NO.18 ハーモニカ




夏の暑い陽射しの中、それを臆することなく鉄の車に乗った男4人と

女は旅を続けていた。

西への道程は穀倉地帯とも言えるような大規模な畑を横目に見ながら

地平線の向うに巨大山脈を目にするところまで来ていた。

青々と豊かな緑の畑には、その季節と土地柄にあった作物が

風になびいて揺れている。

しかし、ここの所の晴天続きで緑に畑には精彩がなかった。



ジープの後部座席では、陽射しを防ぐために大きい布をかぶった

男女が3人が座っている。

その中の1人である悟空が不意に声をあげた。

「八戒、あそこに人が倒れている。」

片目が義眼でもう片方もそれほど視力のよくない八戒では、

轢いてしまったかもしれないと悟空の声に前方を注視した全員が思った。

人は人だが小さな子供だ。

農道には草が生い茂っているので、轍になった所に足が出ていなければ

そこに人が居るとは気付かなかっただろう。

足が見えているとは言っても 素足なので道の色と同化して見えづらい。

発見に至ったのは、それこそ悟空の人並みならぬ視力のおかげだと言ってもいい。

近づいたところで車を止め、八戒と悟空がジープを降りて近寄ってみた。

「八戒、大丈夫かな。」

相手が子供だからだろう、心配そうに悟空が覗き込んで尋ねる。

八戒はその子の額に触ったり脈を取ったりしていたが、その表情は暗い。

「悟空、そこに落ちているバケツを拾って、水を汲んできてください。

多分、この先にあると思います。これから行く所だったようですから。」

子供から視線を離さずに八戒は悟空に指示を出した。




「うん、分った。行ってくる。」返事をすると勢いよく駆けて行く。

その背中を見送ると、八戒はその子を抱き上げて近くの木陰へと運んで寝かせた。

そこに残っていた大人3人へと説明をしようとジープに戻った。

この場合この旅の責任者である三蔵にと言うことになるが、八戒に尋ねてきたのは

後部座席に居る紅一点のだった。

「何かの怪我か病気ですか?」

普段はあまり積極的な態度を見せない彼女にしては珍しい。

「あの子は熱中症だと思います。

このままでは命が危険なのですぐに手当てが必要です。

三蔵かまいませんか?」

最後の一言は既に確認に等しい。

「仕方ねぇだろう。」

ここで八戒に駄目だと言ったところで、もう悟空を何処かに走らせた後だ。

帰りを待つしか無い状況である。他に選択肢は残されていない。



三蔵の承諾の返事を聞いて、は既にジープから降り木陰へと近づいていた。

傍らに跪いて八戒同様に子供の様子を診ている。

そこへ水を湛えたバケツを手に悟空が戻ってきた。水場は意外と近かったようだ。

「悟空、それを此方へ。」

の指示に悟空は頷いてバケツをその傍らに下ろした。

懐から手ぬぐいを取り出すと水に浸して軽く絞り子供の額に乗せてやる。

それからバケツを手にすると、少しづつ子供の身体全体に水をかけた。

「そんな事して大丈夫なのか?」

反対はしないものの悟空が心配そうにに問う。

「ええ、大丈夫です。

八戒さんが熱中症だと仰っておられましたから、今は体温を下げてやる事が

何よりも大切なことだと思います。

本当は水分を取らせる事も重要なのですが、意識が無いのでそうも行きません。

こうする事で身体を冷やすのと水分の補給が出来るはずです。

悟空、使い立てして申し訳ありませんが、お水をもう一度汲んできて下さい。」

の説明に悟空は真剣な表情で聞き入っていたが、

仕事を命じられると「うん。」と元気良く返事を返して空になっているバケツを手にした。



その背に「これにもお願いします。」と声をかけポリタンクを八戒がポイッと投げた。

「OK。」とそれをキャッチして悟空は草いきれがしそうな道を走っていく。

事情を飲み込んだ悟浄と三蔵が渋々と言った態で車を降りると、

子供を寝かせている木陰へと歩いてきた。

八戒はジープも変身を解かせて同じように休ませようとしている。

喫煙を趣味としている男2人が早速に煙草をくわえて火をつけようとした。

「この子に煙が来ないように、風下でお願いします。」

子供の脇に座りその辺に生えている蕗の葉で風を送りながらは2人に言った。

その言葉に思わずを見た2人は、次にその保護者とも言えるべき八戒を見た。

それに気付いてにっこりと笑顔で頷いたこの一行最強の男に、

悟浄はいそいそと三蔵は不機嫌そうに席を移した。




そこへ水場へ行っていた悟空が誰かを伴って帰って来た。

「ただいま、そこの水場でさこのおばちゃんが子供を探してるって言うから連れて来た。」

バケツとポリタンクを両手から下ろして、説明すると「おばちゃん、この子だよ。」と

連れて来た女性に子供を指し示してやる。

「何でこんな所に・・・・」

子供に走り寄ると女性は何事かとその様子を見た。

子供の母親だと言う事に、一行は安堵の息をする。

「僕たちが気付いた時には、もう道に倒れていたんです。

この天気に気温でしょう、多分脱水症状になっての熱中症だと判断しました。

意識が無かったのでとりあえずは身体を冷やして安静にしているのです。

良かったらお宅までお送りしますよ。」

母親の背中に八戒が子供を拾った事情を話して聞かせる。

さすがに三蔵も反対の声はあげなかった。




子供と母親を後部座席に乗せて、いつもならその席に座るはずの3人は

ゆっくりと走るジープの後を徒歩で着いてく。

暫く行くと小さい村に入った。

結構大きい農家らしく母屋の他に穀倉庫なども持っているらしい。

一行はその親子の家族に温かく迎え入れられた。

お礼にと宿泊を求められてもう午後だったと言う事もあり、

それを受け入れて申し入れに甘える事にする。

子供は医者の手に委ねられ適切な処置を施されたようだ。

田舎のことで何もありませんが・・・・と言いつつ、

旅の客人たちに精一杯の馳走をしてくれた。

昼間畑で見たとうもろこしを大量に蒸して食後にと出してくれた。

その甘くて香ばしい香りに悟空を初め大人たちも手を出す。

は悟空の食べっぷりに思わず微笑んだ。

、どうかしましたか?」

目敏い八戒がそれに気付いて尋ねた。




はその答えに悟空を目で指し示して、もう一度笑った。

八戒も悟空に視線を移して思わず笑顔になる。

いつもだったら丸呑みもいいところの悟空の食欲だが、

さすがにとうもろこしは芯まで食べる訳にも行かず実だけを

左から右へと行儀良く食べているのだった。

「まるでハーモニカを吹いているようですね。」その様子を見て

八戒がそう表現をした。

横にだけ規則的に動く唇にそんな事を連想させる。

「本当に・・・・・。そう言えば・・・・・」とも口元に笑みを浮かべる。

悟空を追っているその瞳は、何故かもっと遠い所を見ているように感じた。

黙って八戒はがその続きを話すのを待つ。

「毎年、夏の早朝稽古が終わると、母がよくとうもろこしを道場に差し入れてくれました。

子供も大人もみんなで手を出したものです。」



そう言いながら手にした太陽の恵みの甘い香りをはそっと嗅いだ。

もう戻らない夏を思いながら・・・・。







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