100のお題   No.58 「風切羽」





 遠くの方でと八戒の話し声がする。
青い空を模した名前の水の塊りから聞こえる波音に切れ切れに。
ここからでは聞き取れない。
近視の混じった視力ではギリギリ捉えられる距離だ。
さほどの遠さはないだろうが林立する木々の中に紛れて向こうからこちらが
見えるということもなさそうだ。





 見る気はなくても木の下に座った視点で顔を上げれば
ふたりとも真っ直ぐ見える位置にいる。 だからイヤでも目に入ってくる。
見る気はないが仕方がない。  妙な言い訳を自分に聞かせる。





 肩に小龍を止まらせてふたりとも見交わしたり見つめ合ったり。
春と言うより夏に近い湖の傍らをしばらく歩くと程なく水辺に立ち止まった。
小龍たちも仲睦まじく小さな頭をつき合せたり忙しなくどちらかがやめれば
どちらかがちょっかいを出す、といったことの繰り返しで
気がつくと飛び退ってパタパタと宙を移動し始めた。





 八戒が何ごとか呼びかけている。  声が良く聞き取れない。
あまり遠くに行かないように、とでも注意しているのだろう。
そこから大して離れていない流木に止まってそこで遊び始めた。
 見送って顔を見合わせるふたりの視線。
八戒が愛しおしそうにを見下ろし、が眩しそうに八戒を見上げる。
繋いだ手と手の指が絡んだ・・・・なぜだかそう思えた。
別に見えた訳ではない。
距離のせいで判然としないがどことはなしに気配が伝わる。
視線と視点の移動だけでそこまで楽に想像出来る。
恋の深さが見え隠れした。



「何してんだ、あいつら」
 しばらく脇で横になっていた赤い髪の男が身体を起こした。
悟空はまだ寝ている。
折角の静けさが半分なくなって不機嫌に眉が顰められた。
「さぁな」
 仏頂面のまま懐からタバコを取り出すとおり良く隣りからライターが差し出された。
カチッ。 風に吹かれて赤い炎が揺れる。
水の匂いに混じってオイルの匂いが仄かに漂った。
不用意な気遣いに思わず眉根が寄る。
「フン・・」






 一瞥して自前のライターを取り出した。 火を点ける。
点かない――――。
「バーーーカ、忘れたかよ」
車上で点かなくなっていた。  後部座席のこの男に借りがあるのを思い出す。
不愉快だ。
 舌打ちして取り出したタバコを箱に戻すと再び懐にしまい込んだ。
「素直じゃねェな」
「大きなお世話だ」
「ほんじゃ今日んとこは手ェ震える前に」
「?」





 ポケットをゴソゴソと探っていたがなにやら小さな箱が放られる。
禁煙パッチ。
マジマジと悟浄と似つかわしくない小箱を見つめた。
 微かに水辺の気配が変わる。
男に軽く水を掛けられてが笑う、はしゃいでいる。
か・・・・・」
「この間寝てる間に貼られちまってな・・・」
 大柄な身体をのそりと仰向けて額に手をやって笑う悟浄を見た。
どことなく面白がっている風情。
「迂闊に寝とぼけやがるからだ」
「どーせ八戒の入れ知恵だと思うけどよ」



 時折涙混じりに煙たさに耐えるの表情、パッチを身体中に貼られて眠る男。
どうにも間抜けでどうにも切ない。 両方が浮かんで思わず薄く笑った。
守る、守られるよりも煙への耐性のあるなしがこの一行に参加する
最低条件かも知れない。
愛煙家はふたりだけだが どちらもヘビーで連鎖型だからだ。
 手渡されたパッチの箱を持ち歩くこの男も人が好い。
「それでやめる気だったか?」
「禁煙なんてチョロいもんよ・・・」
ウソくさいいいっぷりに思わず振り向いた。 赤い右目が瞑られる。
「俺なんか何百回もしてっからな」
翡翠の男と同居していた頃を言ったらしい。
「回数の問題か、ボケ」




 水面に波光が煌めく。
果てに見える線との間で翡翠の瞳からが逃げる。
彷徨うと呼ばれた大きな湖水がうねる。
はしゃぐ声、笑う声、追う息遣い、追われる息遣い。
笑い声だけが響く。  背景の空と水の青さはの瞳のそれに近い。
 30センチ近い身長差から身体を折り曲げるようにして
耳元に口を寄せて囁く八戒が見える。
水の青さか空の色かをの方に指し示して。
再び手が握られる――――。







 不意にバサバサと羽音がした。 別の風が吹き込むような・・・・。
「鷹?」
思う間もなく小龍たちのいる流木に羽根を休めて爪がかかる。
「怖くない?」
 僅かに怯えたような二匹の反応。 が八戒をそっと見上げた。
マジマジと八戒が精悍な姿の羽音の主を観察していたがやがてニッコリ笑って言った。
「大丈夫ですよ」
 片側の足元を指差しての肩を抱きながら話す。
「あれは誰かが飼っているものですよ・・・目印が足元についてます」
言われて見れば認識票らしきものがついている。
 鋭い爪が突き出た枝を抉るように捉えていた。
「この辺に鷹匠でもいるんでしょうか」
周辺を砂漠で囲まれた街だ。
、天竺よりももっと西では王族が趣味で鷹狩をするらしいですよ・・・・
青い空に白い砂の海で獲物を狩ったら彼らの目はさぞかし利いてくれるんでしょう」
 自分の隻眼と対比しているかと思うほど八戒がいつになく雄弁になった。
「身体は決して大きくはありませんけど風を切って飛ぶ姿はきっと美しいと思います」






「なぁ、飛ぶだけならジープもマックも飛べんだろ・・・・」
 気がつくと悟空や悟浄が立っている。
その後ろから三蔵が日の光に手を翳しながらゆっくりこちらに歩いてくる。
翡翠の瞳が微笑した。 スッと握り合う手と手が背後に隠れてから離れた。
「えぇ、飛びますよ・・・・でも、彼らの場合は飛ぶと言っても
空中を移動するといった感じですから」
「全然違うだろ、このサル」



 揶揄され終われまでもなく食ってかかる。
「サルって言うな!! エロ河童!!・・・・でもどう違うんだよ、八戒?」
「知らねェのか、このサル・・・翼の構造が違うんだ」
 後ろから追いついた三蔵が話す。
「鷹や鷲は猛禽類だ 飛んで獲物を捕りもするが上空で気流に乗って
地上を見張ることもする」
「ヘェ・・・」
「その緊張と緩和の使い分けを彼らは羽根でするんです」
 付け加える八戒に小柄な悟空が寄って行く。
「ふぅーーん、・・・・なァ三蔵も物知りなんだな」
「趣味で動物図鑑でも読んでるんじゃないですか?」
 真面目な推測ぶりがおかしい。  クスクスクスとを入れた4人が笑いを噛み締めた。
「煩ェぞ、外野!!」
凶悪の紫暗が細められる。 手にしたハリセンが行き場を探してわなわなするが見えた。





 バサッ、バサッ、バサッッッ――――。
不意に羽ばたきがした瞬間、まるで敬意と憧憬を表わすように鷹が三蔵の方に飛んだ。
反射的に右腕が出る。
鋭い爪、止んだ羽音。  外国(とつくに)の王の使いが三蔵の腕の上に止まる。
爪が食い込んで血が迸った。




「「「!――――」」」
 言葉も音も一瞬消えた。
水音も風のうねりも全員の耳から飛び退るほど目の前に美しい光景が煌めく。
金糸の髪、紫暗の瞳、舞い降りる鷹。  腕に爪が食い込んでいく。
法衣の袖に穴が開いて迸る血が地上を染めた。






 腕が熱いが苦痛はない。  不思議と重さも感じない。
鳥の骨は内部が空洞だというがその軽さが腕を通して実感出来る。
「三蔵・・・」
 悟空がキョトン、として呆けている。
害意を持たない鳥の所作に流血が想像つかないらしい。
腕に鳥を止まらせたまま不敵に笑うと言い放った。
「沸いてんじゃねェよ、このバカ猿」



 後ろで八戒やたちが右往左往するのが見えた。
遊んだ罰だ・・・・。
そう思った時眩暈がするような痛みが初めて襲って来た。









 傷は深かったにも拘らず血管や神経は避けていた。
医者が近くから駆けつけて応急処置をしてくれたのも幸いだった。
翌日軽い熱を出して八戒に小言を言われたが。
「キューーー」
 枕もとでジープが悲しげに泣く。
「心配してるんですよ、この子は・・・あの後あの鷹に食ってかかって
大変だったんですからね・・・大人しく寝てて下さいよ。
飛んできた猛禽類に素手を出すなんて命知らずもいいとこです」
 額に冷たい鼻面を押し付けられる。  丹のような瞳が見下ろしている。
「ジープ・・・」
「キュ・・・」
「心配かけてすまなかった」



 八戒がドアを開けて出ようとしたが相変わらずジープは動こうとしない。
微笑んでそのまま通路に一旦出た。
「あ、そうだ」



 すぐに戻って爽やかな笑顔で余計なことを言って来る。
どうもに腹の立つ八戒の習性はここでも毒を放って来た。
「寝ている間、タバコは厳禁ですからね」
「・・・・・」
「なんならコレ、貼っときます?」
 赤い瞳が貼られたと言っていたソレ・・・・。
「吸うのと大差ねェだろーが!!」
「イラついてますねェ、アレですか? おやつにコレでも食べてて下さい」
カルシウム入りビスケット。
「とっとと失せろ、このお節介!!!」


 言われるまでもなく快活に笑って翡翠の瞳の男が失せた。
「キューー」
飼い主の非礼を詫びるようにジープが後ろで一声鳴く。
振り向くと左肩に乗って来た。
さり気ない気遣いが伝わって不機嫌な表情が少しだけ和らぐと口元が緩んだ。
「お前のせいじゃねェよ・・ジープ」





 翌日――――。
熱の余波が関節に残るのを感じながら痛みを堪えて出立を言い渡した。
アイドルするジープの上で昨日禁止されたタバコを取り出した時。
「三蔵・・・」
「パッチなら遠慮するぞ」
「パッチってなんです?」
 気がつくと見慣れない少年が八戒に促されて三蔵の前に立っている。
「あの鳥の飼い主クンだそうです・・・・昨日も来てくれてたんですが
貴方寝てましたから出直してもらいました」





 この当たりにはない顔立ち。
浅黒い肌、意志の強そうな瞳と黒い髪。
八戒の言うように遠い国から訳ありで来た鷹匠の子供でもあるのだろうか。
 三蔵に詫びを告げると深々と頭を下げた。
「お前のだったのか」
 強靭さを感じる瞳が三蔵を見つめた。
「驚いていましたよ、普通ああした鳥は主人以外に懐かないものらしいですからね」
あまりこの辺の言葉が通じないらしい。
八戒とも身振りや手振りでやり取りしては首を振ったり頷いている。




 別れ際。
思いついたように少年が駆け寄った。 懐から何か取り出すと三蔵に差し出した。
風切羽根――――。
茶色と黒に彩られ、飛ぶ鳥の緊張と緩和の切り替えを為す物。
外国の言葉がいくつか出た後、それだけハッキリと聞き取れる言葉が
三蔵の耳に飛び込んで来た。



「やるよ、あんたに――――」





fin







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contents dream top 100のお題 掲示板 メール

親愛なる宝珠様

八戒夢にジープ要素をとのことでしたが
どういう訳か三蔵になってます<(_ _)>
「風切羽」のタイトルを見た時点で鷹匠しか
思い浮かばなくて・・・(←想像力貧困)
鷹匠というと中東の王族の趣味。
それが浮かんだら三蔵の方がいいかなー、
としか思えなくなって
そのクセ、ヒロインは八戒とラブラブ・・。
我が家は八戒サイトですのでこんな妙な
お話になってしまいましたが
お納めくださると嬉しいです。
こちらからの企画なのに進呈が遅くなって
大変申し訳ありませんでした。
受け入れてくださるかどうか・・・・。
判決待ちの罪人気分ですよーー(笑)

2003.05.31(土)

Another Moon.r管理人・沙季

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「Another Moon.r」様サイト公開半年記念の交換ドリにて
沙季様より賜りました。
ありがとうございます。
八戒サイトにもかかわらず 三蔵視点ドリを書いて下さいました。
このお話には 別バージョンとメインシリーズもありますので 
是非 遊びに行かれてお読み下さい。
相互リンクに付き「LINK」と「メニュー頁」にリンクが張ってあります。