイラストを描いていたから、話の内容も全て覚えている。 作家デビューという夢は、文章を書く者なら誰でも一度は持つ夢だ。 それを現実に叶える人間は少ないだろう。 ただデビューするのではなく、それで食べていくとか有名な賞を受賞するとかとなると、もっと難しいのは想像がつく。 それなのに、龍介はその高いハードルを難なくクリアしてしまった。 しかも大学3年なのだから世論を騒がすのも無理はないだろう。 「これだけ長く書いているのに、新人賞もらっちゃったよ。」と、龍介はに笑った。 龍介なりの照れ隠しだ。 普段は絶対にそんなものを取り上げようとしない女性雑誌でさえ、何らかの記事を載せている。 現役T大3年生が、文壇デビューというだけでも充分に話題になるのに、本人は長身で痩身で甘いマスクときているのだ。 放ってはおかないだろう。 おまけに、昨年同じT大2年でゲームクリエイターとして注目を浴びた深山鷹介の双子の兄となれば、話題性としても充分に魅力的だ。 イケメンの上に頭脳明晰、おまけにお金持ちと来れば世のお嬢様方の的にされるのも分る。 彼氏にしたい男と思われても当然だろう。 ところが、肝心の2人は言い寄ってくる綺麗な女性には少しもなびかない。 鷹介は感受しているように見せかけて適当にあしらう、それでもしつこい人には毒を含んだ笑顔で何事かを耳元で囁いては追い払う。 が何を言っているのかと尋ねたら、、横から龍介が「聞かない方がいいぞ。」と、珍しく止めに入った。 龍介が止めるほど凄い事を言っているのだろうか? マジマジと鷹介を見ると、「大丈夫だって、本当にやったら警察に捕まっちゃうからね。」と、肩をすくめて笑って見せた。 一方の龍介は最初から冷たい言葉と態度で対応する。 それでもめげない女性には、徹底的に無視をする。 たいてい自分に自信があるからこそ言い寄ってくる女性ばかりなので、龍介のその無視する態度には我慢が出来ないらしい。 『自惚れるのもいい加減にしなさいよ。』なんていう捨て台詞を残して去るのだそうだ。 しかも「若いと言うだけで中身のない頭と夜遊びと煙草で荒れた肌を化粧で隠してさ、胸がでかいだけの身体を押し付けられたって、勃つことなんかないって。 おまけに捨て台詞もみ〜んな一緒でさ、ワンパターンもいいとこ。」と、めちゃくちゃ嫌そうに言い捨てる。 いや、普通はそれでも据え膳を食うのが男と言うものだと、は聞いていて思った。 龍介と鷹介が男としての機能上問題があるのかといえば、答えはNOだ。 それは自分が一番良く知っている。 他に男の人を知っている訳ではないが、2人のタフさとテクニックならその女性たちを全部落とした後でも自分と出来るだろう。 しかも それを自分には悟らせないだけの自制心と演技力が2人にはある。 多分、龍介と鷹介がその気になったら、浮気をしても自分には判らないだろうとは思った。 受賞パーティーの会場となるこのホテルは、都内でも有名な高級ホテルである。 芸能人の結婚式とかどこかの国の元首や王室関係者が泊まったりするたびにTVでその遠景やエントランスが何度も放送され見た事がある。 名前を言えば、誰もが思い浮かぶような所だ。 もちろん、受賞者である龍介には個人的な控え室も用意されているのだが、それを断って龍介は事もあろうにスィートルームをおさえたのだ。 パーティーは午後7時からの予定だ。 それでも3人は鷹介の車と運転で件のホテルに午後3時にはチェックインした。 「泊まりだからな。 それなりの準備をして置けよ。」と龍介が事前に言ってくれていたので、衣類や下着の替えと化粧品などをバックに詰めて用意した。 ほぼ、一泊のお泊りと同じ用意だ。 その他に、今夜のパーティーの用意もしてその荷物もある。 3人がそれぞれに荷物があったので、案内してくれるベルボーイは小さいカートにそれらを載せてフロントからエレベーターへといざなってくれた。 龍介と鷹介は手ぶらだし、自分も小ぶりのリュックを背負っていて同じだ。 両手を開けていなければならないと言う事はないけれど、私はいつもそうしている。 同時に龍介と鷹介の2人と手をつなげないからだ。 両手に花とはよく言うけれど、それは男性視点に女性を花に見立てている言葉だろう。 逆の場合はなんて言うのかな? 時々そんな事を考える。 エレベーターに乗ると、ボーイさんは入り口付近の操作盤の前に陣取ってくれた。 鷹介を先頭に私、次に龍介が箱へと乗り込む。 口数が少ない龍介はいつも黙っている事が多いので、こんな時は鷹介と会話している事が多い。 今夜のパーティーの前に少し食事を取っておいたほうがいいだろうと、私はそのことを2人に提案した。 立食で授賞式も兼ねているのだし、主役の龍介が食事をしている暇などないだろう。 そう思ってのことだ。 「そうだな、ホテル内にレストランもあるから軽く食べとこうか。」 鷹介はいつものようにすぐに同意してくれる。 「今日はルームサービスにしておいてくれ。」 鷹介と反対側に立つ龍介は、珍しくそう要求を出した。 鷹介と私は顔を見合わせた後、龍介を見た。 「関係者がうようよいるところへ出て行きたくない。報道関係も結構来るって担当さんから聞いてるし・・・。」 歯切れは悪いもののちゃんと説明をするところは、龍介らしい。 「それで、いいよ。ね?」 鷹介の顔を見上げて同意を求めれば、「OK。」と了承の言葉が聞こえた。 さすがにスィート、エレベーターはなかなか目的の階につかない。 鷹介と私は何を食べるかについて、楽しく意見交換をする。 龍介の嗜好は充分に知り尽くしているので、彼が食べられないようなモノは選ばない。 もっとも 龍介が嫌いなものは鷹介も嫌いだから心配はない。 そんなところはやっぱり双子だからかなと思う。 不意に龍介が腕を伸ばして腰を抱いてきた。 その手の動きには、いやらしさは少しも感じられない。 いつもより手に熱があるように感じられるのは、緊張しているからだろうか? 他の人には絶対に気取らせもしないが、こうして私と鷹介には弱い所も隠さない。 そんなところがとても嬉しい。 腰に置かれた手に少しだけ驚いて、眉毛がピクッと跳ね上がった。 すぐに笑顔になった私に鷹介が気づいて、目だけでどうしたの?と尋ねてくれた。 こういう小さい反応は、鷹介の方が良く気づいてくれる。 私も視線だけで龍介の手が置かれている場所を指し示す。 クスッと笑うと、すぐに自分も手をつないでくる。 指と指を交差させて、絡めあうと肘のあたりまで腕が密着した。 ポーンとエレベーターのチャイムが鳴って、目的の階への到着を知らせた。 ドアが静かに開いて「どうぞ、此方です。」とボーイがドアを押さえてくれた。 乗った順番とは逆に龍介から降りた。 2人とも手を離してくれない。 そのままの状態でボーイが降りてくるのを待つ。 カードキーのナンバーを確かめると、カートを押してボーイが歩き始めた。 こんな大きいホテルだからこそ可能なのだろうが、広い廊下に3人が並んで歩く。 部屋の前に着くとカードキーでロックを解除しドアを開けてくれた。 さすがに、此処では3人並んでは入れるはずもなく。 仕方なくといった感じで、鷹介が手を離した。 どうやら今日は龍介に花を持たせるつもりらしい。 必然的にボーイの相手も鷹介の担当になった。 部屋の簡単な説明を聞いて、チップを渡している。 荷物はセミダブルのツインベッドの部屋に自分たちのモノを入れてくれるように指示を出し、もう一方のクィーンサイズのベッドの部屋に私のモノを入れてくれたようだ。 その間、龍介は私の腰を抱いたまま窓辺で外を見ていた。 背中越しにバタンとドアが閉まる音が聞こえると、片手でだけ抱いていた手をもう1本増やして両手にして私の腰を抱き寄せながら自分の方へむくようにした。 「少し緊張してるの?」 笑顔で優しく問いかける。 「らしくないか?」 少し拗ねたように視線を外に向けたがそれでも抱いた手は離れなかった。 「無理ないよ、大きい賞なんだし人も報道陣も沢山来るんでしょ? 龍介は、人が居るところというよりも注目される事が好きじゃないもんね。」 何もしていなかった手を、龍介の胸元に軽く当てた。 「あぁ。」と返事をしながら腰に回した腕に力を入れて抱き寄せられる。 その力にあがらうことなく身を任せる。 「こうしていると落ち着けるよ。」 龍介の言葉が髪に寄せた頬越しに感じられる。 片頬を胸に当てるようにして抱かれている私の背中から、リュックが外される。 そんな事をするのはもちろん鷹介しかしない。 優しくリュックを下ろしてすぐそばのテーブルに置いてくれる。 そうして、龍介に抱かれている背後から鷹介も腰に手を回して抱いてくれる。 空いている頬の方の肩に眉目秀麗な顔を乗せて、私と目が合うと頬に軽くリップノイズをたててキスを落とした。 私が嫌がる素振りを見せないので、そのまま 唇にもキスをする。 啄ばむように何度も繰り返して離れていくと、それを待っていたかのように龍介が顎に手を掛けて軽く上を向かせてきた。 今度は、龍介とキスをする。 泣いた後で落ち着かせるように、軽い触れるだけのキスを何度も唇に落とす。 落ち着きたいのは私よりも龍介なのだろう。 キスが深くなりそうな気配を感じて、私から離れた。 「お風呂に入って着替えてお化粧もするんだし、パーティーに出る前に何か食べるんでしょ?だったら、時間が無いよ。2人とも放してね。」 笑顔でお願いすれば、2人とも渋々という感じではあるものの前後からの抱擁を解いた。 サイドボードの上にあったホテルの資料に手を伸ばして、ルームサービスのメニューを出す。 部屋の真ん中にある応接セットのL字型のソファに腰掛けると、 2人も両脇に腰を下ろしてメニューを覗き込んできた。 「何にする?今頼んでもすぐには来ないからお風呂の後でというところかな。今はお酒は駄目よ。」 ざっと目を通して自分のオーダーを決めると、脇の2人に釘を刺す。 「ん、分ってる。僕はと同じものでいいよ。その方が早く来るだろうし・・・・。」 龍介はそう言って立ち上がると「先に風呂使うぞ。」と 鷹介に言い置いてツインベッドの部屋に消えた。 |