NO.41 デリカテッセン





駅前通りの商店街。
美味しいと評判の店々が立ち並ぶ。
どの店で何を買っても美味しいが、それは食べ方にも原因があるはずで・・・・

何時食べるのか、
何処で食べるのか、
誰と食べるのか、

そして 何を話すのか。

貴女を惑わせるのは、きっと味だけじゃないはず。





【サラダ】 

買ってきたグリーンサラダをガラスのボールに移し、
野菜たちを軽くかき混ぜてからは手を止めた。
「ねぇ三蔵、ドレッシングはなにがいい?」
「あ?なんでも」
やっぱり・・・とは、影で溜息を落とす。
期待した返事は返らなかった。
三蔵の場合、それはいつものことだと言っていい。
マヨネーズが好きなくせに、それを素直に言わない天邪鬼。
ちょっと懲らしめちゃおうかな〜と、の悪戯心が騒ぎ出す。

「じゃ、この中から選んでね。」
そう宣言して冷蔵庫の前に立ち、扉を開けて顔を突っ込むと
次々と容器を取り出し、目の前に並べてやる。
ドレッシングのビンたちが、次々と行儀良く立っていく。
でも 本当は一番に欲しい筈のマヨネーズは出してやらない。
案の定、その品揃えに眉間のしわが深くなった。

「おい、そんな事してタダで済むと思ってやがるのか?」
怒気のこもった声に、フフッと笑って後ろ手に隠していた赤いキャップのそれを差し出した。
ひったくる様にそれを奪うと、キャップに手を掛けて三蔵が不意に動きを止めた。
「俺は・・・・」と、言ったまま沈黙する。
「俺は?」は、その先を促してみた。

「俺は、マヨネーズとだけは譲れねぇんだ、覚えとけ。」
そう言って、三蔵は緑の葉の上にたっぷりと中身を搾り出した。




【白和え】 


そこはいつもの店のショーケース前

「何でか時々ど〜しても食べたくなるんだよねぇ。
今日は白和え買っちゃおうかな。」
はそう言って 商品の1つを指差して注文した。
それを横から覗き込んだ悟浄は、その彩に昨夜見た光景が重なって
ドキッと胸が高鳴った。

少し生成りの入った豆腐の白さは、の肌の色に似ている。
裏ごしして滑らかな白は、まるでの肌触りを思い起こさせる。
大根は半透明になっているが、人参の紅さは
そのの肌の上に散った自分の髪のように見えなくも無い。
自分でも馬鹿な連想だと思いつつ、悟浄は目の前に無防備にちらついていたのうなじに
唇を寄せて舌先で舐めた。
自分で仕掛けた行為が、身体の中央で熱に変わる。

「うっ・・悟浄、なにするの? こんな所で止めてよ。」
舐めた所を手で押さえながらが振り向いた。
(頬を染めて睨んだってちっともきかねぇんだよ。)と、悟浄はククッと喉奥で笑った。
何時までも慣れないその初しいところが、男を煽るのだとどうして気付かないのだろう。
「ほら、その白和えの色がさ、の肌の色に見えたから味見を・・・・さ。」
ウィンクを飛ばしてそう言うと、「もう!」と言いながらも笑顔を見せる。
(俺も相当やられてんなぁ・・・)と思いつつ、悟浄も笑顔になった。

その可愛い笑顔からは想像できない艶かしい顔が見たくなる。
微熱しか感じなかった疼きは、いまや悟浄の中で欲求となっていた。
「なぁ、もっと食いてぇ 良いか?」
「うん、今買ったから帰ればすぐに食べれるよ。」
「じゃ遠慮なく〜。」
悟浄はの腕を取ると、嬉しそうに鼻歌まじりで帰路に着いた。






【焼肉ライスバーガー】 


土曜の午後。
デートの約束も無く、身体が空いたは映画三昧をしようと決めた。
涙腺の弱い自分のこと、夕飯はTake Outで済ませる事にして、
レンタルショップの帰りにお気に入りを買い込んだ。
1人だから1個で良いはずなのに、いつもの癖で2個オーダーしてしまう。

「夜食にでもすれば良いよね。」
そう独り言をつぶやいて、苦笑してしまう。
TVの前にクッションを抱えて陣取ると、物語にのめり込んだ。

「おい、迎えにも出ねぇのか?」
不意に掛けられた声に驚いて振り返れば、そこには居るはずの無い男。
驚いて何も言わないの元に近寄ると、「何泣いてんだ?」と尋ねた。
そう言われて、初めては自分の頬が濡れているのに気付いた。
「ったく、映画でよくそこまで泣けるな。
それより腹減った、何か食わせろ。」
言葉とは裏腹に優しく目尻を拭ってくれながら、三蔵は額に唇を寄せてくる。

「今夜は映画を見るつもりで、焼肉ライスバーガーしかないよ。
それで良い?」
困ったようにそうが言えば、「の好物だからな、それで我慢してやる。」
ククッと喉で笑って三蔵が答えた。
「ごめんね。今度 腕を振るって美味しいもの作るね。
簡単なものでもよければ今から作るよ。」と、埋め合わせを提案する。

「ま、心配しなくてもちゃんと馳走になる。
とりあえず腹に何か入れとくか、はシャワーを浴びておけ。
俺の好物はデザートで食うからな。」と、三蔵は楽しそうに囁いた。







【中華ポテト】 

商店街を通り抜ける間に、の手には知らぬ間に紙袋が握られていた。
多分、先ほど煙草を買いに離れている時だろうと、三蔵はそれを横目で確認した。
店の並びが途絶えると、はゴソゴソと紙袋を開けて中のモノをつまみ出し口に運んだ。

「やっぱり出来たてはおいしぃ〜。」と、笑顔全開でモグモグやっている。
「行儀が悪いぞ。」咎めるように言っても、何処吹く風の態だ。
「だって、このホクホク感と蜜の甘さは出来たてが一番おいしぃんだよ。
おじさんが蜜をたっぷり掛けてくれたから、我慢できないんだもん。
三蔵も食べてみる?」
そう言っては、手を紙袋に突っ込んで中華ポテトを摘もうとした。
三蔵はその手の手首を掴んで紙袋から出すと、その指先に蜜がついているのを確認した。

「芋は要らん。
だが、蜜の味はこれで分る。」
に視線を合わせたまま、その指先を口に含んでついているいる蜜を
ゆっくりと舌で舐め取る。

「ちょ・・・ちょっと 三蔵、こんな所で行儀が悪いよ。」
恥しさに頬を染めて、は抗議の声をあげた。
それでも 三蔵は指を放さない。
むしろ 余計な感覚を呼び起こそうとするような舌使い。

「先に行儀の悪いことをしたのはだ。
あきらめるんだな。」
次の指を口に含みながら、三蔵はニヤリを口角を上げた。


【芋天】 

油の撥ねるのが苦手なは、天麩羅は角の揚げ物専門店で買っている。
自分では出来ないからこそ店の主に時間を指定して揚げ立てをテーブルに並べるのだ。

だが、食べ方には少し煩い。
岩塩をすり潰してカレー粉や抹茶で風味を加えたり、天つゆの薬味にも凝る。
美味しく食べて欲しいと願うあまり、つい食べ方に注文を着けた。

の言葉に、三蔵の長くもない緒が切れた。
売り言葉に買い言葉。
食事はその場で中断、揚げ立ての天麩羅は手を着けられることなく冷めていった。
 
深夜、キッチンでが片付けをしていると、背後に嗅ぎ慣れた煙草の匂いがした。
ベッドから抜け出したを心配して見に来てくれたのだろう。
口ではどんな事を言っても そうなり切れない情を持つ。

「ただね、美味しく食べて欲しかっただけなの。
怒らそうとした訳じゃないんだよ。ごめんね。」
泣き出しそうな気配がする。
「ん、もう何も言うな。」
そっと背中を包んでやると、案の定 前に回した手にポタッと涙が落ちた。

翌朝の朝食に芋天だけがテーブルに出された。
冷めても美味しいそれは、の涙のせいか少し塩味がした。




【肉じゃが】


「えーっと、この肉じゃがに使ってあるジャガイモの品種は何ですか?」
そう店員に尋ねたを、横で聞いていた三蔵は眉間にしわを寄せながら見た。

「おい、。」
「なに三蔵。」
「お前、自分で作らねぇ癖に 素材の品種にまでこだわるのか?」
その問に、当然といった顔をしては頷く。

「芋なんざぁ、どれで作っても一緒だろう。」
三蔵は面倒臭そうにそうこぼした。
その言葉に、はムッと膨れっ面をして 三蔵を睨んだ。

「じゃあ、三蔵はどうして煙草のパッケージにこだわるの?
同じマルボロなんだもの『ボックス』も『ソフト』も中身は一緒でしょ?
だけどねジャガイモの2大品種のメイクィーンと男爵じゃ、味に大きく差が出るの。」
はビシッと指を突きつけて 三蔵に言い放った。
こだわっている嗜好品について言われたのでは、三蔵も言い返せない。

「で、どう違う。」
「ん〜っと、男爵で作った肉じゃがはねぇ。
お芋の表面が煮解けてお肉や糸コンや玉葱と絡まって、すご〜く美味しいの。
だから私は男爵派なんだよねぇ〜。」
そう自分の好みを話したの顔の方が芋より蕩けそうだと、三蔵は思った。

「ベッドの中でもその位の顔で答えろ。」
先ほどの敵討ちに三蔵はの耳元で囁いた。
頬を朱に染めるをそのままに 店の外に出る三蔵だった。




【HOTチェリーパイのバニラアイスクリーム添え】 

焼きたてのチェリーパイを冷めない内に切り分けて皿に盛り付ける。
未だソファで眠るを横目で見ながら、目の前に差し出した時の反応を想像して
八戒は1人微笑んだ。
料理は嫌いではないが、此処までの好みを考えてパイを焼くのは珍しい。
意識を飛ばすまで求めた後だけに、どうしても機嫌を取る必要があるからだ。

「疲れには甘いものが一番ですからね。」
と、言い訳してようやく起き出したを確認すると、最後の仕上げに取り掛かる。
バニラアイスクリームをパイの傍らに添えて、
ブランデーを少し垂らすと紅茶と一緒に差し出した。

「八戒はどうして食べないの?」
スプーンですくったアイスをパイに乗せて少し溶けてきた所を、
一緒に口に入れながらが尋ねた。
アルコールを含んだ大人の甘さと、
焼きたての温かさとアイスの冷たさが口の中で広がる。
お姫様はナイトの献上品を喜んで受け入れたようだ。

「僕はの後で、ゆっくりと味を見ますから気にしないで下さい。
だから沢山食べて下さいね。」
八戒は愛しそうにパイを口に運ぶを見守る。
口の端に着いた パイの破片を取り除くほどに甲斐甲斐しい。
の眉間に不審そうな色が宿った。
「それってもしかして・・・・・。」
「察しがいいですね、そのもしかしてです。」
にっこり笑ってそう返事をする男に、溜息をつくだった。







何か食べたくなりました?





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