自分だけが もう一度幸せになるというのは、罪な事にさえ感じる。
だが 死を選び逝ってしまった花喃は、咎めはしないだろう。
そんな狭量な女性ではなかった。
もしこれが逆の立場だったら、自分だって花喃の幸せを望むだろう。
勝手な解釈だ。
それは分っている。
幸福を得るのに自分に言い訳をしているなんて・・・・・、自嘲的な笑みが浮かんだ。
だが もうこの流れは誰にも止められない。
そう、自分でさえも・・・・。
夜半から雨になった。
その降り方は酷く、屋根を突き破ってしまうほどに音を立てている。
雨樋を流れ落ちる水は 飽和状態になった道に川を作った。
ここを出たらまず渡らなければならない大河には、妖怪の襲撃を恐れて橋がない。
筏のような造りの船で渡しがあるだけだ。
多分 水が引くまではここに逗留する事になるだろう。
紫水晶の瞳は不満げな色を宿すだろうが、には丁度良い休息になる。
もし 明日一日での目の下の隈が取れなかったら、
自分の裁量でもう一日ここに留まろうと思っていた八戒だ。
そんな必要の無くなったことに を抱いて横になったまま安堵の息を吐いた。
いくら三蔵でも濁流を泳いで渡ろうとはしないだろう。
の存在が 三蔵にブレーキを掛ける。
あからさまにはその気持ちを出す事はないが、三蔵がを憎からず思っていることは
八戒には充分に分っている。
の存在を愛しんでいる三蔵の表情は、自分では気付いてないだろうが甘く優しい。
少しでも 八戒がを抱いている腕を緩めるか 迷ったら、
すぐに奪われてしまうだろう。
戦いのさなかでも 背中を預けられるほど信頼している三蔵だが、恋においては好敵手。
それでいいと自然に笑みが漏れた。
過去を知っていても遠慮することなく 普通にぶつけられる気持ちは、逆に安心できる。
朝、買い物をするついでに 川の様子を見に八戒とは岸辺に来ていた。
渡しの基準にするのだろうか 岸辺近くに刺さっている丈夫そうな棒があり、
『危険』と書いてある赤い線の辺りまで 川の水位が上がっている。
八戒は近くにいた土地の者をつかまえて 水の引き具合を確かめた。
「後2〜3日は無理だろうということですから、三蔵の機嫌が益々悪くなりますね。」
そう言って に微笑む。
「きっとそうだね。
ここの所悪路が続いたから、ジープも疲れているみたいだし 丁度いいかもしれないね。」
八戒の肩にとまっている白竜に手を伸ばして頭を撫でてやる。
柔らかな瞳は 優しい光を宿し、聖母のごとき微笑を注いでいる。
撫でられる方も慣れたもので、大人しく頭を差し出し「キュウ〜」と甘えて鳴いた。
濁流を2人して見つめていると、が「川って 何処へ行くのかな?」と、
ぽつんとつぶやいた。
「もちろん海だと思いますよ。
それとも謎掛けですか?」と、笑顔で尋ねる。
「それぞれの支流で生まれた命なのに、いつしかひとつの流れとなってこうして
一緒に旅をしているでしょ?
穏やかな流ればかりじゃなく、時には こうして濁流となる事もあるだろうし、
分流してしまう事もあるんじゃないのかな?」
どうやら の問いかけは、謎賭けのほうだったのだと その言葉で知る。
生きる事は 時間を川のように流れていく事に似ているのかもしれない。
新しくはやり直せないけれども、流れて移動した水は 元の水ではないのだと
古人も語っているのだから 都合よく頷いておこうと、八戒は思った。
だからこうして、と共にいられる事を 許されているのだと解釈する。
「確かに、僕たち5人。
普通だったら出会う筈のない人生ですよね。
至高の位をいただく三蔵と 500年もの間の岩牢生活を送っていたという悟空。
半妖でギャンブラーの悟浄と 大量殺戮者で元人間の僕。
そして。
けれど 何処かで縁が結ばれていたのでしょう。
まあ、僕の場合はだけで充分なんですけどね。」
そういって微笑めば、同じように微笑んだ顔が返って来る。
「今は一緒に流れているけれど、いつかはまた別の流れになっていくのかな?
こんな濁流になってしまったら、どんなに数奇な縁で結ばれていても
一緒にいることは出来ないかもしれないよね。」
は 目の前の雨で増水した川を見つめて そうつぶやいた。
「それはいつか僕から離れて行くという事ですか?」
その問いかけには驚いたように見上げた。
「八戒はそう思っているの?」
「いいえ、そうは思っていませんよ。
それに 僕が先にに尋ねたんですよ。
『は いずれ僕から離れるつもりなんですか?』って。」
少し咎めるように言えば あわてて首を横に振って否定する。
そんな仕草が愛しいのだと、八戒は目を細める。
「僕がを手放すとでも思っているんですか?
そうだとしたら もうあきらめた方がいいかもしれませんよ。
僕はを他の男になど渡すつもりはありませんから・・・・。
この川のような濁流の中でも 貴女だけは離しません。
流れに逆らうことは出来なくても、を抱いて一緒に流れて行きますよ。
だから・・・・・・も僕から離れないように 僕を放さないで下さい。」
八戒は 願うような気持ちで最後の一言を付け加えた。
自分は どんなことがあってもを手放すつもりがない。
誰かに奪われるくらいなら 奪われてしまったとしたら
の存在自体に手を掛けるかもしれない。
追い込まれた時の自分の怖さは 自分自身が最も知っている。
黙ってしまった自分を気遣うように は顔を覗き込んだ。
「八戒、気分でも悪いの?
心配しなくても 私も八戒から離れないよ。」
心配そうな瞳に あわてていつもの笑顔を向けた。
彼女は自分の負の感情にとても敏感だ。
「いいえ、大丈夫です。
でも 正直言うとこんな河を流れて行きたくはありませんね。」
何気ない振りで 話題を明るい方へと逸らす。
そうすることで 自分の闇にふたをして、を怯えさせないように
自分の過去を気遣わせないように配慮する。
にはいつも微笑んでいて欲しいのだから。
彼女の優しい笑顔や甘い桜色の唇には、不思議な力がある。
それは自分だけに効果があるのかもしれないが、もうそれ無しではいられない。
独占欲の裏返しなのかもしれない。
甘えさせているように見せかけて 実は、自分の方が甘えている。
その存在に癒され、救われている。
〜のためになんて、偽善でしかないとさげすんでいた頃もあったというのに、
今はそれを支えに生きている。
同意をするようにが頷いて 河を見る。
「でも どんな河でも海に流れていくのなら、
例え途中で離れても海で会えるんじゃないのかな?」
河を流れていく話はまだ終わってはいなかったらしい。
「究極を言えば 海はつながっていますけど、なんと言っても広いですから・・・、
同じ湾に出られるとは限りませんよ。
山脈で分かれた河などは 大陸を挟んで反対側の海に注ぐことになりますから。」
「そうなんだ。」と 少し寂しそうに肩を落としてつぶやいている。
そんなの肩を抱いて「大丈夫です、放しませんよ。」と、耳元に囁いていやる。
そのまま 耳を甘く噛んでやれば 色の白いの頬に朱が走る。
何時までたっても慣れないその仕草が、男を煽ることを知らないのは罪だと思えるほどだ。
そう誰も彼ものその優しい微笑が欲しいと思い、
甘く柔らかい身体を抱いて眠りたいと願っている。
だからこそ 彼女が自ら選んだ男にゆだねる事を了承しているのだ。
何処までも を自分の虜にして溺れさせる。
そうしなければ ひと時も安心していられない。
出来ることならば 自分の一部にしてしまいたいくらいだ。
そう出来ないもどかしさが 恋心を募らせる。
見えない鎖を体中に巻きつけて拘束されていると言うのに、
どうしてそんな笑顔を向けられるのだろう。
自分の愛し方は苦しいに違いないと言うのに・・・。
苦しいと思うなら解放してやればいいと、頭では分っているのに
それは どうしても出来ないと思う自分も確認している。
この愛を信じている。
いや 信じたい自分がいる。
いつか叶う夢を信じて、愛を抱き続けていたい自分がいる。
の手を放さずに 河を流れのまま流されて、何処か南の海にたどり着いたら
そこを2人の楽園にすればいい。
過去の自分は 愛ゆえに 人を恨んで
愛ゆえに 多くの命を奪った。
だが 『猪八戒』と名前を替え 自分は変わったのだ。
だから 今度は この愛ゆえに・・・・・。
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「Another Moon.r」沙季様
サイト公開1周年 おめでとうございます。
そして 沙季様、お誕生日おめでとうございます。
三蔵ファンの私ですが、沙季様の「Painless heart」の大ファンなのです。
甘くて切ない八戒の愛に日々翻弄されるヒロインが、とても可愛いです。
お祝いを書かせて頂くにあたり、トリビュート・ドリームをと思い立ちました。
駄夢ですが お受けいただけると嬉しいです。
2003.10.22 「黎明の月」「三蔵夢検索処」 龍宮宝珠
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注1:「Painless heart」
「Another Moon.r」様にて連載中の八戒桃源郷ドリーム
当サイトとは相互リンクサイトにて、「百題」メニューにもリンク有
注2:背景イラスト
「Deep Forest」連様が「Another Moon.r」様へ贈られた物を使用ご許可を頂きました。
「Deep Forest」様とは相互リンクして頂いております。
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