NO.73 煙
このところ、どこへ行っても喫煙者には肩身が狭い。
駅の構内は終日禁煙だし、どこのビルに入っても同じような有様だ。
灰皿を見つけるのでさえ困難を極める。
レストランでは喫煙席を選んで座るが、だんだんそのスペースが狭くなっているように
感じているのはきっと俺だけじゃないはずだ・・・絶対に。
おまけに喫煙ルームとか言って、まるで水槽のような入れ物に押し込まれる。
その中で換気扇のモーター音を聞きながら吸ったって、
美味くなんかあるわけないっつ〜の。
ガラス越しにジロジロ見られて、まるで金魚にでもなったような気分だ。
違うな・・・・金魚のように好意的な視線じゃないから。
どっちかってーと、爬虫類を見たときのように気味悪がってるって言うか、
出来ればそんなものの傍には行かないって感じの視線。
肺がんになりやすいとか、健康のため吸い過ぎには注意しましょうとか、
健康を損なう危険性があるとか、もうエトセトラ、えとせとら、etc.・・・・。
好きで吸ってるんだからいいじぇねぇの。
放って置いてくれって!
まあ、だけど俺も1人だけ副流煙から守りてぇ女がいる。
後の野郎は知ったこっちゃないけどな。
は、俺の可愛い彼女だったりするわけで、その副流煙から守るには
俺の傍にいないのが一番いいだろうとは思う。
だけど、それは絶対嫌なわけだ。
だって、情けないことににベタ惚れなんだよねぇ・・・・これが。
八戒には「は悟浄には過ぎた彼女なんじゃないですか?
なにも選り好んで悟浄の彼女になんかなることないでしょう。」とまで言わせるほど、
俺の恋人になるって『落ちる』って事らしいけどな。
いいんだよ。
俺とが納得してんなら。
一番いいのは、一緒にいる時に煙草を吸わないこと。
これに限るだろう・・・・とは思う。
でも、俺の場合は我慢できそうにない。
もこれといって何も言わない。
煙草を吸うと嫌がらせのように窓を開けたりすることもなければ、
煙から顔を背けたり部屋から出て行くということも無い。
むしろ灰皿を差し出してくれたりして、好意的だ。
もう、の懐の広さに感謝って言うか、愛の深さに感動っていうか・・・。
ところが、その俺にとっちゃ嬉しい状態がなぜか最近そうでもねぇ。
何をしてもはニコニコと笑顔で許してくれる。
部屋を煙でIn霧な状態にしても、灰皿に吸殻が山になっていても、
に断りも無くいきなり煙草を吸ったりしても・・・・・だ。
『悟浄、やめて。』でもなけりゃ、『身体に良くないよ。』とも言ってくれねぇ。
俺の好きにやりたい放題だというのに、なんだかいたたまれない。
俺が何をしても、もう気にもなんないって事なんじゃ・・・・。
やべぇ・・・・これはマジやべぇって。
頭の隅に押しやっていた回転灯が赤く点ってくるくる回りやがる。
のそばでタバコに火をつけてくわえると、警報がなると言うおまけ付だ。
かつて無かったそんなことに、俺は戸惑いを覚えた。
そこでが彼女になるまでは、結構世話になりっぱなしだった八戒に
相談してみることにした。
他の女に相談してぇところだが、なんだか怪しい状態のこんなときに
そんなやばい橋を渡る気はねぇ。
自滅するなんて、ぜってぇやだかんな。
「今頃ですか・・・・。」
俺の話を聞き終わった八戒が、手にした湯飲みから茶をすすった後で
ため息混じりにそうつぶやいた。
「悟浄、だいたい貴方は女性とのお付き合いの仕方に問題がありすぎです。
今までの女性たちと違ってさんは大事な人なんでしょう。
だったら、甘えてばかりいないで少しは態度で示さないと、愛想をつかされますよ。」
八戒の言葉に反論しようとして口を開いた途端、八戒は手をかざして俺の発言を止めた。
「『俺は態度でを愛していると示している。』と言いたいのでしょう?
でも僕から見ると、悟浄はさんの愛に甘えているだけにしか見えませんよ。
だって悟浄、自分の好きなことしかしてないでしょう?
何かさんに文句があるようなところで、悟浄が我慢しているところありますか?」
八戒の挑戦するような目つきに俺はムッとしたが、あえて何も言わずに
その質問を自分に課してみた。
確かに八戒が言うとおりにと一緒にいて俺が我慢している所なんて思い当たらない。
デートで待ち合わせすると、たいていが先に来ていて俺が待つなんて事は無い。
好き嫌いがあるとか、何かを強引にやられるような事も無い。
高額商品をねだられた事も無ければ、旅行や食事に連れて行けなんて
わがままを言われたことも無い。
『あれをして欲しい。』『これをしたい。』なんて言われたこと無いかも・・・・・。
そう、エッチさえもねだられたこと無い。俺がしたいときに押し倒していたりする。
やばい・・・本当に無い無い尽くしだ。
いつも 俺から言って。
いつも 俺からねだって。
いつも 俺から行動する。
はいつもそれを笑って許してくれるだけだ。
「ね? やっぱり悟浄は我慢なんかして無いでしょう。」
俺の顔色を見て、八戒がそれ見たことかと言う口ぶりでご丁寧に念を押してくれた。
思わず頭を抱えて机の上に突っ伏した。
「はっかぃ〜。」もうこうなったら、八戒にでも何でも良い知恵を授けてもらうしかない。
後から恩を売られたってかまうもんかと、投げやりな気持ちになる。
はぁ〜と頭上であからさまに大きなため息が聞こえた。
「で、さんとの記念日とか誕生日とかいつなんです?
せめてどれかが近ければ、とりあえずプレゼントとか旅行とか出来るじゃないですか。
貴方の誠意を見てもらうんです。
別れるって言われないうちに、悟浄が本気で自分を好きなんだって思ってもらわなきゃ
意味が無いんですからね。
だけど、なんでもないときに誘えば、それは浮気を隠すためとか何かやましい事でも
あるんじゃないかと勘ぐられてしまいますからね。」
八戒の剣幕に、俺は何度も頷いた。
「わ・・・分かった。
の誕生日もなんかの記念日も無いけど、その代わり俺の誕生日がちけぇ。
それに誘ってみるわ。
『自分の誕生日に一緒に居たいのはだから。』って・・・・・どうよ?」
俺の返事に八戒は小さく何度か頷いて、
「まあ、いいでしょう。Only Oneだと認識するには、妥当な線ですね。」と、
褒めもしないがけなしもしない微妙な合格を下してくれた。
「悟浄、とにかく彼女を大事にして幸せにしないと、駄目ですよ。
さんを恋人にしたいと思っているのは、貴方だけじゃないんですからね。
油断をして彼女の愛情にあぐらをかいていると、横からさらわれてしまいますよ。
まあ、せいぜいそうならないように、気を付けて下さい。
僕以外に三蔵もその気があるようですからね。」
俺に釘を刺しながら、聞き捨てならないことをさらりと口にした八戒は、
笑顔だけれど目が笑っていなかった。
「えっ、お前それマジで?
三蔵もって本当にか?」
内容をあわてて確認する。
「さあ、どうでしょうかねぇ。
あぁ、お茶が冷めちゃいましたね、淹れ直しましょう。」
俺の追及を煙に巻いて椅子から立ち上がった奴は、
それ以上答えるつもりがなさそうに俺に背を向けた。
-------------------------------------------------------------
’04悟浄誕生日記念
