No.95 ビートルズ







手にした葉書の差出人の名前を見てから、裏側を見た八戒は思わず「可愛いですねぇ。」と声にした。

大学のゼミで机を並べた異性の友人からのそれには、卒業後すぐに結婚した報告と共に

式とは月数の合わない可愛い赤ちゃんの写真。

俗に言う「出来ちゃった婚」なのだろうが、生まれた赤ちゃんはそんなことに関係が無いような

天使のごとき可愛い寝顔でフレームに収められている。

「あっ、本当に可愛いですね。」

肩越しに愛しい妻の声を聞いて八戒の唇は赤ちゃんを見ていたときよりも更に弧を描いた。

「えぇ、可愛いですよね。

赤ちゃんと言うのは、毎日顔が変わるらしいですから片時も見逃せませんね。」

手にしていた葉書をに渡してやると、嬉しそうに赤ちゃんの写真に見入っている。

その横顔には、どこかに母性を感じさせるものがあって 八戒はドキッとした。




まだ 20歳を過ぎたばかりのには、赤ちゃんを抱くよりも縫いぐるみの方が似合いそうなのに、

それでも 女性として成人している身体は、既に母となる準備が出来ている。

そして男として夫としての自分をその身体に受け入れている。

その事は誰よりも知っているはずの八戒だが、今までにその腕に抱かれるのは

自分以外には思いつかなかったせいだろうか。

いずれ2人の間に授かるだろう子供に取られそうな気がしてしまった。

それが、自分の子であろうとも 浮かんだ考えはとても面白くなかった。

子供が母親を独占したがるのは、当たり前の感情だ。

その愛情だけにすがって、大きくなるしか手立てが無いのだから・・・。

だからこそ 子供は母親によりなつく。

でも それじゃ面白くない。





何時までもその写真を見ているを背中から抱きしめてやる。

うなじにキスを1つ落とすと、くすぐったそうに首を縮めた。

「欲しいですか?」

抱いた腰を引き寄せて、耳元で囁いた。

「何をですか?」

「もちろん赤ちゃんですよ。

さっきからやけにそればかり見て、僕の方は見てくれませんからね。

もし が赤ちゃんを欲しいのなら喜んで協力します。

どんなに望んでも一人じゃ無理ですからね。」

頬を寄せているの耳が熱を持ったのが感じられて、八戒は嬉しくなった。

きっと赤みを帯びた頬はもっと熱いはずだ。

毎晩のように・・・そして何度も求めても 求め足りない愛しい人。

全てを自分に捧げてくれていると知っていても 傍にいて微笑んでいてくれないと不安になってしまう。

自分は独占欲が強いと自覚しているのだ。

例え我が子でもの愛情と時間を奪っていくのを許せるかどうか・・・正直に言って自信が無い。

まだ 彼女の心を手に入れて間がない。

もう少しこのままの幸せに浸りたいと言うのが本音だ。

いずれは子供だって欲しいと思うが、今はまだいいのではないかと思う八戒だった。





「八戒さん、私が孤児院で育った事はお話しましたよね。

だからと言う訳では無いでしょうが、私は親としての自分の拠り所が無くて怖いんです。

良い例も悪い例も知らないので、どうしていいのかさえ分りません。

もちろん、子供を捨てたり、虐待したり、殺すなんていう事が悪い事で 人としてしてはいけないことだと

判っているつもりです。

でも愛情の示し方さえも知らない私が、親になってその子を幸せに出来るかも心配なんです。」

葉書の赤ちゃんの写真を指先でなぞりながら、は寂しそうに俯いた。

今にも泣きそうなその儚さに、八戒の内側には庇護欲が湧き起こる。

「じゃあこうしましょう。

もしこれから先、僕たちの間に赤ちゃんが授かったら保育園か幼稚園に入るまでは、

僕も育児休業をして一緒に子育てに専念してあげます。

そうすれば、が不安になることなど無いでしょう?

幸いにも在宅で仕事しているんですから何処にも迷惑はかかりませんし、

三蔵もちゃんと説明すれば分ってくれると思います。

ね、そうさせて下さい。」

八戒の言葉に「駄目です。」と、は首を横に振った。





「だけど、は不安なのでしょう?

だったら、構わないじゃないですか。

それに昨今は男親の育児休業も認知されているんだそうですよ。

ほら、ビートルズのジョン・レノンがヨーコとの間に生まれたショーン・タローの育児をするのに、

ハウスハズバンド生活を5年もしたって言うのは有名な話じゃないですか。

僕は彼ほど専念出来ないかもしれませんが、それでも仕事の量を減らすくらいの事は出来ます。」

言葉を何とか挟もうとするの唇を軽く手で覆って声を出せないようにしておいて、

八戒はちょっとした思い付きを提案するように話した。

「でもね、もう暫くは僕だけのでいてください。

もちろん赤ちゃんがいらないわけでは無いんですが、やっと僕のになってくれたんです。

もう少しの間、を独り占めしていたんです。

赤ちゃんに少しだけ貴女を譲っても良いと思えるようになるまで、もう少しだけ・・・・。

は、僕と2人だと寂しいですか?」

そんな八戒の問いかけに腕の中に閉じ込めた愛しい妻が、

手のひらの中に「寂しくないです。」と声を落とした。




肩に手を置き直して此方に身体を向かせると、恥しげに俯いてしまう。

いつまで経っても可愛い仕草で自分を魅了する妻に、八戒はもう少しの間と言った事を後悔し始めた。

もう少しどころか当分の間誰にも譲れそうに無い。

それが例え2人の天使だとしても・・・・・。







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