NO.86 肩越し
八戒とは家が隣同士と言うだけでなく 親同士も仲がいい。
そのため 小さい頃からは八戒とも仲が良かった。
2歳年上の面倒見の良いお兄ちゃんとして何処へ行くにも連れて行ってくれた。
は人見知りが激しい子供だったので、常に八戒の後に隠れるように遊んでいた。
それでも 八戒は嫌がらずに常にを庇い 優しく接してくれた。
本当の兄妹以上の絆が2人にはあると 仲の良い両親達は、
いつもと八戒の2人を見守ってくれていた。
あれから時は流れて は20歳の短大生に、八戒は大学生になっていた。
両親同士の仲は相変わらず良かったが と八戒の2人の関係は変わっていた。
高校受験を八戒の家庭教師で乗り切った辺りから、
は八戒を男性として見る様になって行った。
だから 意識しすぎてギクシャクとした対応をするようになり、
それを感じた八戒も自然とを避けるようになっていった。
今では たまに顔を見て挨拶だけを交わす程度になっている。
が自分を嫌いになったわけではなく むしろ好きになったためのことだったのだと、
八戒は当時を思い唇を噛んだ。
2人とも幼かったのだ、可愛い妹だと思っていたに嫌われたと誤解して、
自分からもを避けてしまった事を 後悔している。
なぜなら 八戒もを好きだったからだ。
過去形でなく、現在もを想っている。
そこで 八戒は自宅で両家の親たちが飲んでいる時に 相談を持ちかけ許可を取り付けた。
元々親同士は ゆくゆくは八戒とを添わせたいと考えていたし、
ここ数年2人の仲が上手く行ってないことを 心配していたので、
八戒からの提案に 喜んで協力してくれる事になった。
その結果 家から3時間ほどの温泉へ 両家で出かける事になった。
当日 車に乗るためにが玄関から出ると 両親と自家用車の姿は既に無く。
八戒が自分の車に寄りかかって立っていた。
「八戒、みんなは?」
あまり会話がないとはいえ そこは幼馴染、当然のように前置き無しで尋ねる。
「僕たち以外は もう出かけましたよ。
年寄りは行きたいところがあるそうで、予定より早いのですが
僕たちを待ってなどいられないそうです。
どちらにしても 車は2台出す予定でしたから、
僕達は後から出発する事になったんです。
は僕とじゃ不満ですか?」
八戒の問いに は首を横に振った。
「良かった、じゃあ荷物をトランクに入れましょう。」
の手にあったカバンを取り上げると、トランクに入れ助手席のドアまで開けて
にっこりと笑った八戒に、は逆らうことなく従った。
こういう笑顔のときの八戒に逆らいでもしたら、間違いなく自分は無事では済まないと
今までの付き合いで充分知っているからだった。
は黙って車内に身体を滑り込ませて ナビシートにその身を預けた。
八戒がハンドルを握って車を発進させると、
車内には低いエンジン音と振動が聞こえるだけになった。
車は住宅街を抜け幹線道路へと出て、目的地へと走っている。
黙って前を見つめているに 八戒は話しかけた。
「が僕の車に乗るのは、いつ依頼でしたっけ?」
「ん〜っと、八戒が免許を取って しばらくして
ドライブに連れて行ってもらって以来だと思う。」
「あの頃から見ると、安心して乗っていられるようになったと思いませんか?」
「そうだね、女の子を沢山乗せた甲斐があったんじゃない?」
そのの答えに 八戒はあからさまに嫌な顔をした。
「そのナビシートに以外の女性を乗せたことはありませんよ。
僕の事を嫌っておいて 非難するような口ぶりは止めてもらいたいですね。」
少々辛らつに八戒は そう口にした。
「嫌ってなんかいないもん。」
はそう言って ドアの窓側に顔を向けた。
「じゃあ 何故避けるような態度を取るんです?
僕は嫌われるような事をにしましたか?」
背中から掛けられた言葉に 窓に映りこんだ運転中の八戒を盗み見る。
涼しげで端正な横顔は 何度見てもハンサムだとはため息を吐いた。
八戒に問題があるわけではない 分不相応に彼が好きになってしまった自分の方に
問題があるのだと は思う。
あきらめなければならないというのに それも出来ない。
告白して玉砕すればそれも可能だと思うが、そうすると幼馴染というこの関係と
特権まで失ってしまう。
それは嫌だ、ではどうすればいいのか・・・・・それが分からない。
不意に車が止まって エンジン音が途絶えた。
峠の山頂にある展望台。
夜景が綺麗で デートスポットとして有名な場所だ。
八戒がドアを開けて に降りるように促した。
ひじを軽くとられて 眺めのいい場所のベンチまで連れて行かれる。
ベンチに座るとポケットからコーヒーと紅茶の缶飲料を取り出して プルトップを開けると、
紅茶の方をの手に握らせた。
「ねぇ、僕達は幼馴染です。
親同士の仲の良い事もあって僕たちには兄弟がいないから
本当の兄弟のように育ちました。
でも 兄弟ではありません。
赤の他人です。
それに もう子供でもないのでがソッポを向けば
僕にはもうどうする事も出来ません。
が高校に入った頃から 少しづつ話すこともなくなり 一緒にいることもなくなり、
傍にいても遠い存在になってきました。
大人になったんですから 理由を話してください。」
最後通知のような八戒の言葉に は決心をせざるをえない状態になった。
手にしていた缶を口元に持っていき 一口ゴクッと飲んだ。
ミルクティーの優しい味が口中に広がる。
お酒であれば 勢いを借りられるかもしれないが、紅茶ではそうも行かない。
八戒は隣での言葉を待っている。
「好きだから・・・・・だから 避け始めたの。
八戒が私に幼馴染以上の気持ちを持っていないと思っても
あきらめる事が出来なかった。
口にすればもう幼馴染でさえもいられない。
傍にいれば欲張りになってゆく自分を止められない・・・そう思って・・・・
迷惑だよね・・・・ごめんなさい。」
ベンチから立ち上がると 展望台から続いている遊歩道へと足を向けた。
せめて人目のあるところでは泣きたくなかった。
展望台から完全に死角になった頃 追って来た八戒がを後から抱きしめた。
「いやっ・・・・」
そう言って逃げようとしたを 腕の中に閉じ込めて八戒は耳元で囁く。
「、僕も同じ気持ちなんです。
嫌われたくないから 何も言わずにだらだらと今の状態に甘んじてきました。
だけど はどんどん綺麗になって 眩しくなって 正直焦っていたんです。
だから 両親とおじさんたちに頼んで 今回の旅行を計画したんですよ。
に先に言わせてしまった事を 許してください。」
八戒の話に逃げようとするのをやめて 聞き入る。
「本当に?」
八戒に背中から包まれている幸せに瞑目すると はそっと尋ねた。
「はい 本当です。
こんな事で嘘は言いません。
、あなたの気持ちを確認してからなんて卑怯ですが、僕とお付き合いしてください。
幼馴染ではなく 隣のお兄さんでもなく を好きな1人の男としてです。」
突然の展開と それによってもたらされた幸せに
は涙をこらえられずに 嗚咽が漏れた。
「 泣かないで下さい。
僕はに泣かれると弱いんです。」
八戒はの肩に手を置いて身体を反転させると、
その腕の中に焦がれた人の体を抱きこんだ。
あやす様に背中を抱いて もう片方の手で優しく髪を梳く。
背の高い八戒が 自分の髪に頬を寄せているのを は嬉しいと感じていた。
初めての抱擁で肩越しに見るこの景色を は生涯忘れる事はないだろうと思った。
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123456番キリリクで 千花様でした。ご申告とリクエストをありがとうございました。
リク内容は「現代」「幼馴染」でした。
千花様に限り お持ち帰り可とさせて頂きます。
