NO.20 合わせ鏡





「ずっと、お傍に置いて下さい・・・・・」

そう背中に言葉を投げかけた。

まだ 眠っているはずの三蔵に聞こえるかどうかの小さな声で・・・。

「それが望みか?」

今まで背中を向けていた愛しい男は、向きを変えてこちらを見てそう尋ねた。

少し冷たい空気が その動きのせいで暖かい布団の中に入り込んでくる。

打てば鳴るように返された返事にも 既に目覚めていた事にも驚いて、

三蔵の問に答えを返すことが出来ない。

そんなの驚いた顔を わずかに口角を上げて三蔵は見る。

誰もいない 何も邪魔の入らない空間でだけ、三蔵は恋人の顔をする。



もし、ここに旅の仲間の誰かでも居れば 2人は恋人としての自分を

押し殺して朝を迎えるだろう。

野宿の時などは こんな顔を見せる事は無い。

それが何日も続けば、続く間は仲間としての一線を越えることは皆無に等しい。

だが、八戒の心づくしで今日という日の朝を 宿で迎えることが出来た。

いつもの事だが 2人部屋を当然のように割り当ててくれて、

食事が終わって部屋に引き取れば、悟空さえ邪魔しに来ようとはしない。

昨夜は2人だけで静かに過ごした。

三蔵の過去を知り得ているには、当然今日がどういう日かなど聞くまでも無い。

だが、それを子供のようにはしゃいで祝うなどすれば、途端に機嫌は悪くなるだろう。

ご馳走を並べてあげるのだとすれば、悟空の方が張り合いがあるだろうし、

夜伽などを申し出て喜ぶのは 悟浄の方がはるかに・・・と、思い当たる。

だから 何も言わずにただ 願うだけにした。



--ただ このまま三蔵に寄り添っていたいと・・・・--



例え、2人部屋でベッドが2床用意されていても

三蔵とは同じベッドを使う。

それは 昼間恋人の時間をもてない埋め合わせのようでもあり、

この明日をも知れない旅の中で、どれだけでも2人のときを持ちたいという

気持ちのせいかもしれない。

お互いのぬくもりに安心して眠りに着き、時に脈打つ素肌を互いに堪能する。

それは生を受け そして生き続けていればこそ叶えられる事。

だからこそ持つことが許される 恋人としての時間。

そのためにも 傍にいて寄り添っていたいと願う。



昨夜 求められて応じた情事の後に、三蔵は珍しく「何か望みは在るか?」と、

に尋ねてきた。

「どうしてそのような事を?」と 尋ね返したに、ただ「気まぐれだ。」と 説明をつけた。

三蔵に限ってそんなことでの気まぐれは有り得ない。

何か考えがあってのこと・・・・と、は思う。

「今のままで充分に幸せです。

これ以上に何かを望むなんて・・・・」

そう遠慮をしたに「ゆっくり考えろ。」と 三蔵は言って

の体を抱えたまま眠りに着いた。

つまりそれは が願いを言う事しか受け入れないと言う三蔵の気持ちの現れ。

三蔵に望まれている、その事実だけでもには幸せなことに思える。

至高の位に就いている僧侶が、女を連れて旅をし 当然のように同室する。

悟浄も悟空も八戒も何も言わずにそれを認めてくれているけれど、

世間的には非難される関係だ。



枠にはまらないほど大きく 誰も寄せ付けないほど孤高の人。

共に歩くとか 隣に立つことは その矜持ゆえに誰にも許さないだろう。

それはでも例外ではない。

だからせめて このまま三蔵に寄り添っていたいと・・・、

はそう願って 聞こえないと思うからこそ口にしたというのに、

確認されるように「それが望みか?」と問われたら、逃げようがない。

「はい、お許し下さるのでしたら 時間の許す限りお傍に。」

人の心は移ろいやすい。

それは天界では誰もが知っている。

短い時間を生きる者は、そうやって 貪欲に生への執着にあがくのだとあざ笑う。

だが 三蔵と共に旅をしてみると はそうは思わなかった。

自分の心の動きに正直で 自分以外の人の心の動きにも敏感なだけだと知った。

むしろ天界にいる自分たちの方が 永い時に飽いていて、

何事にも愚鈍な感覚の持ち主なのではないかと思う。



三蔵のその気持ちが 軽いものだったり移ろいやすいとは思ってはいないが、

それでも自分のものではない以上、確かなものでもないことは承知している。

どんなに願っても裏切られることもある それは金蝉のことで充分知っている。

本人の思いに関係なく 残酷に奪われることもあるのだから・・・。

危険な任務の旅中なのだ。

八戒、悟浄、悟空もいるし だっていざとなれば神力を使うことも出来る。

たとえ この身を盾にしても三蔵の命をうばわさせるような事態にはしない。

だが 隙は何処にでもあるものだ。

未来が見えない以上。

その三蔵との別れの時が何時なのかは知らない。

だから その時までと・・・・・そう願う。



向かい合っていた身体をその細さに似合わないたくましい腕で引き寄せられ、

密着するように胸に抱かれた。

夜襲にも備えているため2人とも素肌ではないものの 着ている衣類はごく薄いものだ。

その生地越しに三蔵の体温と嗅ぎ慣れた煙草の匂いを感じる。

「それが望みかと聞いている。」

念を押すようにもう一度 尋ねられる。

「はい。」

今度はも素直にそれを肯定した。

「ではそのの想いを、俺にくれ。

いつかも言っただろう、の夢は俺の夢だと。」

その言葉に この人はこういう人だったとは確認する。

人の気持ちなど構わないと言った態度を取るくせに、自分よりも周りを大事にする人なのだ。

ただ それが分りにくいだけで・・・・。

「ありがとう 三蔵。」

「あぁ。」

そうしてお互いのぬくもりに身をゆだねる。



1年に1度の特別な日・・・けれど、

三蔵の傍で過ごす毎日が そうでありたいと、

合わせた体のぬくもりを感じながら

は目を閉じて願った。







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