NO.33 白鷺
ある日の王の執務室。
「ねぇ八戒、私の学力は選挙でも通用するものになったかな?」と
この国 桃末国の王は 冢宰である彼に尋ねた。
「そうですね、大丈夫だと思います。
登極当初の頃は、少学を出た者の中ではスバ抜けている方だと
拝察いたしておりました。
あの時点でも推挙があれば 選挙を受けられただろうと思います。
ですが今は あれからずいぶん学ばれた事ですし、
主席を取る事も夢ではないでしょう。
どうしてでございますか?」
手元の奏上を大卓の上で 整頓しながら八戒は質問の意図を主上に問うた。
「実は先ごろ読んだ奏上の中に 選挙の事が書いてあって、
私の力はどの位なのかな・・・と思ったんだ。
出来れば 自分の力を試してみたいと思うのは いけない事だろうか?」
その言葉に八戒は主上の顔を見た。
王となったその身には必要の無い事なのだが、自分があえてそれを口にしなくても
主上はその辺を良くご存知の上で それでも 尚 求めておいでなのだろう。
つまりはご自分の力を試して 自信につなげたいと言う事なのだろう。
そう解釈した八戒は「よろしゅうございます、手配いたしましょう。」と に微笑んだ。
『選挙』
常世の国には 一国に一校だけ大学がある。
まず里の小学、次は県の序学 郷の庠学(ようがく/しょうがく) 郡の上庠(じょうよう)
そして州の少学へと学校を進学する。
それぞれ上の学校に進学するためには その学校の学頭の推挙が必要だが、
特に大学へ進学するためには、推挙の他に選挙も通らなければならない。
推挙は学頭以外に大人物でも可とされている。
官吏になるには少学を出ただけでもなることは出来るが、
大学を出れば高級官吏になれる。
太師の光明は「いいのではないですか? 主上のお手並み拝見といったところですねぇ。」と
楽しそうだったにもかかわらず 同じ話を八戒から聞いた三蔵は 渋い顔をした。
彼女の麒麟は とても心配性だ。
八戒は主のことを思いやる麒麟の姿に 笑みを深くした。
「台輔は 何がそんなにご不満なのです?
主上は ご自分の学力をお試しになりたいだけですよ。
元々官吏になるのがご希望の方でしたから 選挙を受けてご覧になりたいのでしょう。
王の責務を放棄なさりたいわけではございません。
そのくらいの望みは何でもないことです。
我がままなど仰らない方なのですから お許しになって差し上げないと、
気詰まりでいらっしゃるのでは?」
八戒の言葉を 庭院を向いて聞いていた三蔵は 手にした煙草を灰盆で消した。
「それで、推挙は誰の名前を使うんだ?
それから旌券(=身分証明書)を用意してやる必要もあるだろう。」
反対なのかと思い八戒がとりなそうとしているのに、三蔵の口から聞かれた言葉は
の選挙ための心配事だった。
まったくこの麒麟の主を思う気持ちは 何処までも甘いのだと、
冢宰は袖の陰で苦笑せざるをえない。
不機嫌そうにしているのは 不器用さの裏返しなのだ。
「はい、推挙は武官よりも文官の方が良いと思いまして、天蓬にでもお願いしようかと
思っております。
主上が通っておられた少学の学頭は 王になった元生徒には推挙文など
書いてはくれないでしょうから・・・。
大司寇(=秋官長)の推薦は少し大げさですが、太師の娘ともなれば
それも怪しまれない事だと思いますが、いかがですか。
旌券は、先だっての乱で太師の娘として 墨州に赴いた時に
小道具の1つとして作ったものがございますので、それをそのまま使って頂こうと思います。
それなら いらぬ身分の偽りや家族も必要ないですし、
太師の娘として選挙会場でも身の安全が保障されると思います。」
冢宰の言葉に 三蔵は頷いた。
冢宰と台輔の許可が出れば、速やかに準備は進められる。
かくして は桃末国唯一の大学の選挙を受験する事となった。
は 前日から紅州の州都であり 桃末国の首都である白凰に降りて
宿舘に泊まることにした。
あまり仰々しくしてはいけないので、八百鼡を1人付けただけで下山させることにする。
元々 女官など必要にないくらい自分の事は自分で出来るので、
太師の息女と言う体裁を整えたに過ぎない。
もちろん、三蔵によっての身体には使令が憑けてある。
賓満(ひんまん)の夜郎、窮奇(きゅうき)の剔抉(てっけつ)、
蠱雕(こちょう)の鴻爪(こうそう)だ。
はいささかやり過ぎだとは思うのだが、今回は自分のわがままで果香山を
降りることを三蔵以下みんなが快諾してくれたので、大人しく言う通りにした。
女官たちによって 華美ではないものの年頃らしい襦裙を着せられたは本当に可愛い。
騎獣に乗って飛び立つと、笑顔で手を振った。
禁門で出発を見送った三蔵・光明・八戒・悟浄・悟空・天蓬・捲簾は、
の後姿が小さくなるまで立っていた。
「男ばかり突っ立っていても・・・・ねぇ。
私達主上が居ないとなんだか様になりませんねぇ」と、光明が可笑しそうに笑う。
「真ですね、主上が扇の要になっていて下さるのだと そう思います。
たった2日ですが、主上がいらっしゃらないと思うと胸の中心に穴が開いたような気がします。
ですがお帰りまでしっかりと留守を守らないと・・・・、
それでは拙はまだ政務が残っておりますので、これで失礼致します。」
八戒が拱手してその場を立ち去る。
「では私も。」そう言って光明も去れば、皆もそれに続いた。
政務も終わった夕方。
三蔵は女官に用意させたあるものを手に燕寝(後宮)西宮にある太廟に
詣でることにして 廊屋を急いでいた。
が神籍に籍があるように、三蔵とて桃末国にとっては一国に一匹の神獣。
神には違いない。
まして三蔵の性格、廟に詣でるといっても儀式の際に形式だけだ。
個人的な願いなどあろうはずはない。
その三蔵に廟に向かわせる事が出来るのは、やはり の存在だけだ。
そんな自分の行動に 手にしたものを見て、小さく溜息が漏れた。
王とはいっても 身分や経歴を偽って選挙に望んだは 大学の教授たちにとっては
一受験生とだけしか見てもらえないだろう。
試験の公正さを望んでの事だからそれでいいのだ。
八戒は合格は間違いがないと言ってはいたが、それでも心配なものは心配だ。
せめて山客の手によって伝えられているまじないでもして、合格を祈願してやりたいと
「絵馬」という物に願を掛けて見ようかと思い立った。
「絵馬」には山客が伝える所の崑崙のふもとの国で行われる
「科挙」とか言う国家試験に合格するためのまじないだそうで、
蓮の根と共に白鷺の姿を描いてある。
ただの願掛けよりも少しはましだろうと三蔵は思う。
夕暮れの太廟に詣でる者など誰もいないはずなので、三蔵は安心していた。
ここは官吏らが詣でる時は本当に儀式の時だけで ここまで来る者などいない筈だった。
たまに が詣でている事は悟空から報告が来ているが、
人気のないところだけに用心するようにと悟空には念を押したほどである。
角を曲がった所で なぜか八戒と悟浄が連れ立って廊屋をこちらに向かって来るのに出会った。
八戒は拱手をして 悟浄はあからさまににやりと笑ってこちらを見る。
今更 ここで引き返すのも癪に障ると、三蔵は頷いただけで太廟への路を急ぐ。
何処かへ行くはずの件の2人は、どうした事か三蔵の後ろを着いてきた。
三蔵は太廟の前に来て 驚きに足を止めていた。
狭くはない廟の前には 官吏の者が溢れていた。
台輔の登場に気づいた者が言葉を掛け 廟までの路を開けつつ叩頭した。
廟の前に太師光明の姿を認めて 三蔵は傍へと向かった。
後から付いてきた八戒が そこにいる者たちに少し待つように述べているのが聞こえる。
「さあ台輔、絵馬をお掛け下さい。
みなして台輔がお出でになるのをお待ちしておりました。
沢山掛けても意味のない事、台輔のが一枚あればよろしいでしょう。
みなしてその絵馬に主上の合格を祈願いたしましょう。」
確かに絵馬の事を自分に教授したのは師匠には違いないのだが、
それを自分がやる事は誰も知らないはずではなかったのか・・・・・。
そんな三蔵の胸の内を知ってか光明が笑って説明をしてくれた。
「台輔が絵馬を注文した話を聴いて、絵師に同様のものを注文する者が続出しましてね、
絵師が相談に来たんですよ。
それで 台輔と同様の気持ちの者は 本日就業後にここへ参るようにと・・・。
まさか これほど人が集まるとは思いませんでしたが・・・ねぇ。
主上は 皆に慕われておいでですねぇ。」
その言葉に三蔵は後ろを振り返って 人の多さを確認した。
皆が三蔵が絵馬を掛けるのを待っている。
いつの間にか 捲簾や天蓬・悟空もそこに揃っていた。
「さぁ。」と光明に促されて 三蔵は廟の扉の格子に絵馬を結びつけた。
何歩か下がって三蔵が叩頭すると、廟前の一同も同様に叩頭した。
祈る事は ただ1つ。
愛しい女の
大切な王の
珍しく望んだ事を どうか 叶えられるようにと・・・・。
数日後。
桃末国の大学では 珍事が起こった。
その年の主席合格をした女性受験者が、入学を辞退すると申し出たのだ。
大学に女学生は少なく貴重な存在だ。
まして主席合格までしておいて辞退すると申し出たので、
大学側はあわててその身元を確認することになり 問い合わせた。
父親は燕朝にて太師を務めているというので、更に話題となる。
しかし 辞退の意は硬く 教授陣は桃末国にとっての損失だと嘆いたと言う。
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第9回アンケート応援リク あきら様で「NO.33 白鷺」でした。
あきら様には、ご投票とコメントへの記入をありがとうございました。
リクエストは「桃国記ドリ」でしたが、「白鷺」へのリクのヒントとして、韓国と中国の
白鷺にまつわる「故事」をお教えいただきそれをヒントにして
主上の選挙受験と言うお話になりました。
お名前は 素敵な雅号「雪晶」を使用させて頂きました。
