NO.66 666
西への旅。
その目的はただひとつ。
それを成す為の旅に、余計な旅程は無用だ。
そう考えている最高僧は、出来るだけ事を簡潔に処理しようとする。
面倒事など許さないというその姿勢に勝てるのは、
定番である子供と動物位だろう。
それでも 最初は絶対に妥協しないという姿勢で臨んでいる。
そんな中で彼の拾い物である少年と一行唯一の女性であるは
例外と呼べるかもしれない。
怒られても叩かれてもめげずに声を上げて食べ物を要求をする悟空と、
一行では最強の男が後ろ盾として付いている女性。
その2人と1日中共に行動しているのだ。
三蔵は・・・・。
つまり、常に三蔵の意のままにならない状態という事になる。
不機嫌になるなという方が無理な話だ。
そんな旅を生活にしているのだから、宿に着くとする事は決まっている。
いつものように一行全員の洗濯を済ませると、八戒はと悟浄と共に町の商店街へと
買い物をするために宿を出た。
あらかた買い物を済ませると自分もも両手にいっぱいの荷物になる。
悟浄には荷物だけ持たせて先に宿に帰しているから、これ以上は持てそうもない。
男4人ととジープという大所帯な一行だから、食料品はもちろん沢山必要だ。
それに不慮の事故や襲撃や戦闘や待ち伏せや罠なども想定して
いつも予定の日にち以上に用意しておかなければならない。
想定しなければならないものが多すぎて、疲れるほど。
加えて『公害級の大食漢』と三蔵に言わしめる悟空を抱えての旅は、
とにかく食料品がいくらあっても足りない。
それに悟空はお腹が空いていると、『力が出ねぇ。』と言って、
肝心の戦闘時に使いものにならなくなる。
燃費効率が悪すぎる・・・・・とは、誰の言葉だったろうか。
しょうがない、この上に抱えて歩くしかないと、最後に寄った店で腹を括った。
もう一度此処まで来るよりもその方が良いと判断したからだ。
には軽いモノを入れてある袋を持たせているとは言っても
それは自分が提げているものと比較しての話であって、
決して軽いものと言う訳ではないからこれ以上持たせたくはない。
食べ物は、とかく重量があるものが多い。
後はどう買い物するかで決まると言うものだ。
店内を物色しだしてすぐに、「あれ、あんたは家のお客さんだよね?」と声をかけられた。
一度も訪れた事の無い町で声をかけられる相手は自然限られてくる。
相手が今夜の宿の女主人だと確認して、出来るだけ愛想良く返事を返した。
「明日からの旅の支度かい? 大変だねぇ。
凄い荷物だけどよかったら荷馬車で運んであげようか?」
そのありがたい申し出に、その店で買ったモノを含めてお願いした。
買い物を終えて店を出たときには自分もも手ぶらだった。
夕暮れまでにはまだ時間がある。
「、少し散歩でもして帰りませんか?
こんな チャンスはめったにありませんからね。」
嬉しそうに頷くの手を取ってつなぐと、商店街から一本道を変えて
静かな家並みの中を2人で歩く。
2人きりになんて中々なれない。
それでもこうして八戒はその時間を作ってくれる。
つかの間だけど、嬉しくて幸せな時間。
集会所のような建物から子供だけがドッと転がるように出てきた。
きっと学校のように使われているのだろう。
大小様々な背たけの子供の中には、本当に小さくて可愛い子も居る。
ふと立ち止まった2人の子供が、手習い帳らしき紙束を広げて見せ合っている。
道の真ん中で難しそうな顔をする幼い2人に、僕達は顔を見合わせて微笑んだ。
「可愛いですね。」と、が口にする。
「最初は本当にひらがなさえも上手く書けないんですよね。」
クスクスと笑うその顔は、力が抜けていて可愛い。
「八戒でもそうだったの?」
「誰だってそうでしょう。
僕だって最初は文字さえまともに書けませんでしたよ。」
遠い思い出を記憶から呼び起こした様な顔をした。
「それじゃきっと八戒は6歳の6月6日から始めたのに違いないね。」
訳知り顔でが僕の博識や達人振りをほのめかす。
「いや、そういうわけじゃないと思いますけど・・・・。
でもそれにはちゃんとした訳があるって知ってます?」
首を横に振って「知らない。」と言うその仕草が、何処かさっきの幼子を連想させる。
「まあ何かに証明されている訳じゃないですが、6歳頃と言うのは
人間が何かを系統立てて覚えていられる様になる頃だと言われているんです。
その場限りの場当たり的な記憶ではなくて、1から10までをつなげて覚えたり
基礎問題を応用問題に使うような事が出来るようになると言う事でしょうか。
だから 学校と言う制度に子供を預ける年齢が6歳と言うのも
あながち間違ってはいないと言う事らしいです。
昔の人は、どうやってその頃を見極めていたのか知りませんが、
ちゃんと時期を知っていたと言う事でしょうね。」
「だから 6歳の6月6日なの?」
「でしょうね。」
「知らなかった。」
そう言ったきりが黙ってしまった。
何かを考えている横顔に、傾いてきたオレンジ色の日が当たっている。
「それだったら・・・・恋にも何時から始めるといいとかいう見極めや
免許みたいなものがあったらよかったのに。
そしたらみんなが上手に幸せな恋を出来るかもしれないのに。」
夕日を顔に受けて、少し寂しげにがつぶやく。
「それは僕とじゃ幸せな恋が出来ていないと言う事を
遠まわしに伝えたいのですか?」
別に嫌味という訳でもないが、意地の悪い質問をする。
その言葉にの顔色が変わる。
本当に今の言葉で傷つけてしまったかもしれないと思った。
が言ったのは一般論であることなど判っているというのに。
日頃からには辛い恋を強いているという思いがあるせいだろうか?
彼女の言動につい過敏に反応してしまう。
三蔵が相手なら悟浄だったとすれば・・・・と、の相手を自分以外に置き換えて
本当ならもっと幸せになれるんじゃないだろうか?・・・・とか、考えてしまうのだ。
今の自分の発言に隣を歩くは、必死の形相で首を横に振って否定している。
何かを紡ごうとして唇は動いているけれど、何も言葉を発しない。
何を言ったらいいのかが分らない・・・・・そんな風に見える。
行き詰ってしまったのかその場に立ち止まると、俯いて小刻みに肩を振るわせ始めた。
「、嘘ですよ。そんなこと思ってもいませんから、泣かないで下さい。」
数歩後戻りをしての前に立つと、その震える肩を抱きしめた。
「すいません、僕の八つ当たりにを巻き込んでしまいましたね。」
幼子にするようにゆっくりと背中を撫でて落ち着かせる。
「ごめんなさい。」と何度も繰り返すが愛しく思える。
「此処じゃなんですから、あっちに行きましょうか。」と、
手を引いて人のいない場所に移動して落ち着ける所へ座らせた。
肩を抱いて泣いてしまったが落ち着くのを待つ。
こんなに愛しい人を泣かせたいわけじゃない。
出来ることなら自分の傍でいつも笑っていて欲しい。
そう願っているはずなのに、気付けばいつもを泣かせている。
泣かせても、苦しそうでも、危険な目にあわせても
どうしてもどうしても 傍からを離せなくなってしまっている。
下手でバカらしいほど不器用な恋をしている自覚がある。
自分の傍に置く代わりに、最大のライバルの手にも届く位置。
いっそ失ってしまった前の恋の方が、上手だったかもしれない。
相手が違うのだから比較してそう言い切れないまでも・・・・。
それこそ『もう一度、初めから勉強し直して来い。』と言われかねないほどの幼稚さ。
の望むものは何一つ与えてやれない不甲斐なさ。
まったく呆れて物も言えないほどだ。
幼い頃に戻れるものならば、そう願ってしまいそうになる。
だが、戻ったところでやり直せる訳じゃない。
もう一度あの苦しみを味わって、血の涙を流さなければには会うことは叶わない。
だとしたら、『もしも』なんて過去はいらない。
並びのいい日に始めた恋では、この手を取る事は出来ないのだから。
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