NO.51 携帯電話
王である三蔵が 電話に出るという事自体 あまり無いことだ。
相手がよほどの高位な人物か 緊急を要する内容のとき位で、
後は言付けで事足りる事が多い。
それなのに 彼は何処に行くにもその携帯電話を持ち歩く。
愛飲の煙草とライターと共に シャツのポケットに入れらていることが一番多い。
本当に電話を待っているときには 目の前においてじっと見つめている事さえある。
「こちらから掛けてはいかがです?
王女も持ち歩いておられるようですし、掛ければ出て下さるでしょう。」と、
八戒が三蔵から掛けるように促してみても 無視されている。
もっとも 彼の場合 マメに電話を掛けるような性格はしていないのだが・・・。
その携帯の着信音が鳴るのは 公務に差しさわりのない時間に限られている。
その位 相手のも三蔵の空き時間を知っているということだ。
もっともスケジュールを渡しているのは八戒で、そのメモには電話を掛けていい時間に
印がついていたりする。
王の執務室。
八戒が差し出す 書類に目を通し、納得したものにはサインと御璽を入れる。
流れ作業的な仕事ではあるが、自分の決断が人を動かし お金を動かす事を、
三蔵は充分に知っている。
ゆえに単調な作業でも気は抜けない。
だからこそ 一番疲れる。
そろそろ一息入れようか・・・・と、三蔵は息を吐いた。
そのタイミングを見計らったように 胸元から振動と相手を限定できるメロディーが、
三蔵に着信を知らせる。
八戒がそっと席を立って「お茶を用意してまいります。」と 要件を告げて出て行く。
ポケットに手を伸ばしながら それには軽くうなずいて 電話に出るために携帯を取り出す。
口元に笑みが浮かぶのを抑えるのに苦労する。
それが判っているからこそ 八戒も気を利かせて退出しているのだろう。
携帯を開いて名前を確認すると 通話ボタンを押して耳に当てる。
『三蔵、です。
今 よろしいでしょうか?』
第一声に愛しい女が自分を気遣うのを聞いて 三蔵は気持ちがリラックスをするのを感じる。
例えて言うなら 夏の強い、陽射しの中を木陰に入ったような清涼感。
「あぁ、かまわない」と 承諾の返事を返す。
誘って約束などしなくても 2人はランチやディナーはいつも一緒に取る。
それは 2人だけでは無い事が圧倒的に多い。
公務がらみの事がほとんどなので、席は離れているし 会話もままならない。
三蔵にとっては 一緒に食事をしていると言うことにはならないのだった。
は「モーニングまで押し掛けなくてもいいのでは?」と、不平をもらすが
三蔵は新聞を持参して の朝食の席に現れる。
聞けば既に朝食は食べ終えているらしい。
コーヒーを片手に新聞を広げが朝食を食べる間 傍にいる。
が食後のコーヒーの段になると、新聞をたたんで短い会話を始めるのだ。
それ以外で 2人が直接会話が出来るのは 携帯電話だけだ。
八戒が差し出したスケジュールを見て、今夜は2人だけでディナーが取れると確認すると
「今夜は 一緒に夕食をどうだ?」と 三蔵は誘いを掛ける。
「そうですね、お店はどちらかしら。
お天気が良くなさそうだから、雨でドレスが台無しにならない所がいいですね。」
そう言われて三蔵は 椅子を回して外を見た。
窓から見上げる空は 確かに今にも泣きそうだ。
「それじゃ、今夜は歴史と物語に囲まれた場所はどうだ?
聞くところによると 暇さえあれば入り浸っているそうじぇねぇか。」
耳元でクスクスと笑い声が聞こえる。
会話だけを聞けば 普通の恋人のようにも聞こえなくも無い。
セキュリティと同席する人たちへの影響を考えて
2人は恋人といっても気軽には出かけられない。
せめてもの気晴らしに ダイニングではない所でディナーを予約する。
広い王宮内を利用するしかデートが出来ない。
贅沢なようで 窮屈な日々。
何か行動する時には、全て人を通さなければならないのだから
せめて 恋人同士の語らいくらいは 直通でも悪くないだろうと、三蔵は思っている。
パタンと2つ折に閉じて、胸のポケットにしまうと 八戒が戻ってくる前に
少し緩んだ顔を、不機嫌そうな顔に戻す三蔵だった。
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