NO.05 釣りをする人
家から さほど遠くない この川辺に来て 目的の人物を見つけると
少し離れた草地に は腰を下ろした。
何を考えているのか その横顔からは うかがい知る事は出来ないけれど
日々 色んなことに追われている 大切な恋人の数少ない趣味の時間。
一緒には居たいけれど 邪魔はしたくないと思う。
しばらくすると 日が傾いて来て 彼の横顔が オレンジ色の空に縁取られる。
めがねのレンズの所だけが 不規則に空が歪んで見えて
なんだか は目の奥がジンとして しまった。
竿を持ったまま 何を考えているのか とても気になる。
魚なんか たまに釣れるだけだし それほどの時間 一点をみつめて
何を思っているのか・・・・・。
学校のこと
テニスのこと
世話の焼ける部員のこと
対戦校のこと
将来のこと
その中に 私もことも入っているといいな・・・・とは思う。
浮が見えにくいほどに 日が傾いて ようやく竿がしまわれた。
ふと向けられた視線に は 微笑む。
「いつからだ?
来ていたのなら 声をかけてくれてもいいだろう。」
少し不機嫌そうに 話して近寄って来てくれた。
「ん、でも 貴重な趣味の時間でしょ?
邪魔はしたくないと思ってね 傍にいられればいいと思ったし・・・・・。」
そう言って 微笑めば ため息と共に
「まったく・・・・は 分かってないな。」とつぶやかれた。
「ところで 釣りをしている時って 浮を見ているだけでしょ?
何を考えて 釣りをしているの?」
何かお小言をもらう前に 先手を打って 話題を変えた。
「ん、人それぞれだと思うが 俺は 釣りをしているのではなく。
釣られているのだから 何も考えていない。」
その国光の答えに は疑問を投げかけた。
「国光が 魚を釣っているんでしょう?」
「ん、見かけ上はな。」
「それって 何か哲学っぽいモノがあるんでしょ?
国光はそういうの好きだから・・・・」
そう言ったの頭をポンポンと 軽く叩くと その手で肩を抱いてくれた。
「魚を釣っていると思う内は 自我が出ている為か 力も入るし 気配も強くて
魚はかからない。
だが 竿を握っているこちらが 実は釣られているのだと思い当たれば
自我も気配も捨てられる。
釣りとは そういう精神修行の場であると 説いた人がいて
そこまでの気持ちには至らないが 『俺が』という想いを
いまだ捨てられない俺には いい時間なんだ。」
少し苦く笑った国光の顔は いつもより ハンサムに感じた。
「やっぱり 哲学的だ。
ちょっと古い漫画に『エースをねらえ!』って言うのが あったでしょ?
あれに 同じような行(くだり)があったような気がする。
テニスボールには それぞれに飛びたいコースがあるんだけど 普段は それに気付くことなく
プレイヤーが打ちたいところへと 返球しているんだって、
でも ボールの望んだコースへ 打つことが出来れば 誰にも返球することができない
コースへと飛ばすことが可能だってお話だった。
それで その返球を可能にすることが出来るには 自我を捨てて もう一段高い
え〜っと・・・・『無我の境地』だったかな・・・・それにプレイヤーがなる必要があるって
そんな話だった。漫画だけどね・・・・。」
は そう言って 国光を見た。
彼の瞳が テニスの話だからか いやに真剣なのが分かる。
「あぁ 俺の考えもそれに近いかもしれないな。
心理的には 理解できるものがある。
だが 、話をそらそうとしてもダメだ。
は 俺の気持ちを理解していないぞ・・・という話だったはずだ。」
その国光の言葉に は肩に置かれた手から逃げようとした。
途端・・・・その手に力が入って 無理矢理に 向かい合わせにされる。
「との時間を 俺がどれほど大事にしたいと思っていると思う?
釣りは 俺だけが時間があれば出来るが
との時間は2人の時間が合わなければダメだろう。
俺の事を 思ってくれてのことだろうが そう思うのなら
今度からは 2人でいる事を望んでくれ。
何よりも欲しいのに 自分ではどうすることも出来ない時間なのだから・・・・
いいな?」
国光の手が の頬に添えられて ゆっくりと上を向かせる。
は 瞼を閉じて 国光を待った。
2人の時間が 始まろうとしていた。
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