雲の切れ間から陽の光が差したり、ビルの谷間でそこだけ日が差し込んだりすれば
そこはまるでスポットライトのように見えるものだが、此処は屋内でそんな事は起こらない。
屋内だから人工の光でそう処理する事は出来る。
でもここにそんな事はされていないことはもちろん知っている。
だけど自分が目にしている光景はまさにそんなスポットライトが、
彼にだけ当たっているように見えるのだ。
自然に人の視線と光を集めているように見えるその人は、男性だ。
金色をした髪は、さらさらと音をさせそうだ。
わずかに伏せた瞼の下には、紫暗の瞳がある。
あまり見かけないから珍しい色だという程度の認識しか無いけれど、
彼に凄く似合っていると思う。
今は手にした新聞に視線を注いでいるので、よく見えないのが残念だ。
記事は最近氾濫している薬物に関するページだった。
規制のかからない薬だが、危険が無いわけでも常習性が無いわけでもない。
手を出せば死につながる事さえあると、警告を発している。
そんな所を読んでいるのだから、不機嫌なのも仕方が無いのかな?
新聞を持っている手は、やっぱり男の人だから大きい。
でも 職業は力仕事では無いらしく傷の無い綺麗な手をしている。
椅子に腰をかけているけれど、此処に務めてから椅子に座っていても
だいたいどの位の身長なのかが分かるようになったので、
175センチ前後だと言う事くらいは分る。
長い足を邪魔そうに組んでいる。
ワイシャツにネクタイのスーツ姿というこれでもかというほど普通のサラリーマン的な服装なのに、
それがとても似合っていて様になっている。
あっ、今新聞に注がれていた視線が、腕時計を見た。
私も壁の時計を見上げる。
夕方の6時5分過ぎ。
きっと待ち合わせだ。
時計で時間を確認した途端、「ちっ。」と舌打ちした音が聞こえて表情が曇った。
きっと待ち合わせをしている人が遅れているのだろう。
多分その時間は6時なのだ。
5分過ぎたくらいで舌打ちをするところをみると、少し短気なのかもしれない。
なにせ聞こえた舌打ちが、様になっていた。
新聞に落としていた視線を上げて、美しい街路樹と降り注ぐ光を取り入れるために
取られている大き目の窓から外を見た。
溜息というほどでは無いけれど、息を大きく吐き出している所をみると
お目当ての人はまだ見えないらしい。
こんな素敵な男性を待たせるのはどんな人だろう?
時間が時間なだけに、ビジネス関係者ではないと思う。
飲み会や何かの集まりでの待ち合わせならば、ポツポツと誰かが来てもいいはずだし
此処で待ち合わせるようなことも無い。
だとしたらやっぱり恋人だろうか?
不意に店の入り口に取り付けてあるベルが鳴って来客を知らせる。
「いらっしゃいませ。」と、声をかけると人数の確認のためと席への案内のために
入り口に視線を走らす。
お客は1人。しかも男性だ。
「お一人様ですか?」そう声をかけて案内をしようとすると、
「待ち合わせです。窓際の新聞を広げている男性と・・・・。」と、私の後方へと
案内を求めるように説明された。
お盆にお冷の入ったコップとお絞りを1つ用意して、先ほどからずっと見ていた
金髪の男性の元へと案内をする。
待ち合わせは男性とだったんだと、なんだか嬉しくなった。
それに今来店した人もタイプは違うけれど美形だと思う。
「どうぞ 此方です。」
案内をしてコップとお絞りをテーブルに置くと、「コーヒーをお願いします。」と
すぐに注文を受けた。
「はい、コーヒーですね。承りました。」そう注文を復唱してテーブルから下がる。
その背に「てめぇと待ち合わせた覚えはねぇ。」と、金髪の人が言ったらしい言葉が聞こえた。
なんだ違うのか・・・・と言う思いが広がる。
明らかにガッカリしているというのは、私があの人に惹かれているからだろうか?
注文を通してフロアに向き直ると、視線は嫌でもあのテーブルに向かってしまう。
そこには不機嫌なのを隠そうともしない金髪の男性に、苦笑しながらもうまくあしらっているらしい
黒髪の今来た男性。
新聞紙を折りたたんで相手をしている所を見ても2人は旧知の仲なのだろうと見て取れた。
その人がコーヒーを注文したという事は、まだ誰かを待っているということになる。
配膳した後でもそのテーブルが気になってしょうがない。
いったい誰を待っているのだろう。
1人だけでも充分にいい男が、2人して待つ相手って・・・・。
また来客を知らせるベルが鳴って2人連れの男性が入ってきた。
コップとお絞りを用意している間にその2人はさっさとテーブルを間を店内を進む。
案内がある店と無い店があるのだからそれは別にかまわないし、
時間的に空いている店内だからテーブルに案内しなくても店内を見れば
空いている所の方が多いくらいだ。
でもその2人は迷うことなく窓際の例の2人のテーブルへと近づいて行った。
黒髪の男性が2人に気付いて笑みを浮かべているのに対して、
金髪の男性は先ほどよりも機嫌が悪くなったように感じる。
注文をとろうとしてテーブルに近づくと、
「すいません、すぐに出ますからオーダーは結構です。」と断られた。
もともと待ち合わせなのだからそういうこともあり得る、
場所柄そういうことは珍しくも無いので頷いて定位置に下がった。
これで全員が揃ったのだろうか。
着ているものも全員がバラバラで統一感が無いから職業も同じでは無いだろうし、
年齢もばらつきがあるように見える。
新聞を広げたまま会話にも参加しない金髪の人を中心に、4人はまとまっているようだ。
最後に来た2人連れが席に座って間もなく、街路樹の木漏れ日が踊る窓を
コンコンとノックする女性が現れた。
ガラス越しに彼らを見るその瞳は、優しい笑顔に相応しい光が宿っている。
振り返りたくなるような美人ではないのに、誰もがひきつけられるその存在感。
誰の彼女かはよく判らないが、その優しく涼しげな印象は満月のように感じた。
茶髪の少年と赤いロン毛のお兄さんが笑顔でそれに答えて手を振る。
黒髪の男性がテーブルの上を片付け用意すると、
金髪の男性が新聞をたたんでくわえていた煙草を灰皿に押し付けて消した。
それを合図にするように4人が立ち上がる。
少年が駆け出して店の外に出ると、彼女へと向かって傍による。
その雰囲気には姉弟のような感じが見えて、実に微笑ましい。
彼女の横顔には見覚えがあった。
時々当店を利用してくださるOLの中に彼女はいる。
きっと近くに勤めているに違いない。
でも待ち合わせに使ってくださるのは初めてのはず。
だって 4人の男性の誰が待ち合わせの相手でも忘れられないほどのいい男揃いなのだから。
いくら私でも忘れる事は無いと思う。
次々と店を出て行く男性たちが、彼女の傍に行くと満面の笑顔。
最後に出て行く金髪の男性が、レジで精算するのを待っている間も楽しそうに話している。
私としてはこの人が一番好みかな。
迎えに来た彼女ともそれほど親しそうでも無いし、ひょっとしたら可能性くらいあるかも。
お釣りを渡す時にレジ横に置いてあるケーキセットのサービス券を1枚取ると、
「ご利用ありがとうございました。これ、よろしければお使い下さい。
次回のご来店をお待ち致しております。」と、言葉を添えて差し出した。
この券はウェイトレス仲間じゃ『逆ナンパ券』と言われている。
好みの男性に渡す事で再来店してもらい、チャンスを作るのだ。
恋人なんかを連れてくればその人はアウトだけど、
一人で来てくれたりすればそれをきっかけに話をしたりすることも出来る。
歴代のウェイトレスの先輩の中には、それで恋人をゲットした人もいたりして
伝説化している券だったりするのだ。
「あぁ。」とそっけない返事をして、金髪の男性はサービス券を財布にしまった。
とりあえずは可能性が生まれた訳だ。
もうこの店に来る気の無い人は、その券さえ断ることもあるのだから。
出て行く後姿に願掛けをしたいような気持ちになる。
『次来る時は一人で来てくださいね。』そう言えたら一番いいのだけど、
さすがにそこまでの勇気は出なかった。
それでも 次にいいなぁと思う人が現れるまでの間は、彼は私の中では仮の恋人。
そんな事でもして楽しまないと、単純作業の退屈な仕事だから飽きてしまいそうになる。
凄い素敵な人だけに、なんだか夢見心地。
向うも私を見初めてたりしないかな・・・・なんて、考えるだけでも嬉しくなる。
彼が合流して5人は何処かへ向かうらしい。
相変わらずあの少年が先頭を歩いている。
最後尾の彼が横に並んだ彼女を向いて、わずかだが微笑んだように見えた。
肘を差し出すようにすると、彼女が恥しげに腕に手を絡める。
な〜んだ そういうことか・・・・・と、ガッカリ。
気持ち良くうたた寝しているところへ冷水をかけられたように目が覚めた。
きっと 薬の効果が薄れて現実に引き戻されるって、こんな感じなのかもしれない。
それが嫌だから、また その効果を期待して手を出してしまうのかな。
持続性が無いマッチに点けた火みたいなモノかもしれない。
幸せそうな2人の後を見送りながら、始まった途端に終わりを迎えた自分の恋をそう思った。
