NO.31 ベンディングマシーン





『うえみれば 虫っ子
なかみれば 綿っ子
したみれば やっぱり 雪っ子』


頭の片隅に幼い頃どこかで聞いた わらべ歌が流れた。

「本当だ。」と 分厚い雲で覆われた灰色の空を見上げて 

はぽつんとつぶやいた。

首都圏には珍しく降り出した雪は、舞うように落ちては消えていく。

寒いというよりは なんだか心細さを煽るように感じてしまう。

それもそのはず あたりは夕暮れはとうに過ぎて 

すでに夜の気配が支配しようとしている。

時間的にはそれ程遅い時間ではなくても 冬の日没は早く夜は長い。

街灯の灯りが 雪の乱反射でぼぉっと光っているように見えるのは、

の瞳にわずかに溜まっている涙のせいだと 本人は気付いていない。




その日の午後早く、は恋人である跡部景吾から電話をもらった。

『今日は部が早く終わる予定だ、5時にいつもの場所で待ってろ。』と、

の都合も聞かないで一方的に約束すると、

あの帝王は返事も言わせないで電話を切った。

そういう俺様な所は、景吾に限ってはいつもの事で今更驚きもしない。

は溜息を吐いて、自分の携帯も閉じた。

景吾は何かと忙しい、それでも時間が空くととの事を最優先にしてくれる。

そんな景吾の分りにくい優しいところが大好きだと、は思っていた。

俺様な態度の裏では、みんなに目を配る出来た部長の顔を持っている。

だからこそ あれだけの人数が部長の一言で動くことが出来るのだろう。

なんだかんだ言っても 部員も個性的なレギュラーも景吾を慕っているのだ。




は左手首につけている時計で時間を確認した。

「もうすぐ6時か・・・景吾遅いな。

部活のミーティングでも急に入ったのかな。」

そう独り言を言って、来るはずの方向を見る。

だが そこにの待ち人の影は見つけられなかった。

屋根がある場所だから濡れることはないが、充分に寒い。

ポケットに入れた携帯を取り出して、こちらから連絡を取ってみようかと

開けた液晶を見つめる。

は苦手なわけではないが、電話はあまり好きではない。

景吾との連絡も必要最低限のときにしか使わない。

今がその時だとは思うのだが、ミィーティングや屋内での練習中だったら

かけても邪魔になると思うと、どうしてもボタンを押すことが出来ない。

せっかく出した携帯をまたポケットにしまって、吐いた途端に白く見える溜息をこぼした。




その頃景吾は、自宅に帰って自室でくつろいでいた。

雑誌を片手にふと見た時計は6時をさそうとしている。

今頃、はどうしているだろう・・・・・と 可愛い笑顔が頭に浮かんだ。

今日は部活が早く終わって、珍しくレギュラーとスポーツ店に寄り道をして帰ったのだが、

意外とあっさり解散したのでこんなことなら を誘えばよかったと思ったのだ。

と、そこまで考えが及んだ景吾は、そこでとの約束を思い出して

ベッドから飛び起きると手にしていた雑誌を捨てて 窓の外を見た。

「あ〜ン? 寒いと思ったら雪かよ。

あきらめて帰ってれば良いけど、は待ってるタイプだからな。

くそっ、何で忘れちまったんだ。」

自分に罵声を浴びせながら 景吾は玄関に急いだ。

コートを引っ掛けながら階段を急いで降りる。

そのあまりのあわてように 見送りに出てきた執事は驚いた。

「おい、これからを連れてくる。

風呂の用意をしておけ。

外に1時間も立ってりゃ身体が冷えているはずだ。」

返事も聞かずにそういい置いて景吾は飛び出した。

約束の場所まではそう遠くはないはずなのだ。

まして景吾の足はテニスで鍛えているので、遅くもない。

だが 約束の時間には1時間ほど遅れている。




この寒空の中を待っているほどお人よしな女ではない。

普通ならもう待っていないだろうし、帰っただろう。

その位の裁量と判断は出来るはずだと、景吾はのことを認識している。

でも 約束した相手が自分の場合、は何時までも待っている可能性があることを

景吾は知っていた。

景吾にとってもにとっても お互いが特別な存在なのだ。

それを許しあって 認め合っている。

吐き出す自分の息が、闇に沈んだ景色に白い塊となって浮かび上がる事さえ気付かずに

景吾はの元へ走った。

既に額にはうっすらと汗がにじんでいる。

ようやく見えてきた約束の場所に人影があるのを見て、その存在にまず安堵の息が出た。

取り合えずは無事なようだ。




息を整えながらの元までを歩く。

もちろん外での待ち合わせなのだから だって防寒のためのコートを着て

手袋だってはめている。

だが だからと言って寒くないはずがない。

その顔色も伺えないほどに俯いて 華奢な肩を震わせて細い身体を自分で抱いている姿は、

景吾の庇護欲を煽り 罪悪感を刺激した。

、わりぃ遅れた。」

前に立ってそう声をかけてやると、泣きそうな顔を景吾に向けてそれでも

嬉しそうに笑顔を見せた。

「うん、遅かったね。」

捨てられていた子猫が、やっと拾ってもらったような顔を見せられて

景吾はその後にかける言葉が見つからない。

それでも とにかく此処に居る訳にはいかないと、移動を促す言葉を掛けた。

「とにかく、俺の家に行って温まるぞ。」

それだけやっとで吐き出すと、の手を掴んで歩き出す。




触れたコートの冷たさに 景吾は背中がゾクリとした。

掴んだの手から手袋を外して、直接手を掴んでやる。

手袋をしていたにもかかわらず その手は冷え切って冷たかった。

「冷たい手しやがって、どうして連絡してこなかった。」

を責めたい訳ではないのに、どうしても素直に謝れない。

そう問われたは俯いたまま黙っている。

握っている手がなかなか温まってこないことに、景吾は内心焦った。

温まるどころか 熱いはずの景吾の手まで冷たくするほど、の手はかじかんでいる。

返事が返ってこないのは、寒さに震えて口も利けないのかもしれない。

早く風呂にでも入れなければ本当に風邪を引くだろうと、景吾は思った。




ふと、自動販売機の前を通り過ぎた。

『HOT』という文字を目の端にとらえた景吾は、ポケットの小銭を取り出すと

冷えたあとでも処分に困らない緑茶の暖かいペットボトルを2本買った。

それをの前に突き出す。

「俺の手じゃ暖め切れねぇ。

家に着くまでこれを抱えていろ。」

そう言って1本づつ両手に持たせると、「ありがとう。」と小さく礼の言葉が聞こえた。

普段は気にもしない何処にでもある機械だが、こんなにも簡単に加温してある飲み物を

手に出来る便利性と必要性があるのなら美観を損ねてもいいか・・・と、

景吾は珍しく肯定的な見解を四角い箱に持った。

「行くぞ。」

もう手を握る必要は無いので、今度は優しく肩を抱いてやった。

寒さに震えている肩は、いつもより華奢で弱く感じる。




その肩にわずかに積もった雪を払ってやると、俯いていた可愛い顔が上を向いた。

販売機の明るい光の元で見たの唇の色が、紫に近いのを見て

景吾は思わず渋い顔をした。

「今度から、俺が約束の時間に15分以上遅れたら 必ず連絡を付けろよ。」

いたたまれずにそう吐き出すように言うと、

「でも、景吾は忙しいから迷惑でしょ?」と、応えが返った。

「あ〜ン? こうして心配させる方が迷惑だろ。

それに忙しいからこそ 連絡しろってんだよ。」

がにこりと微笑んで頷いたのを見て 景吾もフンと鼻で笑った。

(誰よりも大事だから、心配なんだなんて言えるかってんだ。)

グイッとの肩を離れないように自分に寄せると、家路を辿る景吾だった。




の抱えているお茶のペットボトルが冷めない内に 他のもので暖めてやれるように

早く家に帰ろう。

そして今夜はこのまま家に泊めて、一晩中を抱えて眠ってやろうと景吾は思っていた。

この雪が舞う暗い道を 今日はもう歩かせたくないから・・・・・。






---------------------------------------------------------

【 Winter comes around again 】への参加作品
「テニスの王子様」跡部景吾ドリームでした。
2003.12.10に投稿UPしたものを、開催期間終了に伴い再UP。