NO.60 轍









アスファルトの上にあった小石を つま先でけりながら は歩いていた。

なんで うまく行かないんだろう?

どうして 先生やお父さんお母さんは 私の気持ちを分かってくれないのかな?

そんな事を 思いながら歩く道は 春はまだまだ遠い。

は 進路について 教師や両親と対立していた。

教師は 先の見通しのなさそうなことだと 反対し、

両親は この街を出ることに反対していた。

誰の理解も得られずに だけど 抱えた夢を捨てきれない。

このまま 教師や両親の言いなりになって この街で平凡な生活を送るのか、

それとも 援助もなく理解者もいない状況で 1人この街を 出て行ってみるか・・・・・。

答えを見つけられないままに 悩んでいるのだった。








蹴った小石が止まった先に 1人の人物が立っていた。

コツン、と靴に当たった小石を見た後 その人は を見た。

 遅い!

子供の時間じゃねぇぞ。」

そういきなり怒り出した人物は 隣の幼馴染 三蔵だった。

幼馴染といっても 5歳も年が違うので 遊んだというよりも 面倒を見てもらったといった方が

正しいくらいなのだが、大学入学をきっかけに この街を離れ 先年の春就職をしている。

盆暮れの他に 年に何度か 突然に帰ってきては とも話をしていく。

「三兄ぃ、久しぶりだねぇ。」と 力のない声で が挨拶をし 傍によると

「ん、忙しくてな。」と の頭を 撫でて少し機嫌を直した。







頭を撫でてもらって 下を見れば 三蔵が吸ったと思われる 吸殻が幾つか落ちていた。

はそれに気付くと 何で?と思った。

三蔵が外に居た理由が見つからない。

家が隣同士なのだから が帰ってくれば 家の中にいてもわかるだろうし

親でも この時間に外で待っているような過保護な事はしない。

ある事を 思い浮かべるだったが それはあまりに自分に都合がいい気がして

言葉にはしなかった。






「三兄ぃ ちょっと相談があるんだ。」

「あぁ、いいぞ。

後で俺のところへ来い、めし済んで おじさん達に断ってからだぞ。」

三蔵の言葉に はくすくすと笑うと、

「三兄ぃってば 相変わらず 硬いこと言うのねぇ。

そんなんじゃ いまどき 彼女もできないよ。」自宅のステップを登りながら言う。

「余計なお世話だ。

ガキが 生意気なこと言うんじゃねぇ。」

手をひらひらと振りながら は玄関に消えた。

「まったく 人を待たせやがって・・・・・、

忙しい所を 会いに帰ってきてみれば あの不良娘め。」

三蔵は 舌打ちをすると 自分も自宅に入った。








その夜。

三蔵は自分の部屋のドアの外に 人の気配を感じて 煙草の火を消すと

、何時までそこに居るんだ。

早く入って来い。」と 机に付属している椅子に腰掛けたまま 声を掛けた。

それに導かれて 照れたようにが入室してくる。

「こんばんわ、お邪魔します。」

「あぁ、適当に座れ。」

は 殺風景な部屋に入ると ベッドに腰掛けて座った。

「で? 相談って何だ。」

「ん、進路のこと。

お父さんとお母さんばかりでなく 先生にも反対されてるし 街を出ることもダメだって・・・。

一度は あきらめようとしたんだよ。

でも このままここに住んで 適当に事務とかの仕事について 恋愛か見合いさせられて

この街に住む人と平凡で 幸せな家庭を築いて 終わるのかって思ったら

どうしても 自分を試して見たいと思って・・・・・。

だけど 家を飛び出したって 1人でやって行けるかどうかさえ分からないし、

住み込みでやらせてくれる所があったとしても 未成年には保証人や保護者の承諾が必要なんだ。」

は 三蔵にかいつまんで 説明した。







「で、この街を出なければ その勉強は出来ねぇのか?」

「だって 私のやりたいことって ネイルアーチストなんだもん。」

「何だそれ?」

三蔵のその言葉に は自分の手をぐっと前に突き出した。

「三兄ぃ、これ見てどう思う?」

三蔵がの指先をよく見れば きれいに整えられた可愛い爪に 年頃に似合った

薄いピンクのマニキュアが 塗られている。

「こういう風に 爪を磨いて 整えて ネイルを塗ったり 飾ったりする仕事をしたいの。

学校もあるけれど ダメなら見習いで何処かに勤めながら 勉強したい。」

の顔は 何時になく真剣だった。

「これ 自分でやったのか?」

「もちろん!友達にも 練習台になってもらっているんだ。

女の子は みんな綺麗になりたいって思うもんだしね。

それに 自分の体の中で 一番目にするのは 手なんだよ。

そこが綺麗なら うれしいじゃない。

それに最近は アートとしても認められつつあるし 世界大会だってあるんだよ。」

三蔵が知っている限りで がこれほど 熱く語った所を見たことがなかった。






の手を 自分の手に乗せて 今の説明を踏まえて見れば なるほど・・・と 思えなくもない。

「どんな事をやるのか 俺にやってみろ。

色は塗らんでもいいぞ。」

そう言ってやれば うれしそうに笑って 持ってきたポーチの中から道具を取り出した。

小さいテーブルを出して その上にタオルをひき 三蔵の手をのせると 

ヤスリで爪の形を整え始めた。

に指を取られて 一本一本整えられていく爪。

それが終わると ヤスリを替えて 爪の表面の凹凸を整え 磨きにかかる。

自分のやりたい事を 解ってもらいたいは 三蔵がじっと見つめている事にも

気が付かないくらいに 真剣だった。






「ふぅ〜、三兄ぃ 終わったよ。」

そう言って は三蔵の両手を開放した。

三蔵が手を見ると 綺麗に磨かれた爪に目がいく。

「なるほどな。」

「男の人でも マニキュアを塗らなければ 決しておかしくはないでしょう?

女の子はこれに マニキュアを塗ったり飾りを付けたりするんだ。

可愛いでしょ?」

は三蔵に向かって 得意そうに言った。

「あぁ、確かにな。

さっき これの学校があるって言ったな。

何年行くんだ?」

三蔵は がどの位調べているのか 気になった。







「ん、1年間。

爪だけじゃなくて メイクやエステも教えてくれるんだ。

まあ 爪だけじゃ1年間も教えること無いからね。

ただ その学校が この街にはないって言うのが 痛いところ・・・。

だから お父さんたちも反対してる。」

そう言って 目に見えてシュンとしてしまったを 三蔵は温かい目でみつめた。

煙草に手を伸ばすと 一本くわえて 火をつけた。

それを挟んだ指の爪は 先ほど磨かれて 艶々している。

「どうしても 諦めるつもりはねぇんだな?

最後まで がんばってみたらどうだ?」

三蔵は にそう言ってみた。

「ん〜、既に 就職の内定時期はすぎたし 大学には間に合わないまでにがんばったんだよ。

それでも コネとかで 何とか仕事に押し込んでやるから 就職しろって!」

盛大なため息を吐く に 三蔵は何かを逡巡しているようだったが・・・・。








、学費ぐらいは貯金あるか?」と 尋ねた。

「うん、そのつもりで 高校に入ってからバイトで貯めたお金がある。

お年玉も使わなかったし 結構持ってるよ。」

「いくらだ?」

「150万くらい。

でも 入学金と授業料 教材費で なくなると思う。

生活費や アパート代まではたまらなかった。

だから 学校をあきらめて 美容院みたいに見習いで雇ってくれる所を見つければ

この位あれば 何とかなると思うけれど 家出って強制送還でしょ?

さっきも言ったけど 未成年だから 保証人と保護者の承諾って問題があるから

もうどうしていいかわかんなくて・・・・・・。

お父さんたちとは 毎日喧嘩してるし 先生もいい加減しろって 呆れてる。

だから・・・・・だっ・・・・・・ううっ・・・・・・。」

話している途中で は 耐えられなくなって 泣き出した。








煙草を 灰皿で消すと 三蔵はの隣に座りなおして そっと 肩を抱いた。

親と先生相手に 1人でがんばってきたんだろう。

自分に話して 少し楽になったのか は 三蔵の胸にもたれて 肩を震わせている。

「1人で 戦ってきたんだな。」

三蔵の言葉に 俯いたまま 頷いて答える。

抱いた肩は細く小さいが 柔らかい身体、髪は艶やかで 甘い香り  

可愛かった小さな女の子はもう何処にもいない。

三蔵を充分誘えるほどに 女になっている。

三蔵だって 最初から を女として見てきたわけではなかった。



 
  



大学入学を果たして この街を出たときには は13歳。

まだ 少女で子供のにおいが抜けない 中学生だった。

あれは が 高校生になって三蔵が大学3年の20歳の夏だったと思う。

正月とお盆くらいしか帰らなかった三蔵は 高校1年生になったに会って

一目惚れをしたのだった。

生まれたときから知っている 可愛い隣の女の子だった

1人の女性として 三蔵を堂々と捕らえた。

それから 三蔵は 盆と正月以外にも 頻繁に帰ってくるようになった。

そして その度に と話をしたり 出かけたりして お隣のお兄ちゃんから

1人の男としての自分を に見せてきたつもりだった。







そろそろ潮時だな。

三蔵の中で が進路について悩んでいる今だからこそ この関係から

一歩進んだものにするのには いい機会だと思った。

、俺ん所に来るか?

学費があるんなら 俺と一緒に住んで 学校に行けばいい。

食費や光熱費くらいなら バイトで稼げるだろう?」

三蔵の言葉に はガバッと顔を上げた。

「ほんと?

いいの?」

「あぁ、だがな 

俺は 幼馴染の女の子と住むつもりはねぇぞ。

同居じゃなくて 同棲してぇんだ。

それでもいいか?」

三蔵の言った言葉の意味を は考えているようだった。








「それって・・・・・・つまり・・・・・・。」

少し怖がっているような だが 三蔵を捕らえて離さない綺麗な瞳が じっと見ている。

「つまり が 好きだって事になるな。」

三蔵がそう言うと の顔に うれしそうな笑みが登った。

「三兄ぃ、ありがとう。だいすき!」

は 三蔵の首に抱きついた。

「うおっ、おい 。 いいのか?

一生の問題に発展するかもしれないんだぞ。」

あまりにも簡単に 自分の気持ちに答えたに 三蔵の方が不安を覚えた。

「いいよ、だって 私 小さい頃から 三兄ぃのこと 好きだったもん。

そうじゃなきゃ 今頃 彼氏の1人や2人いてもおかしくないでしょ?

いくら 幼馴染だからって 帰って来るたびに いつもいつも 暇そうに付き合うわけないじゃん。

気付いてくれてなかったの?」

微笑んで そう言ったを 三蔵は抱きしめた。 








「そうか、それなら 問題ねぇな。

、『三兄ぃ』は止めて 『三蔵』って呼べ。

今日から お隣のお兄ちゃんでいる必要がねぇ。」

頷いたの顎を 優しい手つきで持ち上げると 「呼んでみろ。」と耳元に囁いた。

「さん・・ぞう・・・・・・三蔵。

待っててね 夢を叶えに傍に行くから・・・・・待ってて。」

男として 自分を呼んだの唇に 三蔵は キスを落とした。







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44444番キリリク 玲菜様でした。
御申告とリクエスト ありがとうございました。
リクは「100のお題」から「NO.60 轍」で 三蔵ドリでした。
Do As Infinityの歌詞のヒロインでということで 書かせて頂きました。