NO.83 雨垂れ
後から 三蔵に 抱きかかえられるようにして 同じベッドで眠りながら
は 不意に ある音に気付いた。
(雨垂れの音かしら・・・・。)
宿に入る前に 雲行きが怪しくなってきていたのは 分かっていたのだが、
旅を同じにする者の中に 雨を苦痛に思う2人の男がいることで
自然と雨には いい想いを抱かない。
(朝には あがっているといいけれど・・・・)
そう思って 後の三蔵の気配を探れば
「どうした 起きたのか?
朝までには 充分あるぞ もう少し眠れ。」と の髪に頬を寄せて
かすれたような声で眠るように 促された。
「三蔵、雨だね。」そのひと言に 抱きかかえた腕に 力がこもる。
「あぁ。」
「眠れないのならば お師匠様のこと 少し話してもいいかしら。」
光明様の死んだ夜のことを 繰り返し繰り返し 思い出しては 三蔵は自分を責める。
だから 雨の日 特に夜には 夢に見るその恐怖心もあって 三蔵は眠らない。
「何も話したくねぇ。」
三蔵は 冷たい声で答えた。
「三蔵に話して欲しいわけじゃないから かまわないわ。
私が覚えている 光明様の事を 三蔵に話す機会ってなかったでしょ、
こんな夜だからこそ 聞いて欲しいの。
だから 黙って聞いてね。」
の問いかけに 三蔵は無言で返した。
「あの日 私は 三蔵が川に流されてから
光明様が拾い上げるまで ずっと 傍に居たのよ。
水は 赤ちゃんを殺せるだけの冷たさと 流れを持っていた・・・・
11月も終わりの頃だもの。
光明様は よく声が聞こえたって 仰っていたわ。
覚えてる?
誰なのか知らないけれど 呼ばれているような気がするって そうよね?」
「あぁ。」
「三蔵が 悟空の声が聞こえて それを確かめざるを得なかったように
貴方の声は 光明様の耳にこびりつくほどに 聞こえていたんでしょうね。
赤ん坊だった三蔵の声って どんなだったのかしら 光明様は
何を耳にしていらしたのかしら。
水の中は 音が通りにくいものよ。
それでも 私には光明様の声は よく届いたわ。
三蔵を抱っこしたり おぶったりして 川辺に散歩におみえになっては
私に 三蔵の成長具合を 話してくださった。」
そこまで話して は 流れ出た涙を そっと拭った。
「光明様の三蔵への愛は 師とも父とも違う何かだった。
私とは違って 男で僧で未婚でいらしたから はっきり理解できなかったけれど・・・・
例えるなら この地を包む大気のようなそんな愛。
亡くなるまでは 優しい愛で 守り育てたのだったら、
亡くなってからは 厳しい愛で 強くしてくださっているんだと思う。
そして 経文を取り戻して 師の敵を討ったとき
また 新しい愛の形となって 三蔵を包まれるのよ。」
瞼を閉じれば 飄々として 笑みを浮かべた師の顔が 思い出された。
こんな雨の晩に 普段のお師匠様の顔を思い出すことは 珍しいと
三蔵はの話の続きを待った。
「三蔵と八戒には 辛い事を思い出す雨なのでしょうけれど、
この過酷な旅に 休みをくれるのは やっぱりこの雨なのよね。
慈雨なんだと よく思うわ。
慈しみの雨。
辛い事を思い出させるけれど 休ませようともしてくれている。
降り止まない雨はないし 止めば必ず青空か 星空をくれる。
光明様が 三蔵を拾ってくれた人で 育ててくれた人で 師匠で
私は それが とてもうれしいわ。」
腕の中のが 寝返りを打って 三蔵と向き合った。
瞳には 涙がたまっているのか 闇の中でも光を反射して きらめいている。
「俺もだ。
さあ 昔話はもういい、もう少し休め。」
不機嫌そうに三蔵が言えば は黙って頷いて 瞼を閉じた。
の身体を 守るように抱きかかえながら 三蔵は闇をみつめていた。
あの喪失感を 消せるわけがない。
あの悲しみを 癒せるわけがない。
ただ もう一度 決して味わうことのないように 強くなりたいと思う。
この腕の中の愛しい者を 守れるだけの強さが 欲しいと思う。
『江流、強くおありなさい。』
あの遺言めいた お師匠様のひと言を 記憶の中から呼び起こす。
まるで 今の自分のための言葉のようだと 三蔵は 感じていた。
-------------------------------------------------------------
