ブランコが記念品? 3
その週末。
私は彼のアパートの最寄の公園に、倉田君を呼び出した。
携帯番号やメールアドレスなんて知らないから、唯一知っている彼のアパートのポストに、手紙を直接投函した。
偶然だけれど、私と彼のアパートは割と近かった。
選んだ時間は、なんとなく夕方5時。
その時間だと公園には子供の姿はあまり無いから、いいんじゃないかと漠然と思った。
約束の20分前に公園に着く。
小さいけれど整備されていて、いい感じの公園だと思う。
ベンチに座って大人しくしていようと考えていたけれど、目に入ったブランコが空いていて、誘惑に負けた。
何年ぶりかで乗るブランコは、その揺れのせいか私を落ち着かせてくれた。
思いのほか楽しくて時間を忘れて漕いだ。
「隣空いてる?」
そう声をかけられて、そちらを見ると倉田君がニコニコしながら立っていた。
「あっ、どうぞ。」
揺れているブランコに乗ったままそう応えた。
急には止まれないから仕方がないけれど、なんとなくばつが悪い。
子供っぽいと思われたかな。
そんな杞憂が頭の隅を掠めた。
でも、これからする返事の内容を考えれば、かえって私の素の姿を知ってもらうことは大事じゃないかと思い直す。
ブランコに誘惑されて楽しんでしまう私も私の一部には違いない。
これで幻滅される位なら、これから先のことなんて望めない。
「待たせたかな?」
揺れが重なって横になった時に、彼が少し心配そうに尋ねてきた。
「ううん、そんなことないよ。
ただ、偶然空いていたから乗ってただけ。
ブランコなんて何年振りかな。
久しぶりに楽しくって。
だから、気づかなくてごめんなさい。」
ブランコに乗ったまま軽く頭を下げて謝った。
「気にしないで。
責めたつもりじゃないし。
僕が少し遅くなったのは、真由さんが楽しそうにブランコに乗っているのを、
見ていただけだから。」
顔の前で手をひらひらと振って、倉田君はなんだかうれしそうだ。
「私がブランコに乗っているところが、そんなに面白かったの?」
人が楽しそうにしているのを見て、馬鹿にしていたんだろうか?
そんな疑問がわいたので、少し怒った声音で問いただす。
「ちっ、違うよ。
そういうつもりじゃなくって、ただ楽しそうだなぁって、
とってもいい顔して乗ってたから・・・。」
飼い主に怒られた愛犬のようにシュンとして、
もし耳でもついていたら、きっとペタンとしているんじゃないかと思った。
「うん、それならいいよ。」
そんなつもりじゃなかったけれど、まるで子供の口調だ。
ほっとした彼が、隣のブランコをさらにこぐ。
何か話すのが本当なんだろうけれど、その為に呼び出したのに、話しかけることが出来なくて、そのままブランコに乗っていた。
倉田君も何も言わずにまっすぐ前を見てこいでいる。
いい男はブランコに乗っていてもやっぱりいい男で、
私がこれから話そうと思っていることをそのまま伝えたら、
このいい男は私の彼氏になるんだ。
そう思ったら、なんだか本当にそれでいいのか分からなくなった。
急に分不相応な気がしだした。
倉田君の思いに対して、私のはあまりにもいい加減だし、つりあってないように思う。
付き合うつもりで返事を用意してきたけれど、こんな気持ちじゃ申し訳ないと思い始めた。
だったら、予定していた返事ではなくて、きちんと断った方がいいだろう。
例え、私が断ったとしても、彼にはたくさんの彼女候補がいるんだから、すぐに新しい彼女候補が見つけるに違いない。
そう思ったら、早くそれを彼に告げて、ここから立ち去ろう。
そう思った。
ブランコを止めて、倉田君を見る。
彼もその視線に気づいて、ブランコをゆるゆると止めた。
キィキィと鳴っていた金具が静かになって、公園には夕方の静けさが戻った。
「倉田君、この間の返事だけれど・・・。」
「待って。
その顔だと僕の欲しい返事じゃないみたいだ。
さっき、ここへ来たときとはちょっと違う顔になってる。
どうして、気持ちを変えたの?
大の男がブランコに興じたのが、返事を変えた理由かな?
子供っぽい僕に失望した?」
私の言葉を止めた彼の顔は、ブランコをこいでいた時とは違って、寂しそうな笑顔になっていた。
言葉が思いつかなくて、首を横にだけ振った。
「じゃ、どうして?
最初から断るつもりだったの?
そんな風には見えなかったけれど・・・。
お願いだから、正直に言ってくれないか。」
彼の真摯な言葉に、私は正直に言おうと思った。
真っ直ぐにぶつかってくれているのに、逃げたら卑怯な気がする。
「確かに、倉田君が言うとおり、ここに来た時にはOKの返事を
しようと思っていたの。
でも、考えてみたら、私の今の気持ちじゃ倉田君の気持ちにはとても応えられないと思って・・・。
私と付き合ってもきっと失望するよ。
だから・・・。」
「それって、僕の気持ちが本物で真剣だって分かってくれているって、ことだよね。
うん、だったら余計に断らないで欲しいんだ。
初めから僕と同じだけ思いを返そうとなんてしなくてもいいんだ。
少しずつでいいから僕を好きになってくれれば、それでいいから。
僕の気持ちを受け止めて。」
ブランコから降りて立ち上がった倉田君が、私の前に立って手を差し出してくれた。
彼の顔とその差し出された手を交互に見る。
わずかに頷いて微笑んでくれた倉田君の手に、自分の手を預けた。
ふわりと包まれて立ち上がるのを助けるように引かれた。
その勢いのままに、彼は私をグィッと引っ張って腕に閉じ込めた。
「倉田君?」
身体を引こうとしたら、腕に力が加わって逃げられない。
「瑠王(るおう)。
僕の名前、瑠王って言うんだ。
だから、真由さんにはそっちで呼んで欲しいんだ。
気持ちの大きさや重さなんて、同じじゃ無くてもいいよ。
だって真由さんが僕を好きになってくれても、僕はそれよりももっともっと好きになっているからね。
きっといつまで経っても追いつきゃしないと思うんだ。」
「でも・・・。」
「僕のこと嫌い?」
「ううん。そんなこと無い。
むしろ、好きな方だと思うけど・・。」
「だったら、付き合ってよ。
もっと好きになってくれたらいいんだから・・・ね?
付き合ってみて、駄目だったら僕もあきらめるからさ。
あぁ、でも、付き合ったら最後放せなくなるかも・・・。」
大げさに嘆いて見せる彼が面白くって、クスッと笑ってしまった。
「うん、やっぱり真由さんは笑ってた方が可愛いね。
僕の隣でそうやって笑って欲しいんだ。
ね、真由さん。」
少しだけ身体を離して覗き込まれる。
否とは言えない押しの強さは、彼の気持ちの強さだろうか。
「そんなにまで言ってくれるのなら、お願いします。」
「うん、お願いされます。」
「きゃっ。」
突然に抱かれたままでクルクルと回された。
倉田君の顔を見れば、子供のように無邪気に笑っている。
私と目が合うと、さらににっこり微笑んでくれた。
目がまわりそうになる前に何とか回転するのは止めてくれた。
「もうっ、びっくりするでしょ。」
「ごめんごめん、あまりに嬉しくって・・・ついね。」
絶対、悪かったなんて思ってないような口ぶりでニコニコしている。
「じゃ、彼氏の役目として、真由さんを部屋まで送らせて。」
抱擁を解いて改めて差し出された彼の手。
見上げれば「さあ、お手をどうぞ。」と、芝居がかった口調で微笑む。
「では、お願いします。」
差し出した手は、さっきと同じように優しく包まれた。
公園を出て、アパートまでの道を歩く。
「真由さん、また一緒にブランコ乗ろう。
あのブランコは、僕たちにとって記念品になっちゃったからさ。
今度は真由さんを乗せて僕がこぐよ。」
楽しそうに告げてくれた約束に、私はコクンと頷いた。
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2006.07.20up
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