NO.91 サイレン
(NO.47 ジャックナイフの後編 八戒視点ドリーム)
朝、目が覚めたら が隣に居なかった。
僕は慌てて寝室から居間に出るとパジャマのまま 階段を駆け下りた。
そのまま駆け込むように入った居間には、皆が揃っていて僕の方を一斉に向いた。
「八戒さん、おはようございます。」
は朝食の準備を手伝いながら、ダイニングテーブルの脇に立っていた。
サラダの入ったガラスの器を置くと、僕に近寄ってくる。
今朝は、昨日ほど酷い顔色をしていないのが朝の光に確認できて、僕は安堵していた。
だが まだ目の下の隈は取れきっていない。
どんなに笑顔をしていても疲れているのが分る。
「おはようございます。」
を含めてそこにいる皆に向けて挨拶をすると、
目前に来たがクスクスと笑うのが気になった。
「どうかしましたか?」
何がそんなに可笑しいのか分らないので、僕はに尋ねてみた。
笑うのを抑えるためかは胸をトントンと叩いてから ようやく話を始めた。
「だって 八戒さんがパジャマのままで
それもそこまで乱して起きて来たのって初めでですもん。」
そう言って彼女は僕の頭からつま先までをスクロールして見た。
言われて僕も自分の足元に視線を落として、首から下の様子を見る。
思わずカッと身体が熱くなるような恥しさが襲ってきた。
普段ならまずこんな姿で階下へ降りてくるような事はない。
まして ガウンも羽織らずシャツの裾もくしゃくしゃの状態だ。
ここはなんと言って誤魔化そうかと考えた。
それまで黙っていたお玉さんが、茶器をテーブルに置いて
手から放すとポツリとつぶやいた。
「昨日のの顔色見て八戒さんがどれだけ心配していると思っているんだい?
起きたら傍にいなきゃ驚いて飛び起きてくるだろうサ。
朝ごはんまではもう少し時間がかかるんだから、着替えてくるといいよ。」
僕の気持ちを代弁してくれるようなお玉さんの言葉に、黙って頭を下げて居間を出た。
我ながら 凄い慌てたもんだと少々恥しくなるが、
そんな自分の思わぬ行動がをどれだけ思っているか
自分でも確認できるような気がして、嬉しくもあった。
階段を数段上ったところでが後を追って来てくれた。
「八戒さん、笑った事怒ってます?」
ただでも可愛いのにそんな心配そうな顔をして尋ねられたら、
我慢が出来なくなっちゃうじゃないですか。
「いいえ、心配ないですよ。
怒ってなんかいませんから、安心して下さい。」
彼女の顔を見るとすんなり笑顔が出来る。
手を差し出すともにっこり笑って手を取ってくれた。
自分たちの部屋に入って、が出してくれたものへと着替えた。
パジャマをたたんでいる背中を、優しく腕の中に抱きこむ。
大人しく抱かれている彼女は、身体を90度回転させて僕の胸に片頬を寄せている。
片手の指先で目の下の隈辺りをそっとなぞった。
「、ここに隈が出来るということは、身体からの警告なんです。
睡眠が足りていないとか、疲れが溜まっていると言う印です。
それを無視すると、昨夜のように無理やりに身体を休めようとして、
緊急ロックがかかります。
お玉さんたちが心配するでしょうから黙っていてあげますけど、
もっと自分の身体を労わらないといけませんよ。
今日は外に出る仕事が入っていませんから、僕と医者に行って見ましょう。」
咎めるようには聞こえないように気遣いながら、僕はに注意した。
顔に困った表情を浮かべて見上げてくる。
「そんな顔したって駄目です。
昨夜と今朝 僕がどんなに驚いて心配したのか察して下さい。
それともは、僕に心配されるのなんかなんとも思いませんか?」
こういう言い方はずるいと承知の上で口にした。
こう言えば彼女は必ず否定の言葉を口にしなければならない。
すると、自然と僕の言葉どおりに医者に行かなければならなくなると言う寸法だ。
案の定、僕の筋書き通りに事が運び 僕とは朝食後に医者を尋ねる事にした。
有名人などが予約で訪れる会員制の医院があるのだ。
診察や投薬の待ち時間を最短にしてくれる事と、
完全会員制のためプライバシーが守れる事を売りにしている。
診察費や投薬代は普通だが、会員費が少々高い。
開業医院には、会員費などというものは存在しないのだから
それだけでも特別なのだろうと思う。
それでも やって行けるだけの会員は集まっているのだろう。
僕は正直そんな医者にかかるつもりは無かったが、お玉さんが入会しているので
同居を機に家族会員となっておいた。
もちろん も名簿に載せておいたのは言うまでもない。
何人かの専門の医師の中には、もちろん婦人科の医師もいる。
それが女医というのも僕には大きい理由のひとつだった。
これは 男としての沽券にかかわるので、には内緒の話だが・・・・。
を連れて医院に着き、下の駐車場から直通のエレベーターでその階に到着すると、
ここが医院だとは思えない受付で予約の確認を取り、待合室に案内された。
今日は内科でいいだろうと判断して申し込んでおいた。
隣の椅子に腰掛けているは、やはり何処か疲れているように見える。
普段の10分の1ほどしか話をしないし、笑顔をするのに無理に笑おうとしているように見えて
痛々しい事この上ない。
程なくして名前を呼ばれ、が診察室へと入って行った。
僕はもちろん付き添うつもりで腰を上げたのだが、彼女は断固として同行を拒んだ。
「だって、熱も無いし普通に歩けるんですよ。
そこまで過保護だとお医者様に笑われてしまいます。
お願いですから、ここで待っていてください。」
が僕の行動に対して否定の言葉を口にする事は、普段からあまりないことだけに
そこまで拒むのならと譲っておいた。
それ程の時間はかかっていないのだろうが、
待つ身になるとこうも長く感じるものかとジリジリしてしまう。
腕時計の秒針の動きを追っていると、が診察室から出てきた。
「どうでしたか?」
立ち上がって迎えた僕にはクスクスと笑っている。
「やっぱり疲労と睡眠不足でした。
ゆっくり眠って美味しいものを食べればすぐに良くなりますって・・・・・だから、
お薬も出ませんと仰ってました。」
その言葉に足から力が抜けて、僕は椅子にドカッと座り込んだ。
「そうですか・・・・良かった。」
薬が出ないと言う事は、少なくとも病気ではないということになる。
その安心感だけでも僕はここに来た甲斐があると思った。
ここまで疲れさせてしまった責任の一端は僕にもあるのだ。
これからはもっと注意しなければならないと思いながら、
医院を後にして帰宅の途に着いた。
昼食後。
には書庫の整理を手伝ってもらうことにして、
彼女を無理やりゲストハウスの書斎に連れてきた。
読書が大好きな彼女は、僕の蔵書からよく本を選んでは読んでいるが、
僕が贈呈されたばかりで包みを開けていない新刊はまだ読んでいないはずだ。
その中から 彼女が好きな作家のモノを開けて
ソファベッドに無理やり寝かせたに渡してやる。
仮眠用にと持ち込んでいる上掛けを掛けてやる。
「今日は夕方までここで読書をして下さい。
疲れたらそのまま少し眠った方がいいかも知れません。
なんと言っても疲れを取るのには睡眠を取るのが一番ですからね。」
新刊を渡してあげたせいか嫌に大人しく言う事を聞いて頷いている。
「僕は、そこで仕事をしていますから。何かあったら呼んで下さい。」
「はい。」と、素直な返事を返した彼女の額にキスを送って、僕は机に戻った。
背中越しに時々頁をめくる音が聞こえてくる。
何も話さなくてもそこにがいると思うだけで、こんなにも満ち足りた時間が流れる。
ここの所 本当に忙しくてこうした何気ない2人の時間が持てていなかった。
もちろん仕事は楽しいし好きだ。
こうして 僕の頭の中に描いている話を外に出して
沢山の人に読んでもらうのは嬉しい事だと思う。
それなりのお金と名声を僕に与えてくれている。
だが それを追い求める事で失う時間もあるのだと、今回は身に沁みて味わった。
液晶画面に入力しながらそんな事を考える。
段落を1つ書き上げて、を振り返って見た。
彼女は本を広げたままで夢の住人になっていた。
投げ出されたようになっている華奢な手が気になって机から離れて傍まで行き、
起こさないように気をつけながら本を手から外して閉じるとテーブルに置く。
上掛けの外では冷えるので手をその中に入れてやった。
その寝顔を見ていると、つい起こしてしまいたくなる。
起こしてその瞳の中に僕が映っているのを見たくなる。
僕だけを感じさせて を僕だけで満たしたくなる。
まったく 僕の愛は僕の要求をに押し付けているだけのように思えるほど
自分勝手で偏執的だ。
自覚があるだけに質が悪い。
それが分っていても それでも彼女を手放してなんかやれない。
ベッドに散らばった艶やかな髪を一房手にした。
「愛しています。」
誓うように つぶやいて、
愛撫するように 唇を寄せた。
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255555番キリリク 紫馬様で「現代連載 作家八戒ドリーム」
『寝不足で体調を崩したヒロインを看病』と言う設定です。
紫馬様には、申告とリクエストをありがとうございました。
長くなりましたので、此方を後編とさせて頂き「047:ジャックナイフ」を
前編とさせて頂きます。
よろしければどうぞ。
