NO.36 きょうだい





「ただいまぁ〜。」

玄関のドアが開いて、の帰宅を告げる声が聞こえてきた。

彼氏とのデートを楽しんできた声とは思えないほど、力が抜けている。

新聞を読みながら足音に耳を済ませると、俺の居るリビングに入ってきた。

「兄さんただいま。」

コートを脱いでソファに置くとその場にすとんと座って、何かを考えている。

こいつは俺に話があるときには、いつもこうだ。

下手な恋愛相談など受けてやるつもりはねぇが、可愛い妹の事となれば話は別だ。

「・・・・ちっ、今度はなんだ。

下らんことなら、話すなよ。」

渋々と言った態度で新聞をたたみ、かけていた眼鏡を外すとを見る。

「うん、ありがとう。」

そうにっこり笑う顔に満足を覚えて、俺の隣をポンポンと叩けば

嬉しそうにそこへ移動してきた。



どんなに人に言われようと可愛いものは可愛い。

俺の場合、妹のの存在は その一言に尽きる。

学生時代は俺が見てやっていた勉強も社会人となった今では時間がとれず難しくなり、

仕方がないので後輩で信頼出来る猪八戒に家庭教師を頼んでやったのは、

他ならない自分だ。

それが縁で2人が恋人になったと知った時の俺は、

まさに飼い犬にてを噛まれた主の心境だった。

どれだけ反対しようと思ったか知れない、いや 反対しようと思っていた。

だが、最初の恋の相手が本命の一生の相手として、巡り会ってしまう事もある。

2人を見ているとまさにそうなのだと思わざるをえなかったため、

渋々だが認めてやることにした。

それにいくら可愛いとは言っても俺が嫁にするわけにはいかねぇ。



「それで?」

俺の問いには、俯いたままこう言った。

「私って魅力無い?」

「あぁ?

なに馬鹿なことを、言ってる?

ちゃんと説明してみろ。」

の質問は俺には良く意味が分らなかった。

「だって八戒さんったらキスもしてくれないんだよ。

高校3年生の子供じゃそんな気にならないの?

小さい子のように手を繋いで歩くだけで、それも『迷子にならに様に』だって・・・・。

兄さんの妹だからしょうがなく付き合ってくれているのなら、もういいよ・・・・。

片思いならそれはそれで良いの、中途半端に優しくされるとどうして良いのかわかんない。

お守りをしてもらわなきゃいけないほど、私って子供なの?」

そう言っては辛そうに俯いた。

俺はどう答えようか逡巡した。

もちろんに掛ける言葉にも迷ったのもあるが、

同性として八戒の気持ちもなんとなく分かるからだった。




八戒が俺への義理でと付き合っているはずは無い。

もしそうなら、あいつの性格だ最初にはっきり断るだろう。

誰にでも優しく人当たりがよさそうだが、その実 頑固で自分の思ったとおりにしようとする男だ。

どうやったら自分の思うとおりに事が運べるかについて、

あの回転の早い頭で策を練り そうとは気付かせずに実行する。

そして最後はあの笑顔で押し切ってしまう。

今までどれだけ口を噤んで言う通りにしただろうと、三蔵は思いを馳せた。

その八戒が何もしないというのは 「しない」のではなく「出来ない」と言う方が正しい表現だろう。

可愛くて、愛しくて、自分だけがその権利を有していると分っていても

手を出せずに今の状態に甘んじているに違いない。

当分はそれで良い・・・・八戒だってこのままと言うことも無いだろう。

だが 可愛い妹のは、そうも言っていられないのだ。



三蔵だって女が言葉や態度での意思表示を欲しがることは知っている。

分っていても確認を取りたいのだ・・・・と。

そして可愛い妹が八戒の愛情を疑っている事は、疑いようもない事実だと。

はなはだ不本意な状況ではあるが、を泣かせる位なら此処は八戒に

本当のことを話させるしか解決する道はないだろうと、三蔵は考えた。

が今欲しいのは、自分の兄としての愛情ではなく 恋人の八戒の言葉なのだから・・・。

「拗ねてねぇで、着替えて来い。」

三蔵がそう言うと、は渋々といった感じで腰を上げて階段を上っていった。

三蔵は携帯を出すと八戒のメモリーを探して押した。

まだ 駅にまでは着いていないだろうから、引き返すように言うつもりだった。

♪〜

「はい、八戒です。」

「あぁ、俺だ。

すぐに引き返して来い。」

返事も聞かずに三蔵は携帯を切った。




ピンポーン

がまだ着替えて2階から降りてこないうちに、八戒が玄関に戻ってきた。

三蔵は リビングに招き入れると、理由を話した。

「お前、に手を出さないそうだな。

俺に遠慮しているのか?」

煙草に火をつけながら 目の前の八戒に尋ねる。

三蔵のいきなりの質問に さすがの八戒も驚いたが、すぐに力を抜いていつもの笑顔になった。

「いえ、そんなつもりはありません。

お兄さんを前にしてなんですけど、は大事にしたくなるタイプなんですよ。

もう、可愛くて愛しくて 守りたいんです。

そう たとえそれが自分からであってもです。

僕の醜い男の部分で汚したくないと思ってしまうんですよ。」

八戒はそう三蔵に説明した。

「八戒、お前かなりいかれているな。

は、そんな事で汚れる女じゃねぇだろ。

我慢も良いが、それで惚れた女を不安にしてりゃ世話ねぇな。

俺は 煙草を買いに出てやる。

を泣かせるな、愛してやれ。」

三蔵はそう言って立ち上がると、上着を羽織って財布を手にして出て行った。




そこへ入れ違いに着替えたが2階から降りてきた。

八戒の姿をリビングに認めると、踵を返してそこを立ち去ろうとした。

八戒はそれを見てあわてて立ち上がると、の身体を逃がさないように抱き込んで止めた。

、どうして僕から逃げようとするんですか?」

八戒は腕の中のに、そう尋ねた。

「そんなこと・・・・」

「ありますよ。」

の言葉を途中で奪って、八戒はそう言い切った。

、三蔵が電話をくれたんです。

僕に戻って来いって、を泣かせているのは僕だから責任を取れと・・・・。」

八戒の説明に兄の三蔵の名が出た事で、は驚いて振り返った。

「本当ですよ。

三蔵は煙草を買いに出るそうです。」

八戒は背中を向けているを自分の方へと向けさせて、肩に手を置くと顔を覗き込んだ。

、僕があなたとキスする事さえ怖がっていると言ったら笑いますか?」

その八戒の言葉に、は驚いたように顔を上げた。




少し悲しそうな寂しそうな八戒の翡翠の瞳に、は首を横に振った。

「僕はを本当に好きなんです。

それは疑わないで下さい。

僕も男です、あなたを僕のものにして僕色に染めてしまいたいと言う気持ちもあります。

でも を綺麗なままで守りたいと言う思いがあるのも本当なんです。

それが例え自分からであっても・・・・」

はそう言ってくれた八戒の頬に、自分の手をそっとすべらせた。

八戒の顔を両手で包んで自分の方へと引き寄せる。

額をコツンと付き合わせると、その恥しさに頬を染めた。

「八戒さん、私八戒さんにキスされたらもっと綺麗になるよ。

だってその方が嬉しいもん。

大事にしてくれるのはとっても嬉しいけれど、それは兄さんでもしてくれることだと思うの。

八戒さんじゃなきゃ出来ないやり方で大事にして・・・・ね。」

瞼を伏せて視線を合わせないようにしながら、小さな声でそう言ってくれた

八戒は再び腕の中に引き寄せると抱きしめた。




「女の子のにそんな事を言わせる僕は、恋人失格ですね。

すみません、僕は三蔵に嫉妬していたのかもしれません。

三蔵以上にを守れる所を 三蔵に見せたかったんです。

そして 僕をの恋人として、認めさせたかったんだと思います。」

腕の中のにそう懺悔すると、八戒はの可愛い顎に手を添えて上向かせた。

、僕は三蔵のようにあなたを守れないかもしれません。

それでも を愛しています。

あなたを僕に下さいますか?」

は首を振れない替わりに、そっと瞼を閉じて返事をした。

その可愛い意思表示に、八戒は優しく微笑むと桜色の唇に 自分のそれを重ねていった。




煙草を買った三蔵が ドアを開けるのはもうすぐ・・・・・





 

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【secret Bird】貴様運営サイトとの相互リンク記念に献上致します。
リクエストは『三蔵の妹で八戒の恋人、仲の良い兄妹に嫉妬する八戒』でした。
力不足で、あまりご期待に添えてないような気も致しますが、
貴様にはお気に召して頂ければ嬉しいです。

貴様に限りお持ち帰り可とさせて頂きます。