100のお題 No.93 「Stand by me.」 2





 ワイパーを透かして
雨に彩られた景色が映画のシーンのように移り変わる。。
テールランプの赤やオレンジ、地下鉄の駅から吐き出されて移動する傘の群れ。
直前の交差点に差し掛かる前に信号が切り替わっても
ランプの列は遅々として進んで行こうとしない。
 時計を見ながらパワーウィンドを全開にした。
煙で澱んだ車内の空気が瞬間的に清浄になって行く。




 埃っぽい渇きと街中に澱んだ体温を洗い流すように雨粒が落ちる。
待っている恋人を思いながら交差点のランプをいくつかその場で見送るしかない。
道の選択を間違えた。
この時間、湾岸エリアから中心地へ流れ込む車で渋滞する。
出来たばかりのオフィス街から郊外のベッドタウンへと家路を急ぐ車のせいだ。





 海上の埋立地に林立する新しいビル群は見た目のイメージだけは美しくていい。
しかしながら今のところ、地下鉄や私鉄とのアクセスが良くないために
車やバスで移動する者たちが大勢いる。
どちらも道路を使用するから当然、こんな有り様だ。
「また遅刻かよ・・・」
 伸ばされた髪が肩のあたりで揺れる。
湿り気を帯びた空気の中でも広がらない紅い髪は芯が通ったようなストレートだ。
約束の時間は迫っている。
この雨の中、恋人は濡れていないだろうかと気にしながらウィンドを下ろした。













 別の車中――――。
「さんぞーー、お腹が空いたーーー」
寂しげにが後部座席から声をかける。  ミラー越しにを見た。
チョロチョロ助手席に移ったり後ろに行ったりと
さっきからまるで落ち着かなかったが どうやら本当に疲れたらしい。
シートに沈んで大人しくしている。
「今仕事中だ」
「あとどれくらい?」
「知らん」
「え゛? ヤダッッッ、ご飯食べたい」






 が不服そうにジタバタする。
「・・・・・・・・・・・・」
それも無視して知らん顔してやり過ごす。
「ねェッッッ、さんぞーー」
「解からねェヤツだな・・・・俺が今何をしてるのか解かってンのか?」
「尾行」
「・・・・・・・・」
 直に追跡は出来ないから間に2台ほど挟んでいる。
「メシなんぞ食ってられる暇なんかある訳・・・・」
「アッッッ! じゃあ、ここ左入って!!!」





 ドライブスルー。
「いい加減にしろ見失ったらタダじゃおかねェ・・・」
ご都合的単語解釈。
「お金がないからタダならいい?」
「あのな・・・・」



 しかし居合わせた菩薩の娘は人の話など耳にもくれない。
「あーーーッッ!!!」
頭痛がする。
「今度は何だ?」
「さーんぞ、渋滞、渋滞・・・・」
湾岸線と交差する最初の信号に差し掛かって以来の詰まりようだ。
「何を今さら言ってやがる・・・さっきからずっとこの調子・・・・」
「お買い物ぐらい行って来れるッッッ!!!」






「ぉい! ッッッ!!!」
 全く話を聞いていない。
助手席のドアを開けると止める間もなく雨の中に飛び出して行く。
「あのバカ・・・」
運転席側のドアを開けて半身乗り出して顔を出してを振り向く。
走るの姿がファーストフード店の中に消えた。
「俺はマッ○よりモ○バー●ー派なんだ」
 言いそびれたひとことが店の選択に不満を漏らさせた。





「ん・・・・?」
 気がつくと周囲の車から視線が注がれている。
「?」
 妙に同情的な空気。
ファーストフードの選び方で意見が同じだからか?と錯覚する。
「??」
 というよりはむしろ、
ケンカをしたガールフレンドに逃げられた男を見るような。
当の三蔵は気づいていない。  知らぬが仏の面の皮。






「急に動き出したらどうする気だ? あのアホが・・・」
 そんなことはあり得そうもないほど渋滞の列は遅々として進まない。
ひとりでする尾行だからこの渋滞はむしろ助かる。
と言ってもひとりであるためがために背負うリスクは小さくない。
気付かれる公算が大きくて見失ったらそれまでだ。
大きな事務所で人数や車がそれなりに揃っていれば尾行ももっと楽になる。
 普通は最低4人要る。
前を行く者、後ろを行く者、道路の反対側につく者・・・・。
さらに前か後ろにつけて全体を見渡すものがひとり。





 4人でそれを分担して時間を見計らって入れ替わる。
すぐ後ろを行くものが気付かれたら、その者は大袈裟に頭を掻いて引き下がる。
そうすることで尾行される側がそこで追跡を諦めた、と思うのだ。
後は他のポジションの者がそこに入れ替わって尾行が続く。
される側は終っていると思うから かえって後をつけ易い。



 本来なら金髪の目立つ三蔵など尾行には不向きな男だが
如何せん事務所の部下は 頭脳労働派を自認して自任する八戒ひとりだ。
緻密な計算能力や情報収集には長けているが外に出るのを極力嫌うが
さっきまで徒歩の女を追っていたのは八戒の方だ。
 女の電話を盗聴して今日の動きを打ち合わせておいた。
余計な者までついて来たが。
「お待たせーーー」
余計者が戻って来た。



 髪に雨粒を乗せたにイルミネーションの光が被さる。
「早かったな・・・・」
ちょうどそこで車列が動き出した。
が、すぐに止まる。
ダッシュボードからタオルを出すとの膝にさり気なく置く。
「悪かったな」
「うぅん、平気」
返る微笑を確認すると再び正面を見据えた。



 口喧しい菩薩の娘もさすがに食べている間は静かになった。
終ると同時に
隣りで眉をしかめる三蔵を悪戯っぽい瞳が捉えた。
「不味そう・・・・」
「不味いんだよ、実際・・・」
「あーー、そう言えば聞いてた!」
「・・・」
「三蔵って味オンチ・・・」
「バカ、違ェよ・・」
 物覚えの悪さも一流らしい。
「じゃなかった、マヨラー」
ガタッッッ。






 タクシーに乗り合わせた女の姿が見え隠れする。
時折外を伺ったりするが別に尾行への警戒ではないらしい。
降りしきる雨の気配を運転手と話しているようにも見える。
と言っても近眼の三蔵が見えているという訳ではない。
「どんな具合だ?」
 幸い隣りのは目がいい。  目端が利くのは親譲りだが。
「別に静かにしてるけど・・・・」
「目を離すな」




 再び大声。
「あーーーーーーッッッ」
「一体何だッッ!」
口をパクパクさせながら笑いを堪えたが顔を指差した。
「ケチャップついてる」
「どこにだ?」
「口元・・・・・」
 ウソ臭い。
「ほんとか・・・」
こくん、と頷く頬がテールランプの色に染まる。
相変わらず車列は先頭が見えない長さだ。
ポケットから取り出すハンカチを制して身体を少し左にズラした。




「直接拭けよ・・・」
 片目で前を伺いながらの肩を引き寄せる。
動かない車内で影が重なった。
キス&ライド。
雨は変わらず降りしきる。









-----------------------------------------------------

お名前募集へのご応募ありがとうございます。
よろしかったらお好きになさって下さいねvv

2003.07.16(水)

Another Moon.r 管理人・沙季

-----------------------------------------------------
「ドリ使用の名前募集」に応募の上 採用して頂いて頂戴したドリです。
沙季様 ありがとうございました。
ゆえに 名前を未登録で読んで頂くと 
私のハンドルネームで書かれております。
『2』と示すとおり 連載モノの2話目です。
連載をお読みになりたい方はメニュー頁にリンク有ります。