アールグレイな午後 2



「なぁ、上松。あの子はもうものにした?」
隣の席に座ってさっきコーヒーに砂糖を2杯も入れた甘党なダチが、にやついた顔を隠そうともしないで尋ねてきた。
砂糖の取りすぎで、頭の中まで甘くなってんじゃないか。
答えたくもねぇ。
それが正直な気持ちだ。
殺気をこめた視線でにらんでやる。
「おぉこわっ。そんな目でにらまなくてもいいジャン。だってさ、毎日講義後にはお茶してんだろ?」
「誰に聞いた?」
「誰って・・・」
こっちを見て目が合ったダチが、それ以上答えるのを戸惑った。
「誰に聞いたと聞いてるんだぞ。」
「あぁ、えっと・・・噂になってるんだ。あの上松銀平が、1年生の女の子と毎日お茶してるって。
しかも、植松の方が惚れて口説いてるって。だから、もうとっくに落としてると思って当然だろ?」
そいつの能天気な発言に怒鳴りたくなったが、グッとそれを抑えた。
まったく、噂もこいつの頭の中もいい加減なものだ。



だけど、そこまで噂になっているのなら、可奈だってそろそろ返事を言ってくれてもいい頃だと思う。
俺の気持ちは最初に伝えているんだから。
『上松さんの事を知ってからお返事させてください。そうでなきゃ、今ここでお断りします。』って言うからさ、すぐにでも彼女としてそばに居て欲しかったのを、我慢したんだ。
俺の気持ちだけを押し付けて、やりたいようにやるだけなら他の女でもいい。
けれど、そうじゃないんだ。
可奈が自ら望んで、俺と一緒にいたいと思ってくれないと。
それが俺の望みなんだから・・・。
金と権力があって、背が高くて頭が切れて顔もいい。
そんな風に言われる俺は、望んでいなくても綺麗な女が寄ってくる。
でも、そんな女達は俺を高級なアクセサリーくらいに思っていることも知っている。
連れて歩いて、貢物をさせ、着飾った自分を更に輝かせるアイテム。
俺自身を愛したり、好きでいるわけじゃないと気づいたのは、20才前なんだから自分でちょっと気の毒に思うくらいだ。



それからは、物欲や玉の輿狙いの女は、ひたすら絶対にお断りの日々。
本当に惚れた相手が見つかるまでは・・・と、思っていた。
だからだろう、逆に女の子の友人は増えた。
それは、俺同様に有り余る物を持っているやつが多かった。
だからこそ、俺の気持ちを分かってくれると言うか、男と女になろうとしないというか・・・。
ひたすらに友達な訳で、お互いに恋の悩みの相談などもしたりした。
だから、俺が可奈に惚れていることは、ダチたちはみんな知っていて、協力したり冷やかしたりしてくれる。
ありがたいような、ありがたくないような・・・。



腕時計を見て、俺は椅子を立ち上がった。
「わりぃけど、今日は着いて来ないでくれ。そろそろもう一押ししたいし・・・。」
冷やかそうと思って構えていた同じテーブルの数人が、黙って頷いた。
なんだかんだ言っても、そこはやっぱり友達だ。
俺の気持ちを優先してくれる。
そんな訳で、今日こそは決めてやる気満々で、可奈の講義の終わる頃を見計らって、こうして教室のある校舎の出口付近で待つことにした。
出てきた可奈は、俺を探しているのか周りを見ている。
午後のお茶に誘うようになってから、2週間ほど。
彼女もすっかり俺に馴染んできたらしい。
俺が分かるようにと軽く手を上げると、すぐに気づいた可奈が駆け寄ってきた。
はにかんだような笑顔は、小動物の可愛さを持っていて、何度見ても飽きる事がない。



「ごめんなさい、お待たせしてしまって・・・。いつものところですか?」
「いや。今日は、違うところへ行くか。可奈が好きな店でもいいし、お勧めなところでもいいし。」
彼女がリラックスできる店でなら、よりいい返事が聞けるかもしれないなんて、存外、俺も可愛いところがあるもんだと、自分をそんな風に客観的に思うのも面白い。
ダチのやつらが俺の行動を気にするのは、らしくない事をしているせいだ。
けれど、実はそんな事もない。
らしくなく見えるのは、今までそうしたい女がいなかったせいだ。
だから、俺自身にとって可奈に対して取っている行動は、意外でもなんでもない。
ごく普通の行動だ。
彼女の身体や手に勝手に触らないように気をつけるのも、彼女を怖がらせない為と俺の内側からいつも溢れ出そうになって困っている可奈への欲情を暴走させない為だ。
そう、俺のむき出しの想いは、可奈や取り巻きのやつらが思っているよりも熱くて、俺自身でも持て余しそうになっちまう。
困ったやつだ。



「何処でもいいのなら、おいしいケーキを買って、私のアパートへ来ませんか?何もなくて狭いところですけれど、ゆっくりお話が出来ます。」
無邪気な笑顔でそんな誘いの言葉を平気で口にする。
天使の誘惑だけに、悪魔のそれより始末に終えない。
「男を気軽に部屋に上げるんじゃねぇ。襲われても文句は言えねぇぞ。」
可奈の為よりも自分のために、そうすごんでみた。
「えっ、だって、銀平さんなら大丈夫でしょ?信用できる人だって分かっていますから。ケーキがお嫌なら、何か他の物にしますか?」
信用されているのは嬉しいが、されすぎなのもちょっと困る。
大事にしてきたのが裏目に出たのか・・・と思う。
自分で自分を追いつめてどうすんだ・・・。
「俺は、甘いものはいらねぇ。可奈が好きなら、何でもいいから。」
「そうですか、じゃ、私も今日はケーキはいいです。さすがに毎日は食べられませんよね。少し早いですが、夕食を一緒にではどうですか?
いつも、ケーキとかお茶をご馳走になってますから、私に作らせて下さい。」
鬼に金棒とよく例えて使うけれど、天使にだったらなんだろう。
キラキラ光る星か、ピンクのハートか・・・。
とにかく、可奈の笑顔と可愛い言動に、俺はひれ伏すしかないようだ。



あまり凝った物はできないんですが・・・と、そんな言葉を置き土産にキッチンに立った可奈は、それでも包丁の音はリズミカルだった。
どうしてこうも、無防備なんだ。
信用している相手には当たり前のことなのだろうが、普段着の背中でも充分に欲情を覚える俺にとっては、目の前に揺れるスカートと、そこから出ている足は、下半身に熱を集めるには充分な材料になる。
気持ちを確かめ合った後ならば、このまま後ろから抱きしめてる。
絶対に・・・。
目の前のご馳走をただ眺めているだけって言うのは、辛いもんだ。
やっぱり、これ以上この状態は嫌だと思う。
今日は、白黒つけようじゃないか。



夕食も済んで、コーヒーの入ったマグを片手に、タンスを背もたれにして2人隣に座っている。
TVさえつけていないから、静かだ。
視界の端に可奈がマグをテーブルに置くのが見えた。
まだ、半分くらいコーヒーが残っている中身をそのままに可奈にならった。
今、言わねぇと、もう口にすることが出来ないように思って、口内の唾を飲み込んだ。
「可奈、答えが出てるなら、教えてくれよ。時間は充分あっただろ?」
俺の問いかけに、少しだけ触れている肩がビクッと反応した。
「うん、私も言わなくっちゃって思ってた。随分、待ってもらったみたいだし、これ以上は銀平さんの迷惑になるもん。」
声に張りがないのが気になった。
怒ってるんじゃないのに・・・。
「いや、別に迷惑なんか・・・」
「でも、何時までもお返事しないのは、嫌でしょ?」
「まあ、それは・・・」
「ね、やっぱり、そうだよね。迷惑でなくたって、これ以上引き伸ばすことは良くないよ。」
なんだか、断る為の前振りの言葉のような気がして、心の中に黒い雲が広がり重く感じる。
駄目なのか?



可奈が座りなおして正座をして、俺のほうを向いた。
なんだか、その改まった感じが益々もって嫌だ。
「銀平さん。」
呼びかけられただけで、心臓に負担がかかる。
まるで、全力疾走した後のように、耳元で鼓動が聞こえて可奈の声を聞き取りにくくする。
逃げ出したい。
それが本音。
けれども、ここを通過しなければ、ずっとこの生殺しの状態が続く。
それは勘弁願いたい。
それも本音。
「ん、なに?」
何とか話を聞いていると言う返事を搾り出した。
「銀平さんの気持ちと人となりを見せて頂いて、本当に私なんかでいいのかと・・・・」
「いいに決まっている。だからこうして・・・。」
「うん、そう、そうだよね。
ごめんね、最初は、セレブの気まぐれか暇つぶしだと思ってて、少し焦らせば怒って私のことなんてやめちゃうと思ったの。」
「俺の気持ちを、そんな風に思ってたのか。」
可奈の言葉は、少なからずショックだった。



確かに、そうかもしれない。
告白した時には、取り巻きを人払いしていたが強引な形だったし、毎日のお茶もまるで連行していくようなものだったかもしれない。
それに、かねてからの俺の噂も手伝っているだろう。
そう、セレブで俺様なのは、自他共に認めているところだから。
「でもっ、でもね、それは外側だけだって、分かりました。
確かに噂どおりにお金持ちで、俺様な人だけれど、それだけじゃないって・・・。
とっても優しくて、礼儀正しくて、自分をコントロールできる人だって。
だから、私、いつの間にか・・・」
「いつの間にか、なんだ?」
風が追い風になってきたような気配に、気をよくして可奈のそばにグッと近寄った。
「あっ、はい、いつの間にか、銀平さんの事を・・・。」
「俺の事を?」
「彼氏になってもらいたい人・・・だと、思うようになって・・・。だから、こんな私でも銀平さんがいいって言って下さるのなら、お願いしようと思っています。」
「本当か?」
「はい、本当です。」
何故だか少し潤んだ瞳で、けれど、真剣な光を宿した視線が、俺を見つめている。



好きな女のそんな表情を見せられて、我慢など出来るわけはない。
それでも今日までは、必死に耐えてきた。
俺は、両手で可奈の頬を包む。
片方の手のひらに、彼女は首を傾けて預けてくれた。
柔らかな感触を温もりと共に感じる。
「俺も可奈に彼女になって欲しい。」
「はい。」
優しく微笑んだ可奈の唇に、そっと俺のを重ねた。





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2007.06.15up
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