NO.62 オレンジ色の猫
は1人 公園のベンチで 座っていた。
さっきまでは 部のみんなと一緒だったが ようやく帰り道で1人になると
家に帰る前に 心を落ち着ける必要がある気がして 近所の公園に入った。
そばに置かれたカバンには 今しがた 戦ってきたばかりの練習試合に使った
フェンシングの道具が入っている。
今日の試合は 大変だった。
相手が強かったのではなく その戦い方が 嫌だったから・・・・・。
もともと フェンシングは 中世ヨーロッパの騎士道から始まっているために
礼儀とその優美な身のこなしが 美しいスポーツだ。
の外見は 日本人離れしているため その容姿とフェンシングというスポーツの貴族っぽい所が
似合っているので よく騒がれる。
また それを撥ね退けるだけの実力もあるので 氷帝学園高等部でも 女子にファンクラブがあるほどだ。
今日の相手は それを良く思っていなかったらしく とても騎士道とは言えないような
戦い方で を責めてきた。
狡猾(こうかつ)な戦い方と言ってもいいだろう。
確かに強い人だけれど こんな戦い方をする人ではなかったはずだと は記憶をたどった。
フェンシング部が 存在する高校はそれほど多くはない。
だから 少しでも強い人や 目立つ存在だと まず名前を覚える。
前にも 何度か剣を交えたことがあるはずなのに まるで違う人とやっているような気がする。
は強い だから そんな相手でも 負ける事はなかったが、
相手の剣に悪意がこもっているのを 感じての試合はいやなものだった。
家に帰れば 今日は 練習だけだと言っていた 景吾がいる。
あの 聡い男は の心の機敏を すぐに察知してしまうだろう。
自分のことで 心配はかけたくないと は思った。
それで こうして 重い空気を纏っている自分を 落ち着かせようと
公園のベンチに座っているのだった。
電話のベルが鳴って たまたま傍にいた景吾が それを取った。
内容は フェンシング部の部長からで の事を心配してのものだった。
試合の様子と その後のの様子を聞き出した景吾は 時計を見ると
「ちっ・・・。」と舌打ちをして 家を出た。
途中までは 一緒だったはずなのだから 家の側までは来ている筈なのに
時間から見ても 帰ってこないのは おかしいからだった。
これから夏季大会に向けて 一緒にいられる時間は少なくなる。
久しぶりにが試合から帰ったら 2人してゆっくりしようと思っていた矢先だったので
余計に心配な景吾だった。
家を出た景吾が 駅に向かって歩く途中に その公園はある。
西に傾き始めた 太陽の光と同じ髪色をした少女は ぽつんとベンチに座っていた。
「。」
景吾がかけた声に の肩が わずかに反応を見せる。
ベンチの隣に座って 顔を覗き込めば 気まずそうにそっぽを向いた。
「部長から 電話があったぞ。
俺が いやな相手と試合したって うちの奴らは心配なんかしねぇだろうな。
おい、こっち向けよ。」
頬を 人差し指で 軽く突っつきながら 景吾はに 自分が今日の事を知っていると 知らせた。
「まぁ、強くなってくると 敵も多くなるし 狙われるからな、こればっかりはしょうがねぇ。
しかも 俺なんか 頭も良くて カッコもよくて 親父の金だが金もあるだろ?
対戦相手は たいてい戦意メラメラだぞ。
強いということ以外でも 相手も戦意をかきたてると言うのは 恵まれた者の宿命だな。
そんな男を彼氏にしてんだ やっかまれても当然だろ。」
景吾の言葉に はなんだかおかしくなって フフッと笑ってしまった。
「おっ、機嫌治ったか?
はそうやって笑っている方が 俺は好きだ。
俺だって が彼女になったことで 他校もだが うちの奴らにまで
敵意向けられてんだ・・・・だが それが分かっていても を手放す気はねぇ。」
の荷物を軽々と 持ち上げて 景吾はベンチから立ちあがった。
「おっと 忘れるとこだった。
手ぇだしな。」
言われるままに は右手を景吾に差し出した。
何気なく置かれた小さな箱。
「どうしたの これ?」
「ん?あぁ、店先でそれを見つけたら の髪色と同じだったんで ついな。
ラッキーチャームだと思って 着けてくれ。
いつも俺がこうして 迎えにこれる日ばかりじゃねぇだろ?」
箱の中から現れたのは シトリン(貴石)で出来たかわいい猫のプチネックレス。
「景吾・・・・・・ありがとう。」
うれしそうな笑顔を見て 照れたように荷物を持ち直すと
「帰るぞ。」と 景吾は公園の出口に向かって 歩き出した。
振り向かずに 差し出された手に は思わず 駆け寄った。
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