NO.08 パチンコ
「まるで中学生の男の子みたいだと思いませんか?」
八戒がそう言って笑った。
その言葉にも顔を上げて「そうですね。」と、返した。
にもそんな淡い期待1つを胸に、廊下で男の子と
すれ違った覚えがないわけじゃない。
むしろ 女の子の方がそういうことは多いのじゃないかとさえ思う。
好きな人の姿を見るだけで胸がときめいて、その日一日 幸せに過ごせるのだ。
彼が元気で学校に来ているだけで嬉しかった。
そんな甘酸っぱい恋もあったと、は思い出す。
「まあ、頑張ったお陰で 彼女には良く会えました。
空振りの日だってありましたけれど、的は1つですからね。
僕の想いを込めた玉を幾つも放てば、1つくらいはど真ん中に当たるかもしれないでしょう?」
八戒の言葉に、思い当たる思い出が重なって 思わず笑顔になった。
「その努力が実ってデートに誘えたんです、
今までに蓄えた彼女の情報を使って彼女を喜ばせたいと想うのは、
男として当然のことだと思います。
彼女の笑顔を見たいと思ってはいけませんか?」
八戒は少しもの悲しげな瞳でを見ると、放そうとはしなかった手の力を少し緩めた。
「あの・・・それって・・・。」
『もしかしたら私の事ですか?』とは尋ねたいのに、それを口にする事が出来ない。
「はい、ご推察の通りさんのことです。
こんなネタ晴らししてしまったら、興ざめですよね?
でも 僕はせっかくのチャンスを逃したくはないんです。
ですから 貴女の中での僕の好感度が上がるのなら、そりゃ頑張りますよ。」
八戒のそのあけすけな胸の内を語る言葉に、は思わずクスクスと笑った。
「そう、やっぱりさんには笑顔が似合いますよ。
どうしてもとは言いませんが・・・・、いや それは嘘をつくことになりますか・・・。
僕と恋愛しましょう。」
八戒は、そう 自分の気持ちを言葉にした。
笑顔ながらも何と言っていいか分からないといった様子のを、
手をつないだまま立たせる。
「とにかく、お腹でも僕のことを気に入ってもらわないといけません。
まずは 美味しいオムライスを食べに行きましょう。」
うまくリードしながらも決して押し付けるのではない、
そんな八戒のスマートさにも素直に頷いた。
性急に答を求められたりすれば、間違いなく断りの言葉を口にする。
『恋愛しましょう』という言葉は、合コンやナンパで便利に使われているから、
思わず警戒してしまうのだ。
恋や愛を語るのは、何も口や態度ばかりではない。
そこは既に大人の付き合い。
どうしたってベッドの中の事も着いてくる。
その誘いと返事のタイミングが上手くつかめなくて、いつも機を逸している。
亜矢に言わせれば『ニブチンのせいで縁逃してるねぇ〜』となるのだ。
誘われているのに気づかない、返事をしているのにうまく伝わらない。
そんな自分を知ったら、この人はどう思うだろうか?
やっぱり今までの人のように、落胆されて去っていくのだろうか・・・・。
そのまま自然に手をつないだまま歩く。
言われて見れば、八戒とは学部も取っている授業も違うと言うのに 廊下や学食や購買などで
よく見かけていたような気がする。
いつも 穏やかな笑みをたたえていて彼が女の子にもてるのも分るなぁ〜と、
思いながら見ていたような覚えもある。
ただ それは偶然が生み出す出会いで、自分の姿を一目見るために
八戒が努力していてくれたとはは全然気がつかなかった。
学食で悟浄の頭に水をかけるまでは、ちゃんとした名前すら知らなくて
友人である亜矢に説明するにも困ったくらいなのだ。
あの日、チケットを買ってくれたのは偶然の出会いだと思ったが、どうなのだろう?
亜矢のキャンセルは本当に偶然だった。
不意に沸いた疑問をそのままぶつけてみる事にした。
目的のお店に着き 席に座ってオーダーを済ませると、は目の前の八戒に尋ねてみた。
「あの、八戒さん。
チケットを買って下さったのは、偶然ですか?」
その質問に八戒は笑顔で頷いた。
「ええ、あれは本当に偶然です。幾ら僕でもさすがにそこまでは・・・・。
でも さんとお友達の亜矢さんがあの日行くことは知っていましたよ。
正直に言いますと、チャンスがあればって思っていました。
そのチャンスが目の前にあったというのに、僕とした事が貴女に見惚れてしまって
一緒に見ようとお誘いできなかったんです。
あっ、これは悟浄には内緒にして置いて下さい。
知られたりしたら、何を言われるか分りませんからね。」
右手人差し指を1本ピンと立てて、自分の唇に当てながら黙っていて欲しいと強調してみせる。
そんな仕草までがとても素敵に見える。
八戒の穏やかな笑顔のお陰で、食事は美味しく食べられた。
食事中は、当たり障りのない話をしてくれる八戒の気遣いに嬉しくなる。
食後のコーヒーを飲み落ち着いたところで、八戒は話を元に戻した。
「実は僕の様子を見ていた悟浄に、少しストーカーまがいの行為だと言われまして・・・。
見ず知らずの男や嫌いな男からそんな事をされたら、きっとご迷惑だろうって。
あっ、決してそんなつもりがあったわけじゃないですからね。
誤解しないで下さい。
僕としては ただ貴女の姿を見たいだけだったんですが・・・・。
それがストーカーだと言われると最近の世論では、否定は出来ないらしいです。
このままでは 不味い事になるそうなんです。
どうです、試しにでも構いません。お付き合いして下さいませんか?
僕をストーカーの道から救えるのはさん、貴女しかいないんです。」
子猫の・・・いや 彼の場合は、なんだか子犬っぽいような気もするが、
そんなすがるような目をして見られると断れない。
大の男の人に相応しい言葉ではないが、なんだか母性本能をくすぐられる。
それに これだけ押しの強い人は初めてだ。
この人なら 多少自分の対応が鈍くても気にしないで居てくれるかもしれない。
押し付けてくる訳ではないのに、しっかりと自分の気持ちを示してくれる。
これで 分らないと言う方がどうかしている。そんな気になった。
「分りました、お付き合いします。」と、は返事をした。
「ありがとうございます。」それを聞いて八戒はそれは嬉しそうに笑った。
あまりに嬉しそうなので、今度はのほうが不安になる。
「でも 八戒さん。
私、友人に正面切って言われるほど、恋愛には鈍いんです。
自分で鈍いと言うのもおかしな話なんですが、
彼氏が出来ないのは私に原因があるらしくて・・・。
その相手の気持ちというか態度を表すサインをちゃんとつかめないって言うか。
要するにやっぱり、鈍いんです。
だから 付き合ってもガッカリするかもしれませんよ。」
の不安そうな言葉に八戒は「何を言うのかと思ったら、そんなことですか。」と、
事も無げに言ってくれた。
「大丈夫、その辺は今までの観察でだいたい察していますからね。
その上で、こうして申し込んでいるんです。
僕がいままでさんを傷つけてきた男たちとは違うんだということを、証明させて下さい。」
そう言ってテーブルの上に置かれていたの手を、そっと上から包み込む。
こうしてあげたいんです・・・まるでそう言っているかのように、温かさが伝わってくる。
本当に選り取り見取りに選べる人なのに、何が良くて自分を選んだのかは分らない。
それでも いい人だということは既に知っている。
望まれて、口説かれて、落とされるなんて・・・・今までに味わった事がない。
それもこんな良い男に・・・・。
思わず八戒の自分を見つける瞳や笑顔に、頬が熱くなる。
この不思議な感じはなんと言えばいいだろう。
そう 自分の中の「女」が喜んでいるとでも言えばいいだろうか・・・。
この人なら 私の眠っている「女」をもっと引き出してくれるのだろうか?
そして その言葉どおりに愛してくれるのだろうか?
そんな期待が身体の中に沸き起こる。
想いを込めた玉と言うのが、ど真ん中に当たったんだとは知る。
それが 単発での当たりなのか、それとも確率変動型の連続的な当たりなのかは分らない。
それはきっと これからの2人にかかっているのだと言う事くらいは、言われなくても分る。
そして願わくば、八戒にとっても自分の玉が大当たりしている事を。
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28万打通過記念夢
