NO.29 デルタ △
あっ、言い過ぎた。
言葉を投げつけた途端、はそう思った。
でも 一度吐き出された言葉は もう戻す事は出来ない。
悟浄との間には、気まずい沈黙が訪れた。
悟浄は廊下の方を向いており からは背中しか見えなかった。
だから 悟浄の表情が怒っているのか 悲しそうなのかもよく分からなかった。
悟浄の方も を見ようともしなかった。
この時、悟浄がを見ていたら、きっとその悲しそうな表情に
次の言葉を言うことをためらったに違いないだろうに・・・・。
だが 残念な事に2人は一度も視線を交わすことが無かった。
少し俯いた悟浄が、「今の本音か?」と 珍しく真摯に尋ねた。
『本音なわけないじゃない、つい口にしてしまっただけ・・・ごめんなさい。』と、
の頭の中には 言うべき文章が出来ていた。
なのにこんな時に限って 口がうまく動かなかった。
いつもふざけている悟浄が あまりにも真剣な声音で尋ねるものだから・・・・・・。
悟浄が女性にもてるなんて事は今に始ったことではない。
自分が旅に加わる前からだと は推測する。
八戒の言葉を借りれば『僕と出会う前かららしいです。』
という事だから年季が入っている。
だから そんな光景を見ても殊更驚くべき事ではなかったはずだった。
旅の途中で何度も見てきたはずじゃない? そう自分に問いかけてみる。
なのに悟浄が女性に口説かれていると言う現場に居合わせたのは初めての事で、
はその事にとても驚いてしまった。
ドキッと脈打った心臓が次の瞬間には痛みを感じていた。
だから思わず悟浄とその女性に背を向けるべく踵を返して、
宿の廊下を今夜の自室へと向かった。
を待っていた悟浄はそれに気付いてすぐに追ってきた。
絡んでいた女性は あっけなく袖にされた。
部屋に入っただけでそこに突っ立っているに悟浄は声をかけた。
「飯食いに行くんだろ?
待っててやったのに なに引き返してんだ・・・忘れモンでもしたのか?」
悟浄の言葉に対して、「私やっぱり行かないから 悟浄一人で行って!」と、
自分が思っていたよりも強い勢いで言い返してしまった。
その言葉にそれまで機嫌の良かった悟浄の顔が あからさまに曇り眉間にしわが寄った。
「なに、どっか具合でも悪いのか?」
心配して掛けてくれた言葉にも「何でもないから 放って置いて。」と、つれなく返した。
こんな言葉を言いたい訳じゃないのに・・・・と、は唇を噛んだ。
男4人に囲まれたこの旅の中で が唯一 肩の力を抜ける相手が悟浄だった。
未だ子供なだけに 時として無遠慮な事を口にしてしまう 悟空。
過去の傷のために に対する優しさも気遣いも何処かに
一線を引かれていると感じてしまう 八戒。
最高僧にして皆に『鬼畜』と言わしめる三蔵は をお荷物程度にしか見ていないように見える。
そんな中で 悟浄は素で接しても受け止めてくれて包んでくれるように感じていた。
だから その笑顔も軽い冗談の入った物言いも には何時しか仲間としてではなく、
誰よりも男として意識してしまっていた。
だが 仲間内での色恋沙汰は、きっと三蔵が許さない。
そんな甘い考えをこの旅に持ち込めば、即座にジープから降りろと言われてしまうに違いない。
少なくとも 任務を遂行し終えるまでは、この気持ちは隠しておかなければならない。
はそう考えていた。
だから 悟浄への気持ちは 黙って秘密にしておいたというのに、
こんな何でもない時にひょっこり浮かび上がってくる。
の様子に 疑問が湧いた悟浄は、何故そんな事をが言うのか考え、
すぐ前に起きた廊下でのことに思い至り 嬉しそうにククッと笑った。
「なに? ちゃんたらあの子に妬きもち焼いてんの?
大丈夫だって、俺の一番はだからさ。
あんなどうでもいい子に なびくような事はぜってぇねぇよ。
だから 機嫌直せって・・・・な?」
いつもの口調でそう言い切る悟浄。
普段のならば それを笑顔で受けて、旅の仲間と言う仮面を被って軽く冗談で返す。
悟浄と言うモテル男に惚れたのだ その自覚がにその位の余裕を持たせていた。
だが、今夜に限っては 何故かその余裕が無かった。
連日の野宿の後で疲れているせいかも知れない、
いや それだけ自分の気持ちが切羽詰っているのだろうか?
はそう考えていた。
とにかく 此処は誤魔化すしかないと、は無理に悟浄へと返事をした。
「何言ってんのよ!
私が悟浄の事で妬きもちなんて妬くわけないでしょ。
自惚れてるのもいい加減にしときなさいよ!」
そう言い放って悟浄の顔を見たは、その表情に
次の言葉が喉に引っ掛かって出て来なくなった。
悟浄がいつもと違う様子で 自分を見ていることに気付いたからだった。
静かに怒っているように真っ直ぐに見つめてくるその沙悟浄の視線に、
はそれ以上の言葉を紡ぐことが出来なかった。
「悟浄?」
凍りついて出て来なくなった言葉の変わりに
傷に触れるようにそっと優しくただ名前を呼んでみた。
には言い過ぎたと、自覚があった。
でも 口から解き放たれた言葉は元には戻らない。
悟浄はから視線を外し、背を向けた。
少し俯いた悟浄が背中越しに「今の本音か?」と 珍しく真摯に尋ねた。
嘘だと言おうとしていたのに その常ならない悟浄の様子に言葉がうまく出て来ない。
いつもふざけている悟浄が あまりにも真剣な声音で尋ねてきた。
思わずは 口内に溜まった唾を飲み下した。
今まで隠してきた自分の気持ちを告げるか?
それとも 押し殺すかの二者択一を 目の前に突きつけられたような気がした。
(悟浄を、失いたくない・・・・・)と、は心の底から思った。
人間、言葉に窮するといきなり行動でそれを表そうとする傾向がある。
この時のもそうだった。
悟浄の問いに 何をどう言えばいいのか分からないが、このままここを流してしまったら
取り返しがつかないことだけは、分っていた。
だから 思わずその煙草の匂いのする背中に 腕を回して抱きついた。
ドンッと背中に受けた衝撃に 悟浄が原因を肩越しに見れば、
が自分の背に抱きついているのが見える。
回された腕は、そのの気持ちを代弁するかのように わずかに震えている。
背中に押し付けられたの体から 暖かい体温と共にその身体の凹凸まで感じて
男の性が疼くのを深呼吸をして何とかやり過ごす。
理性の欠片をかき集めたその行為は、何とか成功した。
大きく息を吐き出すと、両手を後ろに回してを背負うように背中で抱きしめた。
「俺ってさ、もてるじゃん?
だけど がこの旅に加わった時から、
夜遊びはしてもおネェさんとは良い事してネェの。
自分でもおかしぃんだけど、本気みてぇなんだわ・・・にさ。
だから さっきみてぇな言葉は ちょっと辛いのヨ。
仲間としてだけでもいいから、独占欲を見せて欲しぃなんて俺の贅沢か?」
そう背中のに語りかけた。
返事が返る間の数秒が とても永く感じられる。
背中に寄り添っているの呼吸までも分るほど近くに居るのに、
その心を感じることが出来ない。
後ろ手に抱えた身体を離そうか・・・と、悩み始めた頃、
ようやく「悟浄」と 耳からだけでなく背中からもその声を感じることができた。
「仲間としてだけでいいの?」
そう 小さく尋ねてくれる声がした。
その応えにある種の期待を感じて、悟浄は身体を反転させてと正面から向き合った。
嫌なら逃げられるようにと、腕の力を緩めてみた。
それでも は悟浄から離れようとはしなかった。
それに気を良くして 前からその柔らかく細い肢体を
感じられるように腕の中へと強く抱きこむ。
顎下にあるの髪から、その甘く爽やかな香りが鼻腔を刺激した。
「と誰かが修羅場るような事にはしねぇから・・・・・、
だから 俺の女として俺を独占してくれねぇ?」
照れたような物言いで耳元に囁いてみる。
「必ず私を選んでくれる?」
「もち、約束するって!」
安請け合いすぎるような返事に 我ながらもっと気のきいた言葉を言えないものかと
悟浄は思わず苦笑した。
腕の中では黙っている。
まだ 承諾の言葉は貰っていない。
「、『うん』って言ってくれよ。」
返事のためには男の矜持など投げ捨てて 懇願してみた。
悟空が聞いたら、口喧嘩の際には必ず切り札に使われるだろう。
三蔵にはバカにされるだろうし、八戒が聞いたら溜息を吐かれるだろう。
それでも 悟浄は構わなかった。
の言葉だけが欲しいのだから・・・・。
「仕方ないなぁ悟浄は、約束してくれるのなら いいよ。」と言って は悟浄を見上げた。
その綺麗な笑顔に 悟浄は言葉を失う。
背中に回していた腕を移動させて その優しい笑顔を載せた頬を両手で包んだ。
逃げられないように固定すると、が次に何か言う前に唇を塞いだ。
『やっぱり、・・・・』と 否定の言葉をに言わせない様にするために・・・・。
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悟浄桃源郷ドリームです。
紫月様には 親身になってご助言とツールを色々とご教授下さり、
本当に感謝致しております。ありがとうございます。
お礼にとリクエストを頂きました。
少しでも頂いたご厚情に返礼できれば幸いです。
紫月様に限りお持ち帰り可とさせて頂きます。
