5.勘違いばかりして




思えばお互いの勘違いからこの状態になったんだよね。
私はコイツが私のことを嫌っていると、そう思っていた。
だから、生徒会長選挙にコイツが立候補したのも、
私に対する嫌がらせだと、そう思っていた。
だから、今回の副会長への指名だって断ろうとした。
コイツはコイツで、2年間もクラスが一緒なのに話すチャンスもないからと、
どうにかしたい一心で立候補したのだと言う。
まあ、その結果としてコイツが会長に当選したのは、
別の話としておこう。
せっかくなったからと、会長権限で与えられる副会長の指名を
こいつは私と話すために使った。
今この生徒会室にいるのは、その話のためだ。
けれど、コイツは生徒会長になったことや私を副会長に指名した動機が、
私への恋だとも話したから、話がややこしくなってしまった。
だけど、私たちはなんて遠回りをしているんだろう。



「じゃ、まず。
副会長の件はやっぱり駄目かな?」
さっきまでは絶対に引き受けるもんかと思っていたけれど、
コイツと私の気持ちがここまで同じ方向に向いているのなら話は違う。
別に引き受けなくてもこれまでとは違って話くらいは出来るだろう。
でも、それは挨拶から始めなければならない。
親しくなるには時間がかかる。
けれど、もしここで副会長を引き受けたら、嫌でも話はしなければならないし、
他の人たちにも自然に映る。
だったら、受けてもいいかと判断した。
彼女の話は、もう少し時間をもらおう。
見るだけなら、2年間も見てきた。
だから、コイツの学校での様子は大体知っている。
行動パターンについては、ひょっとしたら本人よりも私の方が
知っているかもしれない。
でも、話したことはないから、その思考や好きなものなんかは知らない。
もっと知りたいと思った。



「ん、私で良かったら引き受けてもいいよ。
でも、さっき言ったサポートしてくれて守ってくれるって話・・・・」
「約束する。」
「それなら。」
硬いながらも初めて頬が緩んだ。
ほっとした吐息を漏らしたコイツにも笑みが上る。
「ありがとう。
で、もうひとつの方だけど。
俺の彼女になるって方はどうかな。」
「それだけど、今日初めて話したんだもん。
さすがに今は無理。
でも、もしも許してくれるなら、副会長として一緒に仕事をしながら、
お互いに知り合っていけたらと・・・・。」
「もちろん。
それでいい。
俺のこと、もっとよく知ってくれてからで構わない。
可能性があるなら待つし、『うん。』って言ってくれるまで口説くから。」
私の話を途中で切って、その条件を受け入れる言葉を口にしてきた。
同時に、私の両手は同い年とは思われない男の人の手にすっぽりと包まれた。



私よりも体温が高いのだろうか。
温かい手ににゆっくりと包まれているだけで、体温がわずかに上がるような気がする。
普通の人間のそれから、恋する人間へのものへと。
熱が伝わってくる。
「口説くの?」
「そう。
彼女だから、恋人だから副会長に指名したというのは、
確かに聞こえが良くないからね。
どうせだったら、会長が副会長を口説き落として恋人にしたって言うほうがいい。
事実なんだし。」
臆面もなくそう口にして、全開の笑顔を見せた。
いつも少しクールで自分以外のことには関心が薄くて、
こんな風に笑ったところなんて教室では見たことがなかった。
やっぱりすぐに付き合うことを承諾しなくて正解だったかもしれない。
コイツには、まだまだ私の知らない顔がある。
知らないことだってたくさんあるはず。
だったら、もう少し恋人じゃなくクラスメイトとして知ってからでもいい。
そう思った。



「じゃ、俺の方から副会長になることについては、手続きをしておくから。
任命式は次の全校朝礼になると思う。
よろしく。
あっと、それから、君には申し訳ないけれど、口説くのは時と場所を選ばないから。
そのつもりで。」
先ほどとは違って、何かを企んでいるような感じの笑顔。
私の方はというと眉間に力が入って少ししわが寄った。
「そんな顔しないで。
綺麗な顔が台無しだ。
口説きはみんなの前でやらないと意味ないからね。
なんたって、みんなに応援してもらわないといけないから。」
椅子から立ち上がると、かばんを手にして「帰ろうか。」と、私の椅子に手をかけた。
「遅くなったから送らせて。」
私を先に歩かせて、生徒会室の鍵を閉める。
そのまま私たちの教室へと向かい、荷物を持って家路に着いた。



男の子とこうして帰る事になるなんて思いも寄らなかった。
それも入学当初から気になっていたコイツとだなんて。
人生、本当に何が起こるか分からないもんだとしみじみ思った。
今日、コイツに声をかけられてから巻き起こった嵐は、すっかり収まってしまった。
今は見上げる空同様に、どこまでも澄んで晴れ渡っている。
勘違いばかりしていたコイツのことを、もう一度最初から見つめなおそうと思った。
今度は、もっと近くで。


コイツに口説かれて、落ちてしまう日もそう遠くないかもしれない。
そんな予感がした。





(C)Copyright toko. All rights reserved.
2005.11.13up