No.87 コヨーテ




そう、まるで野生の肉食動物のような気持ちで、を見ていた。

学校での彼女は、まるで小動物のように思えてならなかったからだろう。

勉強も学年で首席を取るほどなのだから言うに及ばず、

運動も部活などに所属していないにもかかわらずそこそこ出来るようだ。

なのに彼女は周りの友人の顔色を伺い、

何処かいつも何かから逃げているように見えた。

もっと自分に自信を持って堂々としていれば良いと思うのに、

そうしてはいけないような何かあるのだろうか?


まるで兎のようだと思う。


その姿や行動は何処までも可愛いのに、隅っこで怯えて震えている。

そんなを狙っていた訳ではないし、獲物としてみていたわけではない。

自分が勤める学校のしかも担当するクラスの一生徒なのだ。

そんな感情はなかったはずだ。




だが、気づけばいつもその動向を目で耳で追っていた。

どうしているのか、何を思っているのか気になっていた。

子供らしい弱音を吐かせるために他の生徒よりもきつく当たったし、

勉強が出来てもいい成績をとっても褒めもしなかった。

にだけ意地の悪い質問や問題をわざと答えさせたりした。

もうそうなると、を生徒としての枠に入れて見ていないと自分でも分った。

そう 教師としてではなく男として女のをみていた。

しかも 自分の態度は、子供が好きな子に対して関心を引くためにしている

悪戯や嫌がらせと同じレベルだと思った。

それか、力のある肉食動物が得物である小動物を、

悪戯にいたぶるのに似ていると。

まったく、趣味が悪いにも程がある。

生徒を好きになったことではない、その態度のことだ。

不器用な性格だとは自覚があったが、呆れてものも言えない。





中学、高校、大学時代を通して自分が女性にもてなかったことなどない。

自分が何か行動を起こす前に、その女の方から寄って来てしまう。

その時点で冷めていく気持ちを自覚しながら、

その女を抱く自分は酷い男だと思っていた。

事実、女の捨て台詞にはそんな事をよく言われていた覚えがある。

誰を抱いても誰が抱いてくれても埋められないものがあった。

そして、この心にある隙間を埋めてくれるのは、どんな女なのかといつも考えていた。





まさかそれが自分の勤める学校の生徒で、受け持つクラスの生徒だとは

誰だって思いも寄らないだろう。

自分でさえも信じられない。

だから、わざとに嫌われるように行動したし、他の生徒にもそう見えるように配慮した。

自分自身でも認めたくなかったのかもしれない。

子供なのだと何度も思った。

生徒なのだからと、自分の社会的立場を思い出すように心がけた。

それでも への関心と気にかかる度合いは、

日増しに強くなっているような気がしていた。

自分ではもうブレーキをかける事が出来ないほどに・・・。

そんな自分の心に屈してしまおうかと思い始めた頃、今までの功罪なのか自分と

『天敵』とか『コブラ対マングースの戦い』と呼ばれるような関係になっていた。

そうなると、何もしなくても仲が悪いと周囲は勝手に判断してくれる。

そうしてが自分に向ける瞳にも非難めいた光が宿るようになった。




これで、を女として望んでもそれは叶わぬ夢になった。

自分で撒いた種とはいえ、情けなく思ったことは言うまでもない。

もっとも 誰にも言うつもりなどないが・・・。

特に何かと世話を焼いてくる八戒と悟浄にだけは言うつもりはない。

あの2人に知られたら、それこそどんな事をするか分らないからだ。

だから彼女があと1年半経って、高校を卒業して晴れて生徒と教師でなくなったとしても

俺とがどうにかなるなんて事はないだろう。

もし、街中で偶然に出会ったとしても、彼女は俺の顔を見た途端

踵を返して立ち去っていくだろうと思った。





今までの女性経験から言って、自分から関心を持つ女は本当に稀だ。

酷く偏った食指の持ち主だと悟浄は俺の女性の好みを言う。

一般的に見て「美人」だとか「スタイルがいい」とか「職業的価値」、

例えばキャビンアテンダント(=スチュワーデス)とか看護師とかデパートガールとか、

そういう基準があるわけでもない。

「好み」と呼ばれるものが存在しないのだ。

誰かを紹介しようにも誰も紹介できない・・・・悟浄はそう言っていた。




それでも奴は仕事柄仕入れる情報で、俺をよく飲みに誘う。

綺麗な女の子のいる店で、しかも何かしらのオプションつきという所がほとんどだ。

1匹でペアで、そして群れでハントするコヨーテよろしく出かけていった。

出かけた店で、逃がしたと思った兎に会えた俺は、迷わずその兎を狩った。

おそらく人生最大のそれもたった1度の狩りだっただろうと思う。

捕らえた獲物は、自分のゲージに入れて育てる事にした。

兎もとりあえずは納得してくれたらしい。

すぐに食い散らかして捨てる事も出来ただろう。

でも そうするつもりは最初からなかった。





寂しがり屋だと言う兎が懐くのは何時だろう?







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