28888hit 龍宮宝珠さんキリリク   100のお題  No.94 「釦」(ぼたん)





 熱のせいで熱い空気の中をふわふわと漂う感じがする。
何かにまとわり付かれて肌がベタベタする。
深いと思う以前に頭がぼうっとして眠りについたり覚醒したり。
 眠りは浅くよく夢を見た。
曖昧でどこまでが夢でどこからが現実かその境目も解からない夢だ。
色が干渉し合うだけの夢もあれば音だけが聞こえて何も見えない夢もある。
概していい夢ではない。
そして覚めれば殆んど記憶が消えてしまい不快な感覚が蘇えるだけだ。
 眠っていながら夢だと解かる。
次に眠くなってもこんな夢しか見られないなら眠らずに起きていたいなどと考えていた。





・・・・」
 優しい声に覚醒しかけていた意識が浮上する。
目を明けようとするが瞼が重い。
外の明るさに慣れない目に薄っすら涙が滲んで来た。
こめかみの辺りが痛い。
 抉じ開けるように両目が開くと傍らで優しく微笑する男が緑の瞳を細めた。
「大丈夫ですか?」





 明けられた目がまだ赤い。
熱のせいか頬は真っ白で日頃のがさらにか弱く見える。
泣いているような瞳を見て心配がさらに深くなった。
・・・・」
 が微かに笑った。
無理が見え隠れして見ているだけで過保護な男の胸が傷んだ。
とっくに食事は済んでいて隣室で悟空や悟浄の声がする。







 こうして寝ていられると自分が倒れなくて良かったと感じる。
反対の立場なら看病するのはの方だ。  それには案外体力が要る。
が誰かを看るというとことは
 彼女よりずっと身体の大きい自分達が倒れるということだ。
それではあまりに可哀想だ。  辛いことはさせたくない。
「八戒・・・」
「どこか痛いんですか?」
「うぅん・・・・・」
 おどけたように首を振って見せた。
「ちょっと寒いだけ」
「寒いって・・・・」




 秋になって過ごしやすい毎日が続く。  今日も穏やかでいい日だ。
依然として熱は高い。
旅の疲れの蓄積と一昨日、雨に濡れたせいで体調を崩してしまった。
昨日は我慢したものの夕方街に着いた途端、夕食も摂らないままは寝込んだ。
不満げな顔をしながらも三蔵が
あっさりここに留まるという決断を下してくれてここに腰を落ち着けている。






 八戒がいちばん心配して殆んどに付きっ切りでいる。
目を明ければ必ずそばにいる、眠れば優しく看てくれる・・・・
固形物が入らないに水分を摂らせたりおかゆを作ったり、一体いつ
休んでいるのかと心配するほど甲斐甲斐しい。
「みんなに悪いことしてる気分・・」
 額のタオルに手を当てながらが八戒に言った。
「そんなことはありませんよ・・・・」
「退屈してない?」





 ならず者集団のような一行だ。  普段妖怪相手に暴れていて
ここでは何も出来ない分、身体が鈍って仕方ない・・・・。
そんなことを本気で心配するに八戒がクスクスと注進した。
「悟浄は昨日から通える賭場を見つけてましたし、
三蔵は滞在を聞きつけた寺院に呼ばれたりしてますから・・・」
「悟空は?」
「三蔵にくっついてます」
「いつもいっしょだもんね・・・」
「いっしょなら何でもいいみたいです、と言っても堅苦しかったとか
出された食事がどうとかって帰ってから文句言ってますけど・・・」
「ふぅーーーん」





 何となく想像がつく。
天衣無縫、無邪気の塊りのような悟空にとって格式ばって
戒律の厳しい寺院の空気は どこへ行っても相性が悪いらしい。
そのクセ三蔵が行けば無分別に付いて行くから
帰って来てから反動が大きい。
 文句を言ったとハリセンを喰らったり悟浄にからかわれて
ケンカ腰の発散をしたりする。
行き先を聞いてから考えろと三蔵や八戒に窘められても
付いて行くことに意味がある、とばかりに
これだけはやめる気配がない。






「悟空って三蔵が好きみたい・・・・」
傍らでベッドメイクする八戒にが後ろから声をかける。
 熱のある瞳に色気を感じながら八戒が優しく笑った。
「愛とか恋とかって言うのとは違う意味でだと思いますけど」
わざわざそう言われると余計勘繰ってしまいたくなるのも人情。
質問を重ねようとすると制されて八戒がの身体を起こした。
「場所、換えますよ」




「このままでいいのに・・・」
「シーツを換えた方がいいですよ」
 そのつもりで隣りのベッドメイクをしていたらしい。
「ベッドごと交換ですけど・・・」
横の状態から身体を起こすと眩暈がする。
「そっちまで動けるかどうか解かんない・・・」
「僕が歩かせたりすると思いますか?」
「・・・・?」




 身体がふわりと抱き上げられた。
予想外の浮揚感にが少しクラクラする。
その頬が一瞬青ざめたのを見て八戒の方が慌てた。






「ちょっと急ぎ過ぎたみたいですね・・・」
 ベッドを換えると半身起こしたままのを隣りから優しく抱き締めた。
規則正しい音がする。
いつもと違って体温が感じられないのがもどかしい。
「何だか違う人みたい」
「どうしてですか?」
「八戒の体温、感じないなーーーと思って」
 上でホッとした様子が伺える。
聞こえるのは
抱き締められ身体を通して聞こえる声、普通に空気を伝わる声、
の身体は熱いですよ・・・・」





 ふたつの経路を辿った声が謳うように耳に届く。
「早く治さないといけないですね」
「ぅん・・・」
 自分の腕に幅や厚みを伴った感触がふと恋しくなった。
背中に手を回すとさらに深く抱き締められる。
これ以上ないほどの安心感。  思わず目を閉じる。
 思いのほか逞しい腕、熱い胸板、しなやかな腕。
涙が出るほどいつもと同じ。





 少し視線を上げた辺り、右肩が目に止まった。
「八戒・・・・・」
「・・・・?」
「ゴメンね」
「気にしなくていいですよ」
――――ボタン、取れかかっている・・・。



 胸元のボタンが取れかけている。
普段の八戒ならとっくに気が付いてアッという間に直してしまうことだ。
それほど付きっきりでいてくれたのだ。
「そうじゃなくて」
 思わず顔を上げた。  左耳の制御装置が見える。
なぜだか泣きそうな思いに駆られた。





 見咎められてさらに優しく抱き締められる。
謳うような甘い声がふたつの経路を辿って聞こえた。
「どうしたんです・・・・?」
「うぅん」






――――ずっとそばにいますから



 そう言っていつもそばにいてくれる。  だから余計心配になる。
食事は摂っているだろうか?
キチンと眠っているだろうか・・・・?
たったひとつのボタンから切ないほど気持ちが膨らむ。
「八戒・・・」
「安心して眠って下さい」
心配のつもりが反対に窘められてしまう。






 見た夢の記憶は消えているがそれでも嫌な夢であるのは間違いない。
改めて眠るよう言われて心臓が早鐘を打った。
眠ったら夢に取り込まれそうな気がする。  怖い。
「眠くないの」
「横にならないとダメですよ・・・・」
 優しい言い方に違わずどこか強制力を持った言葉。
見上げると笑顔はいつもの通り。  甘えてこのまま起きていたい。
「眠くなっちゃうからイヤ」
「矛盾してますねェ・・・」
クスクスッと笑う声がして額に額を押し当てられた。



 抱かれていてあまり温度差を感じられない。
妖怪は総じて体温が高い。  だから人より身体的に能力が上だ。
ヘモグロビンが多い分、呼吸も筋肉も人より強い。
アドレナリンの分泌量が多いだけ痛みへの耐性も人より大きい。
だから能力値が上にある者ほどマイナスの波動の影響を受けやすい。
 妖力制御装置でまずはその体温が低く抑えられて人のそれに近くなる。
と言っても幾分近くなるだけだ。
実際は人の平均体温より1〜2度の高さを維持する程度。
だから八戒はいつもより温かく感じる。
好きでたまらない肌の温度を身体が覚え込んでいる。
今日はそれが解からない。
かえって低く感じるのはの熱が高い証拠だ。






「どうして寝たくないんです?」
 預けられる身体に心地いい重さを感じながら八戒がもう一度抱き締める。
「怖い夢でも見るんですか・・・」
小さく頷きながらが甘える。
「起きたら忘れちゃう夢なの」
「熱が高いせいですよ・・・・」
 藍の瞳に複雑で不満そうな色が浮かんだ。
「じゃあ、下がるまで寝ない」
 上気した頬がプッと膨らむ。
子供じみたわがままに八戒が声をあげて笑い出した。
「寝なきゃ下がりませんってば」
長い指が髪から背中にかけてを撫でる。  眠気を誘うような心地。
左右の耳、経路をふたつ伝わって謳うような声がする。





「寝ないって言ったら三蔵が出発するって言いますよ」
「それでもいい・・・」
 小さな欠伸がから漏れる。
確認して微笑みながらさらに八戒が優しく続けた。
「それじゃあ三蔵に席代わってもらいましょうか・・・・」
「ぅん・・・」
 助手席に座る自分を想像しながらが左肩に手を掛けて来た。
「それとも誰かに運転させて僕がそばに行ってもいいですね・・・」
「そしたら後ろで膝枕して・・・」
「いいですよ」
元気が良ければ
『そんなの無理よ』 ぐらい突っ込んで来そうだが今はそんな余裕もないようだ。







 身体から力が抜けて来てピッタリと添うようになってくる。
柔らかいの感触がさっきより重く感じられる。
何もかも預けるような信頼感。
安堵したの寝息が規則正しく聞こえ始めた。
・・・・」
 静かになった。  呼びかけても返事がない。
「眠ったんですか? 








 覗き込むと子供のような表情でがやっと眠りについていた。
あどけない いくら見ても飽きない寝顔。
安堵の息を漏らすと同時にホッとしてドッと疲れが出た。
椅子にもたれて瞳を閉じる。
 人知れず肩から外れたボタンがひとつの手に握られていた。
夢の中への一里塚として。




fin






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我が侭っ子沙季です。
龍宮宝珠さんからのキリリクで
内容は「八戒に看病される」でした。
看病っていうより慰められてるって感じ。
おまけに短くてすみません。

とある理由から書き直してと言われたら
私、断る術がない立場におります (^▽^;ゞ
判決待ちの被告の気分・・・極刑かしら?


2003.09.26(金)

管理人兼執筆掲載責任者・沙季


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沙季さん キリリクドリ賜りまして、ありがとうございます。
沙季さんのドリはいつも読後感に『切なさ』を感じます。
心臓をキュッと掴まれるようなそんな感じです。
こんなに八戒に大事にされて、ヒロインがうらやましい。
名前変換ドリーム小説の醍醐味は、自分がそのヒロインになれる所ですよね。
そう思いませんか?

沙季さんのサイト「Another Moon.r」には、メニュー頁にリンクが貼ってあります。
是非どうぞ。