NO.22 MD






それからコンサートが終わるまで、僕は拍手以外で彼女の手を放さなかった。
これが本当に起きていることで、現実のことなんだと自分に確認するためにも
僕にはそうする必要があったと思う。
拍手が終わって次の曲が始まると、肘掛に腕を乗せて
そこに彼女の手があるか確認した。
その度に、彼女の手はそこにあった。
僕が指を絡めて彼女の手を取る度に、彼女もそれに応えてくれた。
曲がこのまま永遠に続けばいいと願ったことなんて、
どんなにいい曲でも思ったことなんてない。
でも そう願わずにはいられなかった。


それでも時間はちゃんと来て、コンサートは終わりを迎えた。
ロビーに出るとそこには今の出演者のCDが販売されていた。
今夜の記念に欲しいな。
そう考えた僕は、「今の曲のCD買いたいんですがお時間いいですか?」
隣に立つ彼女にそう尋ねた。
「もちろん構いません。
でもよろしければ私が持っているCDから、MDに落としますよ。
今日の曲が全部あるかどうかは分かりませんが、
同じアーチストの持っていますから。」
そう彼女はにっこり笑って、僕を見上げた。
「いいんですか?」
「えぇ、今日お誘いいただいたお礼に。」
「ありがとうございます。
じゃ、お送りしますから行きましょう。」
そう言って軽く肘を出すと、彼女は手を添えてきてくれた。
エスコートしているのだから当たり前のことかもしれないが、
それが恋人のように思えてなんだか嬉しい。


振られるようなら、タクシーで帰ってもらおうとか考えていたけれど、
そんなことをしなくても2人で楽しく帰れるのならその方がいい。
今夜のコンサートの話から店でのことなどを、会話にして2人で帰る。
今ここで、ちゃんとした言葉で伝えた方がいいのだろうか。
手を握っただけでは、どんな関係になりたいのかどうしたいのか、
伝わっていないように感じた。
MDをもらって、さようならじゃ納得いかない。
もう、ただのお客と店員には戻りたくない。
彼女の家までの帰り道。
言ってもいいのか、何時言おうか、なんて言おうか・・・。
その自問の繰り返しだった。


「ここです。」
そう言って彼女はマンションの入り口の前で止まった。
いつの間にか到着したらしい。
僕の中ではまだ答えが出ていないというのに。
彼女の手が僕の腕から離れていく。
思わずその手を捕まえて、力を入れ過ぎないように気をつけらながら握った。


「すいません、もう僕の気持ちは分かっていらっしゃると思うんですが、
僕は貴女のことが好きなんです。
すぐに恋愛しましょうとか、好きになって下さいとかなんて
性急なことは望みません。
でも、出来たら恋人前提でお付き合いいただけないでしょうか?」
我ながらなんて情けない口説き文句だろうと思った。
口論ではバイトや店員の誰にも負けない自信があるのに。
毒舌を誇る僕にしてみたら、毒を含まない言葉なんて操るのは簡単なはずなのに。
出てきた言葉はちょっといただけない。


本当は、すぐにでも好きになって愛して欲しい。
今すぐにでもそのピンクに彩られた柔らかそうな唇を、味わいたい。
彼女さえ許してくれるのなら、その先だって・・・・。
それが本音だ。
前提だなんて言ってはみるが、そんな風には思っていない。
付き合いだしたら、恋人になれるまで付き合うつもりなのだから。


彼女がクスッと笑って「私でよければ喜んで。」と、返事をしてくれた。
「でも 八戒さんは大学でもすごい人気があるから、知られると妬かれちゃうかも。
あのコンビニの店員さんってみんな凄いイケメン揃いですよね。
学生の女の子たちも『コンビニならあそこ。』って言うくらいですから。
たまにしか見かけない金髪の人もレアものとして、人気があるんですよ。
『レジしてもらえると、良い事ある。』って。」
そう話す彼女は、力が抜けた笑顔をしている。
そういえば今夜は、こんな笑顔を見てなかった気がする。
彼女も緊張していたんだろうか。


それにしてもたまにしかレジに入らない三蔵が、レアものになっているなんて
なんだか可笑しかった。
いつも店にはいるのだが、忙しいときにしか出てこないからだろう。
協力してくれた彼の恋人に話して聞かせたら、きっと喜んでくれるに違いない。
店が大学で人気があると言うことと、三蔵が狙ったとおりに
店員で客寄せをしていると知って、戦略が間違っていないことに
驚きと嬉しさを覚える。
あんな顔をしていても意外と女心が分かっているのかもしれない。
『あんな顔』は失礼か。


「他の人に人気があっても嬉しくないです。
僕は貴女だけの好意が欲しいと思っています。」
握った手をそのままに「おやすみなさい。」と、額に軽いキスをした。
「電話します。メールも。
何かあれば店に寄ったときに言って下さい。
ロッカーはあのまま使えるように借りておきますから、鍵は持ってて下さい。
シフトを確認してからですが、また誘わせて下さい。」
彼女が小さく「待ってます。」と返事をしてくれた。
その返事を聞いた嬉しさに、もう一度額にキスを落とす。
今度はリップノイズをさせて・・・・・。


今の彼女の言葉を、MDにでも残せられたら良かったのに。
きっと一生の宝物になっただろう。
そう思いながら帰途に着いた。







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現代短編 八戒/拍手小説13・14話分 完結
ご拝読ありがとうございました。